第40話 エピローグ

 〈物語精霊界〉の図書館で、シーザーの物語が一段落するのを見届けたロックは、シーザーたちの物語のページを閉じると、長椅子の背もたれにもたれ掛かり大きく息を吐いた。


 シーザーたちの物語はこれからも続くが、ひとまずの区切りがついたのだ。

 かつては「皆殺しの鈴木」と呼ばれた作者も、流石に今回の物語ではそのような展開を入れないに違いない。


 しかし本のサロメは一つ気がかりなことが残っていたようで、ロックに尋ねる。


「魔王はいったい誰か、予想ついてるの?」


「バレバレの展開じゃないか。伏線はいくつも張ってあった。

 魔王は他人に呪いを授けることができる、つまり呪いを与える呪いを持っている。

 勇者シーザーと魔王は元々知り合い。

 シーザーには師匠と一緒に育てられた、幼馴染の少女がいて、彼女は生まれつき呪いを持っていた。

 それらを総合的に推理すると、魔王の正体は呪いを持つ幼馴染の少女さ。彼女は周りの人間に呪いを与えてしまう。幼少期は呪いが効かないシーザーだけが、彼女の呪いの影響を受けずにすむから一緒に暮らすことができたんだろう。

 そしてこの魔王の少女は、人間全てを反人間カースドにしてしまうって展開だったんだろう。

 もし勇者が死んでいたら、アン王女が魔王の呪いすら治してやる展開になっただろうが、そうはならなかった。

 呪いを振りまく少女に触れられるのは呪いが唯一効かない勇者シーザーだけなのだから、やはり最後は勇者シーザーが魔王と戦う展開になると思うがね」


 ロックはそこまで話すと、頭をぼりぼりきながら、少し困り顔で呟いた。


「でも、最後は修羅場になりそうだな」


 それを聞き逃さなかったサロメは、意地悪そうな目で尋ねる。


「アンと魔王とシーザーの関係のことを言ってるのかしら。だとしたら勇者シーザーは最後どちらを選ぶと思うの?」


「賭けてもいいが、魔王――呪いの少女を選ぶさ。魔王は勇者シーザーにしか救えない。だとしたら話の展開的にも、勇者シーザーの自己犠牲の性格的にも、魔王以外の選択肢しか考えられないだろう。だいたいあのシーザーが、自分の感情を優先する姿は想像できないな」


 ところがサロメは、少しねたような声色で反論するのだった。


「あら、愛ってそんな簡単に割り切れるほど安くなくてよ。あなたそんなだから、いつまでたっても女心もわからないのよ」


「いやいや、俺は最強のハッピーエンダーよ。恋愛物語だって、どれほど改変してきたか知ってるだろ」


「物語で鍛えすぎて、実技がおろそかになってるんじゃなくて?」


 女心のわからぬロックに、いつももどかしい想いをしているサロメは、ここぞとばかりに揶揄からかうのだった。

 人心地ひとごこちついたサロメは、最後にロックに聞くのだった。


「けれど、シーザーたちの物語が一段落してしまったら、シーザーとアンの記憶からも、私たちは忘れ去られてしまうのでしょうね。ハッピーエンダーの宿命とはいえ、少し寂しい気がするわ」


「いいや、例え記憶の中から消えてしまっても、俺とシーザーの友情まで消え去るわけじゃない。その友情は永遠なんだ。そしてこれからも俺は彼らの活躍を応援するさ」


 そういったものの、サロメから見るロックの横顔は少しだけ寂しそうに見えた。

 そんな中、ふとサロメは自らの本の身体に起こった異変に気づく。


「見て、ロック――数字が……」


 ロックが本のサロメの数字を見ると、それがマイナス99からマイナス98へと変わっていたのだ。


「まさか、この展開で数字が変わることがあるなんて――」


 〈物語精霊界〉の大罪を犯した者が本に変えられた際につけられるその罪の数字は、「作者や読者、登場人物たち全員が称賛する『物語改変』が行われたときのみ減っていく」のだ。

 だとしたら、今回の強引な展開を作者自身もこころよく受け入れたということだった。罰さえ覚悟していたロックにとって、これ以上の朗報はなかったし、さらにサロメを人間に戻すことに一歩近づいたのだ。


 物語は大団円を迎えた。そしてロックたちにも一つの喜ばしい結果が訪れたのだ。


 誰もがこれでハッピーエンドを迎えたと思っていたその時――〈物語精霊界〉の図書館のロックたちの前に、一つの黒い扉が現れたのだ。

 漆黒のオーラを放つその扉が開くと、中から十字架を背負った道化師のような姿のハッピーエンダー、「死亡フラグの死神」ギガデスが出てくるのだった。


 招かれざる客の来訪に、あからさまに顔をしかめるロック。


「せっかく感慨にふけっていたのに、こんなところに何の用だ?」


「今回は私からの依頼です。

 僕のところにきた依頼人が、シーザーやブラウンさんたちと同じように『自分を殺してくれ』と訴えているんです」


 相変わらずの張り付いた笑顔で詰め寄るギガデス。だが、ロックは当然の疑問を口にした。


「それならお前の得意ジャンルだろう。いつものように死亡フラグで殺してしまうんじゃないのか? 今回に限ってなんで俺を巻き込むんだ?」


「今回ばかりは僕には殺せないんですよ。その物語の主人公は『ループもの』――何度も人生をやり直す物語の主人公だからです……。殺しても殺しても生き返るのでは、死亡フラグは意味ないんですよ。

 今回アンさんの件では一つ貸しがありますからね。この依頼、絶対手伝ってもらいますよ」


 招かれざる客の招かれざる依頼に辟易しながらも、ロックは仕方ないとばかりに立ち上がって黒い扉に向かって歩き始める。


「やれやれ……。この世界には、物語を改変したいと願う主人公たちが多すぎる」とぼやくのだった。


〈了〉

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ハッピーエンダー ~この世界には作者の作った筋書きに抗い、物語改変したいと願う主人公たちが多すぎる!~ AI @alceste

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