第5話 少女たちの決意
「まいったわ。」
さやかはドレスを脱いで、ジャージ姿になると大きくため息をつく。
「とりあえずは、部屋を訪ねましょうか。」
さやかは部屋を出ようとして、バックに入った小さな包みに目を向ける。
少しだけ迷って、その包みを手にする。
中身はお弁当だ。
あの日、さやかは家の用事の為に早退することが決まっていた。
用事というのはさやかのお見合いだ。
お見合いと言っても、その先はほぼ決まっているようなもので、顔合わせで問題がなければ婚約が決まり、卒業と同時に嫁ぐことになる。
前時代的だと言っても、さやかには逆らう事が出来ない。
さやかは養女であり、例え、将来的に政略結婚の駒にするつもりだったとはいえ、ここまで何不自由なく育ててもらったのは確かなのだ。
養父たちも、さやかを不幸にする気はなく、相手は慎重に吟味して決めたというのだから、これ以上何も言う事はない。
ただ、一度でいいから恋愛っぽいことをしてみたかった……そんな想いが、さやかに毎日お弁当を作らせ、彼方へと差し入れていたのだ。
だけど、それも今日で終わり……だったら、しっかりとけじめを付けなければ……。
目一杯気合を入れたお弁当を渡し、今までの感謝を継げ、これが最後だという事を自らの口で告げるのだ。
さやかが北原の娘でなければ、ひょっとしたら恋に落ちたかもしれない相手……いや、多分これがさやかの初恋だったのだろう。
最後のお弁当が手渡せなかったのは非常に残念だが、今は過ぎてしまったことより、これからの事を考えるべきだ。
いきなり異世界召喚なんてものに巻き込まれ、正直混乱しているが、自分の事よりまず美也子に謝罪しなければならない。
美也子はさやかの幼馴染だった。
さやかが北原の家に貰われていくまで、一緒に過ごし、今の学園で再会した時は涙を流して喜んだものだった。
このことは、同じ施設にいた摩耶以外には誰も知らない、3人だけの秘密だった。
あの時、教室の入り口でもじもじしていた美也子を見つけ、私が手をひいて教室の中に引き入れた途端、あの光が弾けた。
あの時、私が余計なお世話をしなければ、美也子だけは巻き込まれずに済んだのだ。
そう考えると、心の奥で後悔の念が押し寄せてくる。
「いない?」
美也子の部屋を訪ねると、入り口で待機していたメイドさんから、留守を告げられる。
何でも、摩耶の部屋へ行ったのだとか。
「ま、丁度いいか」
これからの事を摩耶とも相談しようと思っていたのだ。美也子もいるなら話が早いだろうと思い、摩耶の部屋へと向きを変える。
さやかの授かったギフトは『
単独での戦闘、集団戦闘の指揮、どちらにも長けており、光属性の魔法も使える、万能系のレアギフトなんだそうだ。
単独戦闘にも長けている上集団戦闘の指揮も取れる上位ギフトは、森田の持つ「指揮官」の上位にあたり、より優れているギフトであるため、本来であればさやかがリーダーになってもおかしくなかったのだが、召喚された者達の殆どがB組だったこともあり、他のクラスだったさやかや美也子はあまり表に出ない方がいいだろうと、後ろに下がり殆ど発言をしなかったのだ。
今後も、前に出ることはなく、陰からみんなを支えていこうとさやかは考えているが、摩耶のギフトを知った時、周りの空気が変わった感じがしたのが気にかかった。
もし、摩耶の身に何か降りかかるのなら、摩耶の為に自分は行動する。
これは幼き日に自分がたてた誓いだ。
北原の家に貰われていくことが決まったあの日、私と摩耶、そして美也子は夕陽に誓ったのだ。「お互いが本当に困っている時は、なにがなんでも助ける」と。
他愛のない子供の約束かもしれない。二人はもう忘れているかもしれない。だけど私は忘れない。
都合のいいことに、自分が得たギフトは、誰かを護るときに一番力を発するものらしい。
私はこの力を二人を護るために使うと、決めている。
決意を新たにして、さやかは摩耶の部屋の扉を開けるのだった。
◇
「『
摩耶はベッドに倒れ込みながら自分のギフトについて思考を巡らせる。
晩餐会は凄かった。
向うでは一生縁がないだろうと思われるほど豪華だった。
「近いものがあるとすれば……さやかの結婚式……かな?」
もっとも、ただの友人というだけで呼んでもらえるとは思えないけど……。
さやかの家は日本でも有数の北原財閥だ。
その娘が孤児だったことは、出来うる限り隠されていて、同じ施設出身の私達が、友人付き合いをしているのを、おじ様たちがあまり良く思っていないのも知っている。
だからと言って、友人じゃないという気はさらさらないけどね。
「っと、それより、今はギフトの事。」
逸れかけた思考を、無理やり修正する摩耶。
摩耶のギフトは、かなりレアなモノで、大きく分けて3つの力が行使できる。
ひとつは「シャドウマリオネット」
ギフトの名にもある通り、影を操る力で熟練すれば一度に数体の影を操ることもできるのだそうだ。
二つ目は「シャドウサーチ」
ターゲットした影を通して、その周りの状況を見聞き急きいるというもの。
そして三つめが「シャドウダイブ」
陰の中に隠れることが出来るというもので、熟練すれば影を通して瞬間移動が出来るようになるらしい。
他にもいろいろな力があるけど、ほぼ、前述の三つの応用らしい。
あの時回りが騒めいたのは、この力が暗殺者向きだという事で、そのまま放置していいのか?という事だったらしい。
まぁ、王宮に招き入れて構造を知っちゃえば、熟練した後に暗殺は容易になるだろうからね。
過激な兵士は、隷属の首輪を今のうちに付けて奴隷にしろというものもいたらしい。
それをアルメア王女が止めたのだと、部屋付きのメイドが話してくれた。
計算かもしれないけど、とりあえずアルメア王女に救われたことは確かなので、一つ借りにしておくことにする。
今後、どうなるか分からないけど、この借りは、ちゃんと返すからね。
私はそう誓うと、同時に、周囲に対する警戒を一層強めることにする。
都合が悪ければ奴隷にしてしまえと、簡単に言う者達がいる状況なのだ。
もし、アルメアの気が変われば、何の前触れもなく奴隷にされてしまうかもしれないのだ。
そんな事にならないためにも、と、一緒に召喚されたクラスメイトたちの事を考える。
召喚されたのは、自分を含めて16人。
その内、森田を中心に騎士たちの下で訓練しようと言っているのが、
のギフトを持つ8人だ。
彼らの言い分は、「自分たちはこの世界の事を何も知らない。ここは時間をかけてでも、慎重に、安全に行くべきだ」というもの。
対して、木村たちの言い分は「何も知らないからこそ、一方の体制に肩入れするのは危険なんじゃないか。ここは王宮という枠組みを出て、フラットな視線で状況を確認するべきだよ。」というもの。
レンジャーの木村についているのは、
だけど木村の言い分もわかる。というか身を持って理解してしまった。
先程の隷属の首輪の件だ。
相手は私達を強制的に従える手段を持っているということ。
それはつまり、必ずしも味方ではありえないということだ。
勿論、相手の立場になって考えれば、仕方がない部分もあるのかもしれないが、情報の少ない今の段階で、簡単に信用してはいけない。
だからといって、いきなり飛び出すのも無茶だと思うけどね、と摩耶は苦笑する。
「そうなると、私と……。」
トントントントン
部屋のノックの音で摩耶は思考を中断する。
「空いてますよ~」
ガチャリ……
ゆっくりとノブが回り扉が開かれる
「摩耶ちゃん……」
そっと覗き込んできたのは、ちょうど呼びに行こうと思っていた美也子だった。
「みゃーこ?今呼びに行こうと思ってたんだよ。入って入って。」
摩耶がそう声をかけると、おずおずと美也子がはいってくる。
美也子を招き入れ、ベッドに座らせると、再びノックの音がする。
「摩耶、いますか?」
さやかの声だ。
「さーや?入ってよ。」
丁度二人のことを考えていた時に、二人が訪ねてきた。
このことに、摩耶は何か運命的なものを感じるのだった。
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