短冊

佐々井 サイジ

第1話

 駅とショッピングモールを繋ぐ連絡路には、大量のビニール傘が大量に吊るされていた。ビニール傘は赤や青といった原色から薄いピンクや黄緑のようにグラデーションに富んだ色に溢れている。凝っているなと思うのは、三十はある傘の色が一つも被っていないことだった。

北野の記憶では四、五年ほど前から六月の一ヶ月間は傘を吊るすイベントをしていたと思われる。傘は陽光を地面に透過させ、自身の持つ色に染め上げていた。若い女性はスマートフォンを横向きにして写真を撮り、子どもらは色のついた地面だけをジャンプしながら進んでいた。

 傘の道を進めばショッピングモールの入り口が見えてくる。自動ドアをくぐったすぐのところに笹に短冊を飾るゾーンが設置されていた。梅雨と七夕が一挙に到来しているようだった。さらに言うと七夕まで一ヶ月あるというのに、最近はどこも商売のためにイベントごとを長くやろうとする。クリスマスにしてもハロウィンにしても。

 笹の前に設置された白い机に一人の少年が立っていた。色白で痩せ身で服はよれていた。少年は笹に吊るされた短冊をしばらく見つめたあと、机の短冊を一枚取り出してペンを握った。北野は周りに親がいないことが気になって少年に声をかけた。しかし少年は北野を無視して夢中で短冊に願い事を書いていた。書き終えた少年は短冊を笹の枝にかけた。

 そのとき、真後ろから両親と思われる二人の男女が小走りでやってきた。

「どこに行ったと思ったら、ひやひやさせやがって」

「行くよ! 早く」

 少年は母親に手を引かれながら広い駐車場の方へ連れられて行った。少年は何度か短冊を振り返ることを繰り返した。北野はしばらく少年を見つめていたが、ふと短冊の内容が気になった。

『はがぬけますように はははたはははすははけはははてはは』

 北野は首を傾げた。後半の文章に過剰なほど「は」が並んでいる。

『はがぬけますように』は『歯』を指しているのだろう。グラグラしているがなかなかしつこい乳歯が残っているのだろうか。わずかに開いた口から上の前歯が一本抜けていたので生え代わりの時期なのかもしれない。

 後半の『はははたはははすははけはははてはは』は何を指すのだろうか。北野は次々にやってくる少年少女のことなどお構いなしに、あごに手をついて考え始めた。

「もしかしてこれは、たぬきみたいなものか!」

 つい言葉にしてしまったが、子どもたちは自分の願いごとを書くことに必死で、北野のことなど見ようともしない。

 はがぬけますように、の『は』は『歯』を指しているのではなく、下にかいてある『は』を抜くことのはず。そうして読むと……。

『たすけて』

 たすけて? あの少年は何から助けてほしいのか。さきほどの両親を思い出す。どう見てもまともな人間ではなかった。どことなく人目を気にするそぶりもあった。

「まさか、誘拐……」

 北野は少年が連れていかれた方を見た。向かった先は平面の駐車場で、そばの通路はちょうど出て行く車が通るようになっている。ちょうど少年は車に乗せられてショッピングモールから出ようとしていた。

「待て! そこの車!」

 北野は叫ぶが当然車が止まる気配はない。北野は全力で走り、車が通るであろう、通路の真ん中に立ちふさがった。さすがに轢きはしないだろう。それで警察沙汰になったらあいつらは終わるのだから。しかし車はスピードを緩めることなく、北野に突進してくる。

「うわあああ!」

 反射的に顔を腕で覆い、悲鳴を上げる。目を瞑る。しかし、痛みは感じない。気づけば車は北野を通り過ぎていた。上手く避けていったのだろうか。いや違う。自分はとうに亡くなっていたのだ。あの子を助けたくても助けられない。

 北野は地面に座り込んだ。行きかう人々が北野を通り越していった。


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