第2話
そのころ、姉から突然、LINE電話がかかってきた。
『卓也、元気? お父さんも、コロナにかかってない?』
「そっちこそもう大丈夫なの」
『うちは一家全員やられたわよ、でも命までは持っていかれなかったから、味覚が戻らないぐらいは良しとしなけりゃね』
「よかったね。俺はともかく、おやじはワクチン受けたから大丈夫だと思うよ」
『それよ! 大ちゃん、いえ夫から聞いたんだけど、あのワクチンは毒物なのよ。絶対受けちゃダメ! お医者の彼も、打っていないんだから。あんたは打っていないのね?』
「毒物? あ、俺は打ってないけど」姉の勢いに多少気圧される感じで俺は答えた。
『よかった! いい? いまから言うことをよく聞いて。これは真面目な話なのよ、陰謀論とかじゃなくて』
毒物だとは聞き捨てならない。これは大事な情報だ。俺は真剣に答えた。
「ちゃんと聞くよ」
『あのね。長い話になるわよ。
まず、元ファイザー社副社長のマイケル・イードン博士が動画サイトで警告したの。
彼は世界最大の製薬会社、医療部門の最高責任者で、ワクチン開発責任者でもあった人よ。その彼が勇気を振り絞っていったことがこう。
<コロナワクチンを打つと、二年以内、おそくとも三年で死ぬことになる。政府やメディアは、あなたをだましている。PCR検査は水でもコーラでも“陽性”と出る。感染症の歴史で、第二波、三波などは存在しない>
もう一人、顔を出して語ったのが、ノーベル生物学・医学賞を受賞したリュック・モンタニエ博士よ。よく聞いて。
<わたしは十分に生きた。悔いのない研究生活だった。もう、(脅迫や暗殺など)恐れるものは何もない。だから、真実を語る。
希望はない。新型コロナワクチンを打った人に未来はない。接種者は全員二年以内に死亡する。われわれにできるのは、大量の死者に備えて火葬場の準備をしておくことくらいだ>
わかった? 夫は医師だから、こういう情報が迅速に入ってくるのよ。だから彼も同僚も、ワクチンは打たないと決めたんですって。根拠がないわけじゃないの、ファイザー社で実験に使った猫やアカゲザルに遺伝子ワクチンを投与したら、全員が全滅したのよ。こんなこと、ニュースじゃ言ってないでしょ?』
「……確かに」
『騙されちゃだめよ。テレビは絶対、本当のことは報道しないの。だから、これを聞いたからには、あんたは打たないわよね?』
「信じるかどうかは別にして、貴重な情報を得たと思ってる。これからの人生の選択に生かすよ。ありがとう」
『そう。賢くなってね。メディアに騙されないで。お父さんには、言っても無駄だと思うけど……』
通話を切って俺はまず思った。
姉ちゃんは陰謀論じゃないと言ってたけどこんな風にまくしたてるタイプではなかった。もしかしたら別バージョンの、死んだ母親に憑かれているのではないか?
そんな俺も、ネットで、マイケルイードンだのリュックモンタニエだので検索してみて、大方そのようなことを言っているらしいのは確認した。
さて、どうもコロナでは死ねないようなので、これは専門家の意見に従った方がいいのではないか。俺はそう思った。何しろ学者様が二人そろって「全員二、三年以内に死ぬ」と太鼓判を押してくれているのだ。自分にとってあと十年生きることは、「懲役十年」を宣告されるに等しい。それが二年で、 自殺もせず、確実に死ねるのだ。ワクチンを売った全員を道連れに。
なんという公平性、人類共通の不幸の中で、俺だけがワクワクと迎える最後。
二年はちょっと遠すぎるが、「確実に」というところが頼もしい。俺はさっそく摂取会場へ向かい、まだ捨てていなかった接種票を提示してワクチンを受けた。
接種部分が赤く腫れ、多少熱が出たが、とりあえずそれで終わった。まだまだだ、焦るまい。
話をさくさくと進めよう。マイケル・イードンが「感染症の歴史で第二波、第三波は存在しない」と言ったにもかかわらず、ニュースではたびたび罹患者数の推移グラフが示され、次々に波が訪れていた。そのたびに、新しいワクチンが開発される。皆我先にと打ちにいく。
そのうち、摂取会場で摂取後に妻が椅子から転げ落ちて死んだとか、翌朝夫が息をしていなかった等々ツイッターで報告が上がるようになり、なのに国は因果関係を認めたがらないと不安と不満と不信の声が上がるようになっていった。俺は歓喜した。その調子だ。
お前らぐずぐず言ってないで受けろ。人間は生きるに値しない生物だ。散々罪を重ねた人類は滅亡する運命なんだよ。
俺はもちろん接種を受けた、受け続けた。そして、大学卒業後は株の取引で結構な収入をあげながら家に閉じこもり、ひたすら「二年後の接種者全員の死」を待った。
で、だ。もう、最初の接種から四年以上がたったんだが。
どうやら日本人の八割以上が接種を受けたらしいんだが。
学者の言っていたことが本当なら、日本人は二千万ぐらいに減っているはずなんだが。
もう七回摂取を受けた自分がぴんぴんしているのはどういうことだ。
日本人が二千万まで減っていないのはどういうことだ。
コロナそのものが威力を失って最初ほど人を殺す威力を保っていないのはどういうことだ。まさかワクチンが効いたとかいうんじゃないだろうな。集団免疫ってやつか。
そしてコロワクだ。なんだこの体たらくは。人類削減だと、よく言うよ。全然アマアマじゃねえか。ネタニヤフの方がよっぽどいい仕事してるぞ。
マイケル・イードン、リュック・モンタニエ、出てきて責任とりやがれ。
「希望はない。新型コロナワクチンを打った人に未来はない。接種者は全員二年以内に死亡する。われわれにできるのは、大量の死者に備えて火葬場の準備をしておくことくらいだ」
全員二年以内と抜かしたよな。だから俺は、株で稼いだ金を派手に二年で散財したんだよ。でも死ねないことに驚いて、いや来年は再来年は、と望みをつなぎつつ、ひたすらワクチンを受けてきたんだよ。もう何年たったと思ってるんだ、この大ウソつきのペテン師めが。
で、最近ささやかれているのが、一番新しいワクチン、レプリコンワクチンが本当にヤバいらしい、ということだ。今度こそ打てば死ぬ、絶対打つな、と、一般市民の間でも恐れられはじめ、けっこう敬遠されてる。やはりこの世には「生きたがり」が多いらしい。不思議なことだ。生きてて何が楽しいんだ。
だがレプリコンの対象者は六十五歳以上の高齢者か、六十歳から六十四歳までの重傷者リスクの高い人、に限られているらしい。
もう結構だ。俺はどんなにマスクなしで人ごみに突入してもコロナにもかかれないし、どんなにワクチンを受けても副作用さえ起きないでやんの。せっせとワクチンを受けてるオヤジは一回コロナにかかっただけで、今もピンピン生きてるし。
騙された。人類平等の死なんて夢想だったんだ。
本当に、人ってバカね。あんたもバカの一人としてまだこんな世界でのうのうと生きる気? 何が楽しいの?
母の言葉は俺自身の思念となって俺を操っている。母は俺にどうなってほしかったんだ? 俺はどうすればいいんだ?
ネットでは、陰謀論を唱える連中が、自分たちは目覚めたものであり真実を知ったものだ。国やメディアの奴隷にはならない皆目をさませ! と喚いているが、彼らには黒い陰謀から人が人権を取り戻すための何ができるっていうんだ?
せいぜいマスクしてる連中や、ワクチンをしている人間を罵ることぐらいしかできないじゃないか。ロシアやイスラエルみたいに、巨大な陰謀組織と戦って超能力で奴らのアジトに隕石でも落としてやれよ。でなけりゃ、人類削減とかを狙ってる連中はどうせ人間に化けた宇宙人か何かなんだろうから、とっとと見抜いて路上でとどめを刺して回れよ。
まあ世界がどうなろうと知ったこっちゃない。問題は自分のこの先だ。
俺は計画を変えた。
まず自殺は、しない。母親の呪いの思うままになるのが嫌だからだ。
俺は千葉にハイキングに行く。何で千葉かって? 千葉には熊がいないからさ。
準備するものは、個人輸入で手に入れる二百錠ほどの強力な睡眠薬と、ワイルドターキーとシャベル。
これは自殺じゃない、俺は千葉の山奥にキャンプに行くんだ。テントのないキャンプ。まず自分で地中に穴を掘る。そしてそこに横たわる。そして、掻きだした土を可能なだけ、自分の上にかける。自家製ベッドだ。大地のぬくもりに包まれるんだ。十一月というのはちょうどいい気候だ、暑くも寒くもない。
そこで二百錠の薬をワイルドターキーふた瓶とともに飲み下し、あとは両手でも組んで静かな眠りに沈もう。何かの間違いで生きて目が覚めても、そこに転がったまま飲み食いしなければいずれは死ぬ。
日本では何故か千葉県だけ熊がいないので、熊に食い殺される心配はない。死んでから食われるのなら構わないが、生きてる間に痛い思いをするのはごめんだ。
どうだ、これキャンプだろ? 大地に抱かれて気持ちよく眠る、ソロキャンプ。最近流行ってるじゃないか。
安楽死法案を認めてくれと言ってる連中は、なぜ自助努力、いや自死努力をしないんだ? 工夫して勝手に死ねよ。これなら鉄道会社にも大家にも迷惑かけず大地に帰れるぞ。
ということで、十一月中に決行の予定です。
困ったことに、個人輸入の薬って、インドとかシンガポールから送られてくるのでやたら時間がかかるんだよ。各国さんからかき集めても、どれだけたったら、強力なのが二百錠手に入るんだかわからん。十一月中は、無理かもしれないな。まあ、待つしかない。
願うことは一つ。
あの世で母親に会いませんように。
<了>
俺の死に場所 水森 凪 @nekotoyoru
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