嶺辺路【壱】『多元宇宙丸と時空の裂け目』

——妖しき遺失物、拾うべからず。



༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄

弘安四年、水無月。


鎌倉幕府七代将軍、素子親王すごしんのうの治世。


二度目の蒙古襲来の最中さなか、幕府内の権力争いも激化し混迷を極める鎌倉幕府。そこには二つの意思決定機関が存在した。


一つには旧勢力、鎌倉時代前期から活躍する御家人ごけにんらで構成される「評定所ひょうじょうしょ」。


そしてもう一つは鎌倉時代後期から台頭し始めた新興勢力、御内人みうちびとと呼ばれる有力武士らで構成される「十二人評議会」である。


それら二つの意思決定機関では、安藤宗恩あんどう そうおんが、前者では執権しっけんとして、後者では得宗とくそうとして、幕政ばくせいを取り仕切っていた。


御内人の一人であり、位相幾何学いそうきかがくが専門の物理学者、多元宇宙丸たもと うちゅまるは、新興の十二人評議会では穏健派・御意見番ごいけんばんとして、得宗安藤宗恩に仕えつつ、日々、二大勢力の力関係の均衡を注視していたのだった……

༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄



 ある日のこと……


 宇宙丸うちゅまるは、自身の邸宅ていたくの広い庭で、おのが剣技を磨いていた。


 青い空。

 白い雲。


「はっ!」

「せぃや!」

「とぉう!」


 大柄な体躯たいくの割に、敏捷びんしょうな、身のこなし。

 宇宙丸は今日も、軽々と太刀たちを振るい、くうを切る。


 …………青い空。

 …………白い雲。

 …………黒い裂け目!



      ⬛︎

      ⬛︎

      ⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

  ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

  ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

      ⬛︎

      ⬛︎

      ⬛︎    



「…………ファッ!?」


 宇宙丸は思わず跳び退き、太刀を落とし、尻餅をつく。

 

「なんだこれは! なんと禍々まがまがしい!」


 宇宙丸は、立ち上がり、恐る恐る、裂け目に近づく。


拙者せっしゃの太刀が……空間を裂いたのか? いや、この宇宙において、そんなことが起こるはずはない」


 真っ黒な裂け目の中を、そぉっと、のぞき見る。



      ⬛︎

      ⬛︎

      ⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

  ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎༒ ▽⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

  ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

    ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

     ⬛︎⬛︎⬛︎

      ⬛︎

      ⬛︎

      ⬛︎    



「む? 何だ? 何かがこっちに!」


 二つの物体が、宇宙丸に向かって、勢いよく飛んでくる!


「おっと! 危ない!」


 間一髪、避け切れた。


 裂け目からやってきたのは……


 __🗡️🍕__

 あやしい大太刀おおだちが一本、手のひら大、一切れの扇形の何かを貫いて、地に刺さっている。


 宇宙丸は、警戒しつつ、太刀を観察する。


「こっちは太刀に違いない。黒くて、やけに大きい。そして、この陰気な暗紫色あんししょくの煙はいったい……」

 

 つかから、四尺以上もあろう黒銀の刀身が伸びる、長大な太刀。刃からは、妖しい煙がもくもくと漂う。


「こっちの薄い扇形のものは……なんだ? 見たこともない。だが、美味そうな匂いをしているな」


 宇宙丸は姿勢を低くして、太刀に貫かれた扇形に、顔を近づける。


「香ばしく焼いた穀類の生地の上に、れた柿か茄子なすのような、ぐじゅっとした薄切り野菜が、散りばめられている…………うっ! この鼻の奥をツンと刺激する香りは……確か胡椒こしょうとかいう香辛料だったはず。そしてこの表面をおおっている、乳臭い黄色っぽい皮は……」


 宇宙丸は、その皮のようなものを、指先でつまむ。


「ほんのりと、温かい」


 引っ張ってみる。


 するとそれは、びよん、と伸びた。


「なんだこれは!? やけに伸びるぞ! まるで枕に垂れるよだれのように、いや、納豆が糸を引くように、と形容するべきか?」


 さらに、伸ばしてみる。


「五寸、一尺、二尺、三尺……四尺!?!? 太刀と同じくらいの長さになったぞ! いったいなんなんだ、これは! 食べ物には違いないが……」


 宇宙丸が謎の扇形の食べ物に夢中になっていると、遠くから、ぱかぱかと、地をせわしく打ち鳴らす音が、聞こえてきた。


 愛馬の、さとるだ。


 悟は、黒い裂け目と妖しい太刀からは少し離れたところで、止まった。


「おーう、悟よ、散歩はもう終わりか? この美味そうな匂いをぎつけてきたのか? お前もこっちへ来て、これを見るといい」


 主人にそう言われた悟は、それ以上近づくよりむしろ、数歩、後退あとずさる。いつもなら、悟はすぐに宇宙丸に飛びついてくるのだが、今日は、違うらしい。 


「どうした悟よ、ほぉら、見てみろ、この妙な太刀に刺さった扇形を」


 宇宙丸は、悟の首輪を引いて、無理矢理太刀の方へと近づけようとするのだが……


 ヒヒヒヒィーン、と大きくいななき、暴れ出す。


「おっと、悟よ、どうした? 何を恐れている? この太刀か? それとも扇形の方か?」


 宇宙丸は暴れる悟を抑えようとするのだが、その力は、どんどん強さを増していく。


「くっ、悟よ……しずまらんか! おい! 鎮まれいっ!」


 悟は跳ねるように暴れる。


 その暴れ具合ときたら、くらが外れ、飛んでいってしまうほど。


 宇宙丸は耐え切れず、首輪を持つ手を振り解かれ……


 悟は、その場にだけを残して、遠くへ走り逃げてしまった。


「ふぅ、臆病なやつめ。そんなにこれが怖いか?」


 宇宙丸はそうつぶやき、ふと黒い裂け目のあった方へ振り返ると……


 裂け目は、消えていた。


「おっと、裂け目がどこかに消えてしまったわ。不思議なものよ……」


 太刀の方は依然、地面を、扇形ごと、突き刺している。


「どれ、ものは試しだ。こいつを一振りしてみるか」


 宇宙丸は、太刀の柄を握る。


 その瞬間、暗紫色の煙の放出は、ぴたりと止まる。


 そして、地から引き抜いた。


「むぅ……やけに重い。が、拙者の手にかかれば、こんなもの、竹竿たけざお同然よ。ぬぉおおおっ!」


 宇宙丸は、片手でそれを、持ち上げた。


「それにしてもこの謎の扇形の食べ物、やけに美味そうな匂いを放つ…………」


 宇宙丸は、扇形を太刀から外して、口元へ近づける。


「いや、毒を盛られている可能性もぬぐえない、食べるのはよしておこう。だが、これも、黒い裂け目からやってきた。我が位相幾何学いそうきかがくの、貴重な硏究材料になるやもしれん、とっておくとするか」


 宇宙丸は、その扇形を邸宅の床下の冷暗所にしまうと、妖しい太刀を使って、再び己が剣技を磨き始めるのだった。


嶺辺路れべる【弐】『妖刀多面死怨タメンシオン』に続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る