明日の涙を今日に流す。
鈴ノ木 鈴ノ子
あすのなみだをきょうにながす。
真っ暗で孤独な檻に帰宅する。
銀色の魔法の鍵を回すのは楽しかった。今はただスマホを翳して勝手に開く鍵を開ける。
玄関脇のスイッチで玄関の電気をつけた。今はドアが開くと点灯する。
脱いだ服をそのまま床に落として眠りについた。今は脱いだものをハンガーに吊るしスプレーをかける。
キッチンで食材を調理して作るのが好きだった。今は冷凍庫から取り出したトレーを温めて計算された食事をとる。
室内は多少汚れていたが落ち着く場所だった。今は自動掃除機が走り埃ひとつない。
お気に入りの入浴剤でお風呂に浸かるのが好きだった。今は蓋を閉めたお風呂の前でシャワーを浴びて汚れだけを落とす。
いつもの通りに、なに一つ変わらず、何一つ変えれず、私は静寂の室内で涙を溢す。
壁にかけられたカレンダーが、下駄箱のランニングシューズが、食器棚のお皿が、キッチンの鍋が、それを静かに聞いている。
先払いの涙を流しクッションを抱きしめて、顔を埋める。嫌なことを思い出して泣く。
やがて朝を迎えるのだ。
1人で、いつも通りの朝を。
変化のできる者がいれば、変化できない者がいる。
陽の当たる道を進む者がいれば、日陰を歩む者もいる。
罪を犯すことなく、ただ、実直に、生きる。でも、生きることは罪だ。
昼の闇に閉じ込められ、夜の光に包まれて、1人で刻む時計はくるりと巡る。
羽ばたく翼を腐らせた、幽霊鳥は今日も闇夜の中を歩きゆく。
顔に薄い仮面を描き、髪をお手本通りに纏め上げ、季節にあった服装で。
巡り巡りて季節は変わり桜の花が散った日に、私を追った足取りが、私の肩に手を置いて、私に言葉をかけたのだ。
「先輩、ちょっと聞いてもらっていいですか?」
それが全ての終わりを告げて、それは全ての始まりを告げる。
真っ暗で孤独の檻へと帰宅する。
銀色の魔法の鍵を回すのは楽しかった。今はただスマホを翳して勝手に開く鍵を開ける。
玄関脇のスイッチで玄関の電気をつけた。今はドアが開くと点灯する。
脱いだ服をそのまま床に落として眠りについた。今は脱いだものをハンガーに吊るしお揃いのスプレーをかける。
キッチンで食材を調理して作るのが好きだった。今は冷凍庫から取り出したトレーを温めて、計算された食事に一品を作って添える。
室内は多少汚れていたが落ち着く場所だった。今は自動掃除機が増えた荷物の間を走り埃や塵もない。
お気に入りの入浴剤でお風呂に浸かるのが好きだった。今は蓋を開いたお風呂の前でシャワーを浴びて汚れを落としお湯を張り入浴剤を溶かす。
いつもの通りに、なに一つ変わらず、何一つ変えず、待つ私は静寂の室内で涙を溢す。
壁にかけられたカレンダー予定が、下駄箱の並ぶランニングシューズが、食器棚の並ぶお皿が、キッチンで余熱を持つ鍋が、それを静かに聞いている。
先払いの涙を流しクッションを抱きしめて、顔を埋める。嫌なことを思い出して泣くのだ。
温かな手に癒されて、温かな会話に癒されて、温かなお風呂に癒されて、温かな体温に癒されて、温かな膣を埋めるものに癒されて、温かな絶頂と余韻に癒されて、温かな抱擁の眠りに癒される。
互いに、互いに、求めるように癒し合う。
そして朝を迎えるのだ。
2人で、いつも通りの朝を。
変化のできる者がいれば、変化できない者がいる。
陽の当たる道を進む者がいれば、日陰を歩む者もいる。
罪を犯すことなく、ただ、実直に、生きる。でも、生きることは罪ではない。
昼の光に包まれて、夜の闇に閉じ込められる。2人で刻む時計はくるりと巡る。
羽ばたく翼を蘇らせた、幽霊鳥は今日も星月夜の中を飛んでゆく。
顔に化粧を描き、髪を好きに纏め上げ、季節にあった服装で。
明日の涙を今日に流す。 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます