第39話 最後の物語改変

 勇者シーザーは死に際の夢の中で、魔王の放った最後の言葉を思い出していた。


「天罰よ――

 この世の全ての人間に『呪い』をわけてあげるわ。全ての人間が『呪い』を持つ『反人間カースド』になったら、私たち『反人間カースド』が迫害されることもなくなるわ。そうしたら争いの無い、平和な世界にきっとなるわ。

そのために人々が呪われるのは――そして最悪の場合死に至るのは、仕方のないことなのよ。

 それが人間の背負うべき天罰なのよ――」と。


めるんだ、そんなこと許されるはずがない。君にそんな復讐をしてほしくないんだ……!」


「私を見殺しにして逃げ出したあなたに、そんなことを言う権利は無いわ。

 人間は自分が生き残るためには、平気で人を蹴落とすような、自分勝手で醜い生き物なのよ……」


 シーザーは夢の中で叫んでいた。逃げ出した過去を無かったことにすることはできない。それは彼が一生、あがない続けなければならない罪なのだ。

 だが、これ以上魔王に罪を重ねて欲しくなかった。

自分のせいで魔王を追い詰めてしまったこと、そして自分の過ちを、シーザーはどんなに悔いようとも結局嘆くことしかできなかったのだ。自分はなんと弱い勇者なのだろうか――

 だがその苦痛から、シーザーは死をもってようやく解放されようとしていた。


 それなのに、シーザーの名を呼ぶ声が聞こえて、彼は目を覚ました。

 シーザーが静かに目を開けると、空から天使たちが舞い降りてくる姿が見えた。しかしそれは以前ブラウンが見たのと同じ、天使の描かれた大聖堂の天井画だったのだ。


 シーザーは大聖堂の祭壇前、簡易的に作られたベッドに寝かされているようだった。ステンドグラスから漏れる色とりどりの柔らかい光が彼を包み込んでいる。


「僕は生きているのか……? なぜ、生きているんだ……?」


 その疑問に答えるように隣から声が聞こえてくる。


「正確に言えば、あんたもう死んでるのよ」


 声の聞こえてきた方を振り向くと、そこには仮面姿のアン王女が、シーザーと同じようにベッドに横たわっていた。他には人は見当たらない。なぜこんな大聖堂の中に、二人して寝かされているのか全く意味不明だった。


「それならどうして意識があるんだ……。さっぱり状況がわからない」


「ごめんなさいね。ロックの物語改変の力を借りて、私がシーザーを殺しちゃったのよ」


「え……⁉ なんでそんなことに……。それにアンもロックと会ったのかい?」


 アンの回答に余計にシーザーは混乱していた。

 なぜアンが自分を殺したのか、アンはどうしてロックと出会い物語改変をしたのか、なぜ大聖堂に二人して寝かされているのか。

 そして、そんな状況だというのに、アンは嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。全く状況がわからなかった。


「そうだ……僕は『人間爆弾』のダークと戦って、心臓を十字架で貫かれて死んだはずだった」


「いいえ、シーザーはその時はまだ死んでなかったのよ。死にゆく寸前だったあんたを、本当に殺してしまったのは私よ。

 私はロックに物語改変を依頼したの。そしてダークとの戦闘前に、死神卿と戦って彼から魔剣アンデッドメイカーを奪い取っていたの。その隠し持っていた魔剣で、死にそうになっていたあんたをぶっ刺したのよ。

 だからあんたは今、アンデッドになっちゃってるってわけよ」


 シーザーはアンの話してくれた驚愕の展開に驚きつつも、思わず苦笑の声を漏らした。


「ははは、アンはとんでもないことをするなぁ……。でもそのおかげで、こうしてアンと話していられるわけか」


「ついでに私も死神卿との戦いで祝福の力を使い切って、アンデッドになっちゃったけどね」


 アンのその言葉を聞くと、シーザーは自分がアンデッドになったことなどよりも、アンの身を心配したようだ。


「それはすまないことをした……。祝福の力を失ってなおかつアンデッドになってしまったら、本当に人々から退治されてしまうことになるだろう……。それが正しいことかわからないけれど、せめてアンだけでも生き残ってほしい。できれば逃げてほしいんだ――」


 だが、アンはにこやかに微笑んで、そのシーザーの願いを退しりぞけた。


「逃げるわけにはいかないわ」


 その会話を打ち切る様に、大聖堂の扉が大きな音を立てて開くと、聖堂騎士たちを引き連れた大司教バーンが堂々たる姿で現れた。その手には魔剣アンデッドメイカーが握られている。


「ようやく目覚めたようだな。勇者シーザーとアン王女の処置を始めようか」


「待ってください、せめてアンだけでも救う方法がきっとあるはずです。アンだけは助けてもらえませんか?」


 懇願するシーザーに対し、バーンは豪快に笑いながら言い放った。


「なにを言っとる。アンもお前さんも両方救うに決まってるだろうが!」


 いつの間にか盗賊ブラウンと女騎士のジャンヌも、シーザーたちのそばに駆け寄ってきていた。ブラウンは相変わらずの調子のいい口調で話し出す。


「お前ら二人だけ、仲良くアンデッドになってる場合じゃないぜ。永遠の命になってよかったとか、ふざけたこと考えてたんじゃねえだろうな。お前ら二人、しっかり人間に戻ってもらって、老け込んだ老人になるまで生きてもらうぜ」


「そうだな、我々四名のうち誰一人欠けても、魔王退治はなしえない。シーザーにはまだまだリーダーとして働いてもらわなければな」


「死人に鞭うつとは、まさにこのことだな」


 ジャンヌとブラウンが茶化すように語る。

 だがいったいどうやって、シーザーとアンを生き返らすというのか? シーザーがその疑問を尋ねると、アンが答えるのだった。


「私の兄さんだった死神卿は、去り際に伝えてくれたのよ。魔剣アンデッドメイカーのもう一つの能力を。魔剣アンデッドメイカーは、アンデッドを人間に戻す力も持っているってね。

 ただそのためには、大量の人間の生命力が必要なの。人間がアンデッドにならないように、一人一人に少しずつ生命力を分けてもらおうとすると――たった一人のアンデッドを救うために、十万人もの人々の協力が必要なのよ――」


「だとすれば、それは不可能だ……。ましてやアンと僕の二人のアンデッドを治そうとするなら、二十万人の人々が、少しずつ生命力を分け与える必要があるってことになる。だとすれば、その魔剣アンデッドメイカーのもう一つの能力は、実質無駄な力ということだ」


 この国の大都市ですら、人口は十万人程度だ。魔剣の能力を使うためには、大都市二つ分の人々の協力が必要になる。いったいこの世界のどこに、「反人間カースド」のアンデッドを救ってあげようなんて酔狂すいきょうな人々がいるだろうか。


「死神卿――兄さんも同じことを言っていたわ。ましてや、反人間カースドに協力するものなどいない、この先私たちに待っているのは、人間たちからの迫害と絶望のみだって――」


 けれど、アンは瞳の奥に希望の光を失ってはいないようだった。彼女はシーザーにだけ聞こえる声で語った。


「私、反人間カースドになったらきっと生きていけないと思ってた。恐れてたの。でも自分自身そうなってみて、少しだけわかったこともあるのよ。

 反人間カースドも、物語の登場人物も似てると思ったのよ。物語の登場人物は、作者の都合のよい駒なんかじゃなくて……、ただのキャラクターじゃなくて……、みんな必死に生きてる人間なのよ。

 悩んで、苦しんで、時にはいがみ合ったり、それに、人を愛したりもするのだと思う。花を綺麗だなと思うのも、人間だからなのだと思う。

 そんな気持ちは反人間カースドになっても変わらないのよ。

 反人間カースドだろうが、物語のキャラクターだろうが、そして人間だろうが、そういう人の気持ちは変わらないものじゃないのかなって。

 私の言ってること、変かしら……?」


「いいや、変なんかじゃないさ。僕もそう思うよ」


 シーザーは静かに答えた。アンは「そう思ってもらえて、よかったわ」と返すのだった。


「だから私――もう少しだけ人のこと信じてみてもいいんじゃないかと思っているの」


 実はアンデッドメイカーのもう一つの能力は、ロックの物語改変による後付け設定だった。そんな矛盾した設定など本来あるはずはなかったのだ。だがアンに最後の物語改変のページを渡すときに、ロックは照れながらこう言っていた。


「頑張って挑み続ける主人公たちには幸せになって欲しいと思うのが、読者ってもんだ。多少強引だって、多少辻褄つじつまが合わなくたっていいじゃないか。

 俺だって、お前さんがた二人のハッピーエンドを見たいんだよ」


 そしてロックは、最高のハッピーエンドの物語改変をプレゼントしてくれたのだ。その展開が拒絶されなかったということは、きっと作者もそのハッピーエンドを受け入れてくれたということなのだろう――そうアンは思っていた。


「シーザー、アン王女、いちゃついてるところ悪いが、そろそろ始めるぞ! お前たちを救うために、集まってもらったんだ、みんな待ちかねてるぞ!」


 大司教バーンがそう言いながら騎士たちに号令をかけると、扉の外、大聖堂前の広場から大勢の人々の声が沸き上がり、人々が列をなして大聖堂内に入ってきたのだ。

 それは多種多様な人たちだった。兵士だったり、街人だったり、男性や女性、老人や小さな子供まで、まさに老若男女ろうにゃくなんにょ問わず集まってくれていた。

 それは勇者シーザーたちに救われた人々であり、彼らのために協力したいと願い出た人々だった。

 その人の列が、広場を埋め尽くすようにずっと続いている。


「シーザーを救うための知らせを他の街にも送ったところ、封竜門ドラゴン・ロックや城塞都市、それ以前にもお前たちが助けて回って来た町や村から、次々と人々がやってきてくれたんだ。これだけの人数が集まれば、お前たち二人とも人間に戻ることができるだろう。

 お前さんは大した勇者だよ。お前さんの行動が人々の心を動かしたんだ」


 大司教バーンにそう声を掛けられた勇者シーザーは、その優しげな顔をぐしゃぐしゃに涙で濡らしてむせび泣くのだった。


 シーザーのその姿を見て愛おしく想ったアンは、決心する。

 アンたちは、以前城塞都市で少女たちからもらった花を押し花にしてそれぞれ大切に持っていたのだが、彼女はその押し花を懐から取り出して眺めると、恥ずかしそうにシーザーに告げた。


「私もこの旅が終わったら、花屋でも始めたいなって思ってるんだけど……よかったら一緒にやらないかしら」


 それを聞いたシーザーは涙をぬぐいながら、ゆっくりと微笑むのだった――

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