嶺辺路【参】『双頭の幕府』

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 弘安こうあん七年、霜月しもつき上旬。


 二度目の蒙古襲来もうこしゅうらい弘安の役こうあんのえきから、はや三年。


 一難いちなん去ったと思われたが……


 また一難。


 幕府の二つの意思決定機関の長を兼任する安藤宗恩あんどうそうおんは、とある問題に、ひどく頭を悩ませていた。


 武士たちの、土地相続問題。


 世代をるごとに矮小わいしょう化する土地。


 一人の惣領から複数の庶子子分へ土地を分ける過程で、土地の細分化は不可避であり、武士同士の争いの種になっていたのだった。

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宇宙丸うちゅまる殿、武士たちの土地相続問題についてだが……土地の分け前の少なさに、庶子しょしたちは不満を募らせるばかりだ。もはや幕府が介入するよりほかないように思われるが……そなたは、どう思うかね?」

 と、安藤宗恩あんどうそうおんが、十二人評議会じゅうににんひょうぎかいを構成する御内人みうちびとの一人、多元宇宙丸たもとうちゅまるに、相談を持ちかける。


「宗恩殿、それはそれは、難儀なんぎな質問でありますな。何せ、評定衆ひょうじょうしゅうと十二人評議会の間でも、真っ二つに意見が割れておりますゆえ。少なくとも言えるのは、十二人評議会全体としては、吸武すいぶ殿のかかげる相続の案には反対しております。今は、そうとしか……」

 と、宇宙丸は、あくまで個人的な見解は述べようとしない。


「ああ、そうだとも。ここへきて、相続を分割から単独にしてしまえば……さらなる混乱を招きかねん。今日の合同会議では、ぜひ御内人みうちびとのそなたの口から、あのおいぼれに、一石を投じてはくれぬか? 発破亭吸武はっぱていすいぶ、あやつの政治改革にはもう、うんざりよ」

「おっしゃることは理解できます。ですが、せっかく、蒙古もうこの魔の手が去ったばかりだというのに、次は幕府の中で対立を……」

「承知しておる。しておるが、そこをなんとか頼めないだろうか? 吹武すいぶは、学者である宇宙丸うちゅまる殿一目置いておるのだ。そなたなら、いやそなたしか、あやつを説得できる者はおらんのだよ……」


「…………」

 宇宙丸は、口をつぐむ。


「宇宙丸殿、私は、執権しっけん得宗とくそうの両方を務める手前、一方に肩入れするわけにはいかんのだ。評定衆ひょうじょうしゅう御家人ごけにんどもも、他の御内人みうちびとも、出世やら利権やらのために、いつも吹武すいぶの言いなり。そなたにしか、この役は頼めないのだ。この通りだ!」

 宗恩そうおんは片膝を地につけ、幕政上では遥かに下位の宇宙丸に対し、深くこうべれる。


「そ、宗恩そうおん殿! どうか顔を上げてください…………わかりました。この多元宇宙丸たもとうちゅまる、できる限り、やってみましょう」

「宇宙丸殿……やはりそなたは頼もしい! では頼んだぞ? 今日は将軍様もご出席されるから、くれぐれも穏便おんびんに——」

「なっ! なんと、将軍様がいらっしゃるのですか!? それは聞いていません!」

「なぁに、所詮しょせんはお飾りの将軍に過ぎぬ。そう緊張するでない」

「……まぁ、事実、そうではありますが…………。いいでしょう、無礼ぶれいの無いよう、努めますよ」



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 評定衆ひょうじょうしゅうと十二人評議会の合同会議が始まった。


 大部屋の上座かみざ鎌倉幕府七代将軍、素子親王すごしんのうが……

「本日の議題は……惣領制そうりょうせいの諸問題について。このもとの将来を左右する、たいそう重要な意見を述べたい者がいると聞いていますが……またあなたですか。評定衆ひょうじょうしゅう代表、御家人ごけにん発破亭吸武はっぱていすいぶ

 安藤宗恩あんどうそうおんの用意した進行台本を、違和感なく、一字一句たがわずに、読み上げる。


「はっ!」

 発破亭吸武はっぱていすいぶの返事。

 立ち上がり、きびきびとした動きで、部屋の中央へ出る。

 声と足取りは、その老体に似合わず、壮健そうけんその者である。


「どうぞ」


 に許しを得た発破亭吸武はっぱていすいぶは、浅めの一礼をすると、

「本日、私が、僭越せんえつながら提言ていげんいたしますのは、他でもありません、惣領そうりょうから庶子しょしへの土地の分割相続問題についてでございます。皆様ご存知の通り、かつては広大な土地を所有していた惣領らも、幾重いくえもの世代を経て、領地は矮小わいしょう化。それにともない、庶子しょしらも、土地の細分化に直面し、日々、不満をつのらせています。そこでこれを打開だかいすべく、評定衆ひょうじょうしゅうの進める政治改革『弘安こうあん徳政とくせい』の一環として、惣領制を改訂し、武士の土地の相続を、庶子で分割相続、ではなく、長子ちょうしの単独相続、へと切り替える。これを、お許し願えませんでしょうか?」

 と、仰々ぎょうぎょうしく、意見を述べた。


 一拍置いて、


「反対意見のある者はいますか?」

 と、素子親王すごしんのうが問う。 


 挙手する者、一人あり。


「はいっ」

 宇宙丸だ。声からは、学者に特有の、妙な落ち着きがにじみ出ている。


 対し、


 むっとするわけでもなく、涼しい顔をしている発破亭吸武はっぱていすいぶは、

「ほぉ、これこはこれは、稀代きだいの天才物理学者、多元宇宙丸たもとうちゅまる殿」

 と、挟む。


「では、十二人評議会、御内人、多元宇宙丸たもとうちゅまる。前へ」

 素子親王の声からは、特に感情の機微はみ取れない。


 宇宙丸移動は軽快な、だが速すぎない足取りで歩く。


 発破亭吸武はっぱていすいぶにつく。


「どうぞ」

 将軍様にうながされ、


 宇宙丸うちゅまるは、学者に特有の早口で、

「単独相続は、根本的解決にはなりませぬ。そのわけはこうです。庶子しょしのうち、長男はいい……いや長男とは限りませんが、とにかく、ただ一人は土地を得られるとして、次男以降、と言うよりもそれ以外の庶子は——失礼、言葉が過ぎました。路頭ろとうに迷えとでも言うのでしょうか? あるいはひょっとすると、さすれば今度は、土地を得られなかった庶子たちの矛先ほこさきは、情けなくも分け与える土地の少ない惣領そうりょうから、ただ一人土地を得た一人の庶子へと向かうやもしれませぬ。以上です」

 と、スラスラと意見を述べた。


 宇宙丸と同じ、十二人評議会に属する御内人みうちびとたちは、少々お互いの顔色をうかがいつつ……


「そ、そうだそうだ!」

「宇宙丸殿の、言う通りだ。うん、そうだよなぁ?」

「うむ。吸武すいぶ殿の言い分もわかるが、宇宙丸殿の言う懸念は、無視できないように思う」

 

 などと、ここぞとばかりに騒ぐ。


 素子親王すごしんのうは、御内人みうちびとたちのかしましさに眉をひそめ……


「えーっ……」

 と、何か言いたげではあるが、生憎あいにく安藤宗恩あんどうそうおんの用意した台本には、注意のための台詞せりふが書かれていない。


「ほぉ。そうですか、そうですか。ですが……代替案だいたいあんはあるのでしょうか?」

 やんわりと、反駁はんばくする吸武。


「正直に申し上げますと……今のところは、何とも。ですが、その代替案を探るのも、この合同会議の場にございます」

 宇宙丸の、苦しい返事。


 会議は、膠着こうちゃく状態におちいった。


 発破亭吸武はっぱていすいぶ牙城がじょうは、まだまだ堅固けんごであるようだ。


嶺辺路レベル】『妖刀の継承者』に続く〉

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