第2話 始まりの時

「おはよー」

「おはよー。ねぇ、昨日配信のさぁ……。」

「あー、うんうん、あれヤバいよねぇ……。」

始業10分前ともなると、次々と登校してくる生徒が増え、教室内がとたんに騒がしくなる。


「昨日のシュバリエは神回だったでござる」

「わかるでござるっ!高橋監督の情熱が伝わるでござったよ。」

「音響も素晴らしかった。」

「うんうん、なにより、、主役の巡たんが……。」


「あー、かったりぃ。」

「おっ、ジュン君、寝不足?」

「あぁ、忍の奴が朝まで寝かせてくれなっくてなぁ。」

「うらやまっ!今度忍ちゃんの友達紹介してくれよっ!」

「あっ、俺も俺もっ!」


……あー、うるさい。

椚木彼方はいつもの事だと思いながら、机に突っ伏して寝たふりをつづける。

クラスカーストの上位?に位置する男たちは、何人とヤッたとか、誰誰と付き合っているとかリア充自慢をし、女子たちはアイドルやドラマの話に夢中。

カースト底辺と蔑まされている、いわゆる「ヲタク」達も、今期のアニメの話題で盛り上がっている。


共通しているのは、彼方と違って「愉しそうだ」ということ。

彼方は、どちらかと言えば社交的な性格ではなく、一人でいることが苦にならない性格だった。

むしろ、一人の方が楽だと思うタイプだった。

オタク界隈で人気のあるゲームやアニメは押さえているし、ひそかに『推し』の声優だっている。

人気の動画配信屋者の情報は押さえているし、ドラマなどの話にもついていける。

いきなり、誰になんの話題を振られても、そつなくこなせるだけの知識とスキルはあるのだが、ディープな話題に踏み込まれると付いていけなくなる。

だから、彼方は自分から話しかけることはしないし、今もこうして寝たふりをして時間をやり過ごしているのだが……。


「椚木君、おはよ。もうすぐ先生くるよ。」

「ふわぁぁぁ……。んー……おはよ、朝霧さん。今日も早いね。」

「うーん、始業3分前って早いって言うのかなぁ?」

隣の席の朝霧摩耶と、いつもと変わらない挨拶を交わす。

いつもと違うのは教室内の人数がやけに少ないことだ。

そんな彼方の視線に気が付いたのか、摩耶が苦笑しながら教えてくれる。

「なんかね、今日留学生が来るんだって。みんなそれを見にいってるらしいの。」

「ふーん、このクラス?」

「分からない。だから見にいってるんじゃないかな?それより英語の予習やった?今日は十三日だから御子柴先生、きっとあてるよ?」

「いや、御子柴の性格なら、突発的な事情がない限り、今日は朝霧と江藤、葛西に工藤、そして可能性として野村と根岸だな。」

「嘘っ、マジ?」

「あぁ、72%の確率でマジ。」

「……微妙な数字ね。」

呆れたように言う朝霧。

数字は適当だが、言ったことはほぼあたるだろうとの確信がある。

朝霧も、それなりに長い付き合いの中で、可能性は高いと感じたのか、慌てて英語の教科書を取り出す。

因みに、朝霧は3番、江藤は6番、葛西が9番、工藤は12番、そして根岸は23番、野村は26番だ。

彼方は13番なので、普通に考えれば13日の今日は彼方があてられる確率は高い。

しかし、英語教師の御子柴は、性格がひねくれているから、いきなり本命の13番をあててくるような、素直な事はしない。

まずは、13日の3にちなんで、3番か23番をあててくるだろう。

生徒は13ではないが3にちなんだ番号だと、認識する。そう思わせるのが御子柴の手段だ。

そして、3番か23番の次は普通13番だろうと思わせておいて飛ばすことで、本命の13番を油断させ、ホッとしたところで13番あてるというパターンだろうが、これは先週やったばかりだ。

同じパターンを続けて使わないのが御子柴の主義らしいが、だけど、まず間違いなく今日は3番からあてられる。

その次はいくつかのパターンが考えられるけど、この1か月でやったパターンはないと考えると、3番の次は6番、そして9番、12番と続く。

3の倍数だと思わせておいて、12番の次は13番だ、と終業間近の最後に13番をあてるという行動をとるに違いないと確信している。

最近は御子柴の方も、生徒に見破られないように必死に考えているのだ。……どうでもいい事なのにな。

ただ、御子柴には悪いが、今日は本命の13番まで行くことはないだろう。朝霧はともかくとして、他の3人は色々問題があり、予定の所まで授業が進まず、時間切れで13番が当てられないと、彼方は考えていた。


だから、彼方はどうでもいい英語の授業の事は忘れて、自分の思考に更ける。

最近の彼方の思考を占めるのは、年頃の男子らしく女の子の事だ。

一人でいるのが楽、と言いながらも彼女が欲しい、エッチな事がしたい、と思うのは、この年頃であれば当然の事であり、彼方自身も、仲良くなりたい、あわよくば付き合いたいと思う女子はいる。……しかも3人。


まず一人目は、先程まで会話をしていた朝霧摩耶。

隣の席ということもあり、それなりに仲がいいとは思う。それに毎朝話しかけてくれるのは彼女だけだ。

しかし、1日を通して、彼女との会話は朝の3分間だけ。男女分け隔てなく接する朝霧摩耶は、人気が高く、休み時間の度に、誰彼となく寄ってきて、隣にいる彼方はそういう人々から邪魔者扱いされている。

何か大きなきっかけがない限り、今の状態から変わらないのだろうと彼方は思うのだが、生来の性格が邪魔をして、一歩を踏み出せないでいた。


二人目は、昼休み、屋上で会う少女……A組の北原さやか。

一人飯を屋上で食べている彼方と、昼休み中鍛錬をしているさやか。

会話をするきっかけは、昼飯を食べた後、ぼーっとしていた彼方に、さやかが竹刀を突きつけ「暇なら相手をしてくれ」と言い出したことだった。

剣道なんて授業で少しやった程度の彼方が、毎日鍛錬をしているさやかに敵うわけもなく、その日の昼休みは,さやかにボコボコにされて終わった。

流石に、さやかも悪いと思ったのか、翌日、お弁当を差し入れてくれ、それから、さやかの鍛錬に付き合う代わりに、お昼を御馳走になる関係が続いている。


さやかの鍛錬は剣道だけでなく、合気道に薙刀、と言った武道の他に、バスケやフットサルと言った球技などもあった。

彼方は知らなかったが、北原さやかと言えば、1年の時から、各運動部の助っ人として有名であり、また、その凛とした綺麗な容姿から「瑞校のワルキューレ」と呼ばれていると知った時は。成程、と納得したものだった。


そんなさやかとの付き合いは、昼休み限定で、休み時間に廊下ですれ違っても挨拶すら交わさない間柄であり、もう一歩すすんだ関係になるためには、やはり、なにか大きく動く必要が有るのだろうと彼方は考えていた。



そして、最後の一人、音玄美也子。

彼女とは図書室の友である。

と言っても、彼方は美也子のクラスすら知らない。

ただ、放課後、図書室で一緒になるというだけの間柄である。

碌に会話もしたことがないが、彼女とは本の趣味が合うらしく、以前自分が読んでいた本を彼女が読んでいるのを見たり、彼女が読んでいた本を自分も読んだりしている。

たまに視線が合い、『これ、面白いよね』『うん、お気に入り』といったような会話を視線だけで交わす……交わしたつもりになっている……、といった関係が続いている。

仲良くなるには、先ずは会話から、と思うのだが、「こんにちわ」の一言が言い出せずに今に至っているのだから、先は長いと思う。


そんな感じで、彼方には、朝、昼、夕と気になる女の子がいるのだが、いざ行動に移して、今の関係が壊れたらと思うと、一歩も踏み出せなくなるのだった。


「はぁ……いっその事、ばーんっと今の状況が壊れるようなことが起きないかなぁ?」

「えっ、何か言った?」

彼方の呟きに、隣で英語の教科書を見ていた摩耶がこちらに振り向く。

摩耶の背後に金髪の女生徒が見える。アレが留学生だろうか?

彼方がそう思った瞬間……教室内が光に包まれ……弾けた。

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