第七話 竜王

 ︎︎翌朝起きて乙姫の部屋へと降りると、翠亀が来ていた。


「姫様、言われた通り本日の夜に面会の場を取り付けて参りました。」


「ありがとうございます、爺や。」


乙姫が凛々しく丁寧な言葉で話しているのを見ると、なんだかむず痒いような気持ちになる。しかし、これが本来の王族としての振る舞いなのだろう。

見た目の美しさもあいまって、男の俺でさえ少しかっこいいと思うほどだった。


「では改めて、策を練りましょう。」


そう切り出して乙姫が提案した策は、俺と一郎の替え玉作戦だった。

簡単に言うと俺が一郎の代わりに会合に参加するのだ。

確かに俺の渦潮の盾ならばいざというとき背後からの刺客の攻撃も防ぐことができる。


そして、その代わりに一郎には宝物殿側の廊下で待機してもらい、頃合いを見て参戦してもらうのだ。


そういうわけで、俺は衣服を王族のものへと着替え、王族らしい立ち居振る舞いを乙姫に教えてもらった。


しかし何というか、どうにも俺はこういうお堅い感じは向いてない気がする。

…これは“馬子にも衣装“ってやつだ。

いや、海中なのだから“竜の落し子にも衣装“とでも言おうか。


なんか結構上手いこと言えたんじゃないだろうか。実際竜族の子だしな…。


「ほら!集中して!」


余計なことを考えていたせいで乙姫の指導が入った。


「おう…すまん。」


いかんいかん、なんとか王様を演じ切らないとな。



そんな調子で稽古を終えると、俺たちは、翠亀に前の世界線で一郎を殺したという、蛸族の女について話を聞いた。


翠亀曰く、その女は「ヒョウ」という名で、豹紋蛸ヒョウモンダコの一族の出らしい。


豹紋蛸ヒョウモンダコは元来強力な毒を有する蛸で、その毒に侵されれば最悪の場合死に至るとのことだ。


そして、この綿津見国ではどうやら有毒な種族は疎まれる存在であるらしく、彼女らにとっては生きづらい世の中であることが想像できた。

翠亀曰く、恐らくそこにつけこんだホオジロが彼女を雇ったのだろうとのことだった。

そして彼女は多くの有毒魚達を取りまとめ、仲間の有毒魚達からも一目置かれる存在なのだそうだ。


「雇う」というのがどういうことかよく分からないが、この国には貝貨ばいかとかいうものがあるらしい。一郎はこの貝貨とやらを画期的だなんだと騒いでいたが、俺には良く分からなかった。とにかくその貝貨とやらを使って仕事を依頼したり、物と交換したりするんだそうだ。


翠亀の話を一通り聞き終えると、一郎は、何か考え込んでいるような顔をしていた。

確かに、今夜自分が死ぬ可能性があるのだから最悪の事態を想像してしまうのも無理は無いか。


「不安なのも分かるが、今は出来ることを精一杯やるしかないさ。」


「……ああ、そうだな。」


俺たちは時間が許す限り渦潮の鍛練をすることにした。

それこそ付け焼き刃かもしれないが、何もしないでじっと待つよりはマシだろう。




 ︎︎そうして時が経ち、頭上の光球が月ほどの光となって、辺りは薄暗い闇に包まれた。


王座の間に同席するのは、ホオジロとサカマタ、両者の家臣数名、両陣営それぞれに付く官僚達。そして俺と乙姫と翠亀の三人と、立会人の游亀妃ゆうきひだ。


俺はできる限り堂々と振る舞い、王座に着いてみせた。



集まった皆がどよめいてる。


そんな中、ホオジロが目を血走らせながら声を上げた。


「おい!何のつもりだ貴様ァ!」


こんな大声で怯んでたまるものか。

俺は負けじと声を張り上げた。


「うるさい!鎮まれ!私は先代竜王と人間の間に生まれた竜の血の継承者である!!!」


乙姫は俺の隣で右手の紋章を掲げて、こちらに目配せしている。

俺も乙姫の意図を理解し、皆に右手の紋章が見えるように高々と掲げた。


「やはりそういうことでしたか。」


サカマタが片膝をついて私に頭を下げた。

続いてサカマタの家臣達も跪く。


「次期竜王となられるあなたに、我が一族は忠誠を誓いましょう。」


辺りは騒然としていたが、彼のその一言で、この場にいるほとんどが同様に跪いた。



そんな中、ホオジロが怒りに任せて大声をあげた。


「貴様ァ!!俺様の計画を邪魔しやがってェ!今ここで海の藻屑にしてやる!!」



鮫族の家臣達も既に臨戦態勢だ。

ホオジロが斧を振りかざして俺に襲いかかる。


「本性を現したなホオジロ!貴様のことは前から怪しいと思っておったのだ!」


すかさず鯱族のサカマタが俺の前に出て斧を受け止めた。


斧と槍とがぶつかり合い、重く低い金属音が王座の間に響き渡る。


「お前ら!全員で取り囲んで殺せ!!」


その一声で、ホオジロの家臣達が斧を振りかざして、一斉に俺の方へと襲いかかってきた。



刹那、玉座の後方からものすごい勢いで回転する水の矛が現れ、鮫族の斧を悉く弾き飛ばしてしまった。


北側の廊下に隠れていた一郎が痺れを切らして飛び出してきたのだ。


「そろそろではないかと思ってな!」

一郎は俺の隣で、矛を振りかざして再び構えながらそう言った。


「助かったぜ一郎!こっからは二人だな!」

俺もいつでも盾を展開できるように身構えた。


「だから私も混ぜなさいって!ここからは三人よ!」

隣にいた乙姫もいつでも渦潮を発動できるように身構えている。


俺は前の世界線でもこうやって肩を並べて戦ったことを思い出していた。

そういえばあの時はサカマタも隣にいてくれたのだ。


サカマタ?

確かサカマタの能力って…。

どうして今まで忘れていたのだろうか。


「サカマタさん!今すぐ気配探知を!姿を消した刺客がいるようです!」


「御意!!」


サカマタはホオジロと打ち合いながらもすぐさま超音波で怪しい気配がないか確認してくれているようだ。

しかしそれを聞いてホオジロも黙ってはいられぬ様子で、慌てて声を張り上げる。


「なぜそれをっ...!小賢しい地上のゴミどもが!!バレる前に殺っちまえ!ヒョウ!!」


そうホオジロが言い放つとほぼ同時に、サカマタもまた声を上げる。


「上です!!!!」


その声で俺たち姉弟三人は、三者三様に頭上を見上げた。


それは一瞬の出来事だったが、阿吽の呼吸とはまさにこのことだった。

いや、この海底では阿吽の鰓呼吸えらこきゅうとでも言うべきだろうか。


一郎は頭上を見上げると同時に水の矛を高速回転させて投げ放ち、俺は水の矛が放たれたと同時にかがんで床に両手を突き、三人を守る半球状の水の盾を展開した。


乙姫は片手を頭上に、もう一方の手を床に向けてかざした。水の矛には推進力を加え、水の盾には回転力を加え、より強固なものにした。


三位一体、攻防一体の一撃だった。


高い金属音が王座の間に鳴り響いた。


その一撃で刺客であるヒョウが持っていた小刀が砕け散っていたのだった。


茶褐色の肌をした妖艶な女が姿を現した。全身にかけて浮かび上がる鮮やかな青い斑紋は毒々しい見た目をしている。


しかしどうやら水の矛が右肩をかすめていたようで、青い血を流しながら膝をついて倒れるのが見えた。


「どうしてこう何もかも上手くいかねェんだ!クソが!!!


自暴自棄になったホオジロが、巨大な鮫の姿に変化して矢のような速さで俺たちに突っ込んできた。


しかし俺は特に慌てることはなかった。

なぜならその技は…。


「一度見たからな!」


ホオジロはそのまま高速回転する水の盾に激突し、その衝撃全てを鼻先一点に受けて気絶した。


水の盾を解くと、一郎は鯱族によってとどめを刺されようとするヒョウのもとへと真っ先に駆け寄った。


「おい!何やってんだ!そいつ毒が…!」


俺は慌てて一郎を止めに入ったが、一郎の目を見て止めるのをやめた。



”困っている人がいたら助けてあげなさい” か…。


そうだ、こいつはそういうやつだ。

そもそも見ず知らずの亀に竜族の末裔だとか国を守ってほしいだとかいきなり言われて、ほいほいついて行って死んでしまうほどのお人好しなんだ。

俺に同じことができるかと言われたら自信がないぜまったく。


「殺すならさっさと殺しな。」

ぶっきらぼうにヒョウはそういった。


「どうか彼女を殺さないでもらえるだろうか。」

一郎はそんな彼女を横目に、彼女に手をかけようとする鯱族の男にそう言った。


「し、しかし…」

鯱族の男も戸惑っている様子だ。


「皆、一度手を止めて聞いてくれ!」

一郎は、王座の間にいる全ての者に語りかけた。


「私は次期竜王となる一郎である!そして私と瓜二つの彼は双子の弟で太郎という。

今回、太郎には私の影武者としてこの場の会合に出席してもらったというわけだ。まずはこのような戦いを起こしてしまったこと、そして皆を混乱させたことについて謝らせてくれ。本当にすまなかった。」


そういって頭を下げる一郎に向かってサカマタが口をひらいた。


「失礼を承知で申し上げます。一国の王が頭を下げるなど、どうかおやめください。」


サカマタはそうは言っているが、どうやら感極まっている様子だ。


「ありがとうサカマタ。…私はこの国をより良いものにしていきたいと考えている。先代竜王が積み上げてきたこの国は本当に良い国で、輝かしいと思う。だがその一方で見直さねばならない深き闇がこの国にはまだあると、私は考える。」


俺はその言葉と、先ほど一郎がとった行動で、翠亀からヒョウの話を聞いた時、一郎が何か考え込んでいるような顔をしていたことを思い出した。


「彼女だ。」


一郎はそういってヒョウに手を差し伸べて、話を続ける。



「皆、彼女ら有毒種族がどういった扱いを受けているか知っているか?」


場内を見渡してみるが、多くの者があまり良い顔をしていない。


「この国の民であれば知らぬ者はおらぬはずだ。彼女らのような種族を迫害したままでは、また彼女らの力が悪しき方向で使われてしまうだろう。よって、私は彼女ら有毒種族たちを竜王直属の護衛部隊として城に招き入れることとする!」


場内は騒然としているが、一郎は淡々と話を進める。


「サカマタ、すぐに有毒種族たちを城に集めるように手配を進めてくれ。」


「御意!!」


サカマタは返事をするとすぐに鯱族の家臣を連れて王座の間を飛び出していった。


「ヒョウ。お前も私とともに来てくれるな。まずは手当をしよう。」


「…ああ、…ありがとう。…あんた本物の王様だよ。」


そういってヒョウは涙を流しながら何度も感謝した。

その二人の様子を見ていた場内の者たちは、一郎の決断に納得したようだった。


「皆、話を聞いてくれてありがとう!また改めて諸々きちんと発表する場を設けるので、此度はこれにて解散とする!」


一郎はずっと有毒種族たちのことを考えていたのだろう。

前の世界線とはいえ自分を殺した者を許し、それどころか救いの手を差し伸べるか。


”頑張ったな一郎。お前の弟で誇らしいぜ俺は。”



 こうして、この王座の間での戦いは幕引きとなり、ホオジロとその一派は、竜宮城の地下牢獄へと投獄されることになった。


 ︎︎後日綿津見国では、改めて竜王即位の式典を盛大に執り行う流れとなった。

即位式を終えた一郎は、ホオジロによって企てられた国家転覆の計画と内乱について説明し、有毒種族たちを竜王直属の護衛部隊に任命するという旨を民に向けて発表した。


一郎の海のように広い心に、民たちは皆感動していた。新しい竜王の誕生を、皆心から祝っているようだった。

俺と乙姫は、この先も姉弟として一郎を支えていくことになるだろう。


しかし、俺は何か見落としているような気がしてならなかった。

いったい何だろうこの違和感は…。


違和感…。


そうだ、違和感といえば、あの時も違和感を感じたのだった。

玉手箱を持って陸地に上がった時、周囲の景色が何か違うような気がしたのだ。


あれはいったい何だったのだろうか。


俺は一抹の不安を一郎と乙姫に打ち明けるべく、王座の間へと泳ぐのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超訳御伽草子『竜宮伝』 日ノ輪 @hinowa935

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画