メユカは千回だって好き

加須 千花

久自良、大好きだよ。

 ふゆごもり  春咲はるさく花を


 手折たをり持ち


 たびのかぎり  ひわたるかも





 冬隠ふゆごもり  春開花はるさくはなを

 手折以たをりもち

 千遍限ちたびのかぎり 戀渡鴨こひわたるかも




 冬を越え、春に咲く花を手折り持ち。

 あなたに千回も───際限さいげんもなく恋し続けます。




 万葉集  柿本朝臣人麻呂之歌集かきのもとのあそみひとまろのかしふ





     *   *   *





 奈良時代。



 あたし、米由可めゆか、二十一歳。

 つま久自良くじらは二十三歳。

 長いいくさから無事に帰って来て、嬉しいんだ。


 あたし達、夫婦めおとの住まいは、陸奥国みちのくのくに多賀郡たがのこほりの、鎮兵ちんぺいの兵舎。


 久自良くじらが帰ってきた夜は、


米由可めゆか〜。逢いたかった。恋しかった。」


 久自良くじらはそう繰り返し、寝ワラの上で、ちゅっ、ちゅっ、あたしにたくさん口づけし、それはもうねむころに朝まで過ごした。


 久自良くじらの太い首。たくましい肩。厚い胸。ぽよんと突き出た腹。

 夜の闇のなかでみる、丸い頬の形。

 全部好き。

 全部好きだ。


 幼馴染みの頃から。今も。逢えない間も。ずっと好きだ。

 

「あたしも逢いたかった。寂しかった。ずっと、帰りを待ってたよ。」


 久自良は、たくさんの傷が身体に増えていた。どれも治療のあと……、わざと火傷させて、傷を塞いだあとがある。

 斬られた時も、傷を塞ぐ時も、痛かったろうに。

 可哀想に。

 無事に帰ってきてくれて良かった。

 本当に……。





     *   *   *





 久自良は、いろんな土産話をしてくれた。

 一番驚いたのは、久自良の上司、真比登まひとだ。

 なんと、豪族の娘を妻にし、その家の婿になり、鎮兵を辞めるそうだ。

 真比登といえば、強くて強くて、負け知らず。多賀の鎮兵に真比登あり、伯団はくのだん建怒たけび朱雀すざく、と知られたおのこだったのに……。


「鎮兵抜けるの、もったいないわね?」

「うん。オレもそう思う。

 でもとにかく、真比登が豪族の娘にメロメロで。離れられないみたいよ。」

「へぇ。豪族の娘……。

 こう言っちゃなんだけど、真比登、疱瘡もがさ持ちじゃない? 

 豪族の娘は、そこはどうなの?」

「それがねぇ、稀有な気高いお心の持ち主で、気にならないみたい。

 豪族の娘も、真比登にメロメロでさ。すごいんだぜ?」

「ふうん?」

「衆人環視のなかで、真比登の頬をぎゅっとつかまえて、自分から口づけしちゃうの!」

「えっ?!」


(話を盛りすぎじゃない?)


「本当に?」

「本当なの。何回もしてた。皆、呆気あっけにとられてさ。でも途中から、見慣れたよ。」


 あたしはクスクス笑った。


「それ、最高だね! 真比登、良かった。

 あたしも衆人環視で久自良に口づけ、しちゃおうかなぁ?」

「やっ、やめて! オレは恥ずかしい!」

「ぷっ、あははは!」


 あたしは大笑いした。


「わかったよ。久自良が嫌がること、あたしがするわけないじゃん。」


 そして、優しく、口づけをする。


うてる、久自良。」

米由可めゆか。可愛いオレの妻。オレも、うてるよ。」






     *   *   *





 季節は流れ。


 冬過ぎて春。


 夏草の茂る夏。


 白い雲、夏の眩しい日差しのなか、犢鼻たふさき(ふんどし)姿の男たちが身体をぶつけあう。


「どぉっせーい!」

「おぁぁああ!」


 今日は、年に一回の、多賀の鎮兵のお楽しみ、相撲の節会せちえだ。

 普段、鎮兵の鍛錬を、妻たちは見学できない。

 でも、この相撲の節会は、お祭り。

 妻たちの観戦も許されている。


 男たちが相撲をとり、優勝者には、米一(15kg)が支給される。

 雑穀じゃないよ!

 お米だよ!


「今年の米は?」

白稲しろちねだってよ。たいそう甘みが強いそうだ。」

「じゅるり。」


 兵舎住まいの妻たちがお喋りをする。

 米はご馳走。

 品種によっての違いも、貴族のあいだではでられていた。

 もちろん、あたしら良民りょうみん(庶民)がふだん食べるのは、雑穀まじりのものだ。

 白稲しろちね、と米の種類を言われても、よくわからない。


白稲しろちね、食べてみたい。米〜。米ぇぇ……。)


久自良くじら───っ! 頑張れぇーっ!」


 久自良くじらは、体格に恵まれている。相撲は強いが、これまで優勝したことはなかった。

 それが、今年は、決勝まで進むことができた。


久自良くじらぁ! 

 勝ってぇ───!」


 自分より背の高い相手と組み合い、力比べをしていた久自良が、


「せあァッ!」


 相手の犢鼻たふさき(ふんどし)を持ち上げ、投げ飛ばした。

 行司ぎょうじが高らかに、


「優勝、伯団はくのだん久自良くじら!」


 と宣言した。


「きゃああ! やったあ───! 米ーっ!!」


(なんてかっこいいの、久自良くじら!)


 あたしは、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

 肩で息をする久自良くじらがあたしを見て、にっ、と明るく笑った。












 久自良くじら久自良くじら

 大好き。

 何回だって、千回だって。

 ずっと好きだって、伝えたい!

 だからずっと、そばにいてね……。









      ───完───










↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093088012210322

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メユカは千回だって好き 加須 千花 @moonpost18

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