嶺辺路【弐】『妖刀多面死怨』

——遺失物、勝手に使うべからず。



 灰色の空。

 鈍色にびいろの雲。


「はっ!」

「せぃや!」

「とぉう!」


 時折、くうで黒光りする、刃。


 宇宙丸うちゅまるは、疲れも知らない様子で、黒銀こくぎんの大太刀を振り回している。


「よし、少し休憩だ」


 宇宙丸は、その場で胡座あぐらをかく。 

 大太刀は、宇宙丸の腰に刺さったさやとは合わないので、地に置かれる。


 大太刀おおだちの刀身をよく見ると、刻印があった。


 『多面死怨』という文字。


「ほぉ、ためん……しおん? なんだか物騒な名前だな」


  ༄  ༄

༄呼んだか?༄

 ༄  ༄


 どこからともなく、声……


「なっ、なんだ! 何者だ!? どこにいる!?」


 宇宙丸はぴょいと跳んで立ち上がると、周囲を注意深く見回す。


   ༄  ༄

༄目の前の刀だ༄

 ༄  ༄


 刀が……多面死怨タメンシオンが、宇宙丸に語りかけている!!


「何ぃっ! 太刀が喋るだと!? この宇宙において、そんなことが起こるはずは…………いや、現に声が聞こえている……」


 宇宙丸は、多面死怨タメンシオンを、キィっとにらみつける。


   ༄   ༄

༄そう警戒するな༄

 ༄   ༄


「警戒するなだと!? なら一つ問わせてもらおう。お前は……善か? 悪か?」


   ༄   ༄

༄どちらでもない༄

 ༄   ༄


「何だと!? ひねくれた奴だ」


   ༄    ༄

༄善も悪も存在しない༄

 ༄    ༄


「くっ、謎めいた太刀め。まるで、この宇宙のように、捉えどころがない」


   ༄  ༄

༄私の力を使え༄

 ༄  ༄


「今度は命令だと!? 使えと言われても……たった今、何度も振り回してみたところだぞ? 振り回されたのを、覚えていないのか?」

 やや、苛立いらだちを覚える。


   ༄   ༄

༄もっと強い力だ༄

 ༄   ༄


「なんだ、何か隠された力があるとでも言うのか…………ええい! ひとまずもう一度、振ってやれば気が済むか? 妖しい太刀よ!」

 宇宙丸は、苛立ちをちょっとした怒りに変える。

 

 そして再び、多面死怨タメンシオン粗雑そざつに拾い上げ、そのつかをしかと握る。


   ༄    ༄

༄そうだ、それでいい༄

  ༄    ༄


 するとすぐに……

 

༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄

 紫黒色しこくしょくの煙のようなものが宇宙丸を包んだ。

༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄


「な、なんだ……この禍々まがまがしいのようなものは……」


 宇宙丸は、多面死怨タメンシオンからの煙に、思わず魅了みりょうされる。


 その時!


 ざっ、ざっ、と、背後から、砂利をる音。


「誰だっ! うちに忍び込んだのはっ!」

 と、宇宙丸が振り返ると……


 見知らぬ、全身が黒い衣に包まれた、肥えた男が、立っていた。


 しかも、その手には、切れ味の良さそうな太刀を握っている。


「次から次に……貴様っ! 何奴っ!」


 男がまとう、ゆとりのある黒衣こくいが、ひらり風に揺れる。


「私の名は毛利代数もうりだいすう……」

 男は低く、静かに、そう名乗った。


「毛利、代数? 全くもって、馴染みのない名だ。聞くまでもないかもしれないが……拙者に何の用だ?」

 宇宙丸は、やや腰を落として、多面死怨タメンシオンを構える。


「用か。それは…………我が師匠よりのめいを斬る、そうするまでだ!! お前の命、頂戴ちょうだいする!!」


 毛利代数は、その太い腕で太刀を振り上げながら、宇宙丸に鈍重どんじゅうな猛突進を仕掛ける!


 しかし……


 宇宙丸が、地と平行に、素早く一太刀ひとたち


 目の前の毛利代数に、あやしい紫黒色しこくしょく一閃いっせんを浴びせた。


「遅すぎるぞ。重さのあまり、貴様だけか?」

 

 宇宙丸は、余裕綽々よゆうしゃくしゃくと、そう尋ねる。


「…………」


 立ち止まる毛利代数からは、返事がない。なぜなら……


 毛利代数の体は、ちょうど甲冑かっちゅう前胸部ぜんきょうぶ弦走革つるばしりがわと、腰部ようぶ草摺くさずりとに分かれるようにして、真っ二つに断たれているからだ。


 裁断部から、

 どす黒い血が、

 放射状に、

 ゆっくりと、

 漏出する。

 

 いや……


 それは血ではない。


 黒すぎる! あまりに、深い黒色をしている!!


 その黒い何かは、空間を裂くようにして、沈黙し続ける毛利代数の周囲を、おかしていく。


「この漆黒しっこく……さっきのと、同じ!」


 宇宙丸は、得体の知れない闇を前に、多面死怨タメンシオンの柄をこれでもかと強く握り、身構える。


   ༄  ༄

いちさん……༄

  ༄  ༄


 多面死怨タメンシオンは、なぜか数を数え始める。


「んっ!? 何を言っているんだ?」


    ༄    ༄

༄踏ん張れ、吸われるぞ༄

  ༄    ༄


 聞いたこともないような、忠告。

 

 直後……


 忠告通り、

 一帯の空気たちが、

 ヒュウヒュウと、

 闇を目掛けて、

 大移動を始める。

 

「何だこれは!? どうなっているっ!! くっ……」


 宇宙丸は、剣先けんさきを地にグサリ突き刺して、なんとか踏ん張る。


   ༄  ༄

ろく……༄

  ༄  ༄



 そして、毛利代数はうんともすんとも言わずに……



      ⬛︎

      ⬛︎

      ⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

  ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎\●/⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

  ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎人⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

      ⬛︎

      ⬛︎

      ⬛︎    



 闇の彼方へと、消えていった。


多面死怨タメンシオン、この太刀は一体……」


 宇宙丸は、敵を斬り漆黒の裂け目を生み出した、その太刀の刀身を見つめるのだが……


 なぜか、血で染まってはいない。


   ༄  ༄

しちはち…………༄

  ༄  ༄


 その代わりに、紫黒色しこくしょくの煙の放出が、より一層強さを増している。


   ༄  ༄

きゅう。閉じるぞ༄

 ༄  ༄


「何っ!?」



 裂け目は瞬時に閉じ、すっかり元通りになった。



「ありえない……だが、拙者の目の前で確かに、妖刀は裂け目を生み出し、悪党をその彼方へと飛ばし、裂け目は閉じた……。おい、多面死怨タメンシオンとやらよ! この現象の仕組みを、わかるように説明しろ!」

 宇宙丸は、キレ気味に問う。


    ༄  ༄

༄妖刀で斬れば……༄

  ༄  ༄


「斬れば……斬った相手はどうなるんだ!?」


      ༄    ༄

此世このよ彼世あのよの狭間に幽閉ゆうへいできる༄

   ༄    ༄


「この世とあの世の狭間に幽閉する?? なんと恐ろしい……。で、どういう原理なんだ!?」


  ༄ ༄

༄…………༄

 ༄ ༄


「おい! 答えよ!」


 多面死怨タメンシオンは沈黙し……


 紫黒色の煙は、消えた。


「ええい! なんと気味の悪く、生意気な太刀だこと!」


 宇宙丸はそう吐き捨てたのち……


 多面死怨タメンシオンを、鎌倉の西部にある、神戸川ごうどがわに放り捨ててしまった。


嶺辺路レベル【参】『双頭そうとうの幕府』へ続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る