人魚の唄

即興

人魚の唄

とある島の歴史を研究することになった。


しかし、どうにも奇妙な噂があった。


この近くに住んでいる漁師によると、この島付近に人魚がいるらしく、その人魚を見たものは誰一人帰ってこないらしい。


そんなものいるはずがない。


そう思いつつ、私と付き添いの助手はこの島にあったカニバリズムの歴史について調べようとしていた。


しかし・・・そこで奇妙な男に出会った。


衣服はぼろぼろで、古めかしい布を纏っていた。顔は泥まみれで、人相はよくわからないが、背筋やところどころ見える肌から、30代ぐらいのように見える。


「ふじゃいおふぁおう」


その男はなにか言っていたが、正確に言葉を聞き取ることは出来なかった。


しかし古典に詳しい助手が、言葉を訳してくれた。


”お前たち何者だ?人魚の手下なのか?”


助手を通して会話を試みることしたが、話を要約するとこの男は、江戸時代に島流しに会い、更に人魚の肉を無理やり食わされて不老不死になったそうだ。


そんなばかな、あるはずがない。


きっとこの男は、島に遭難して気が狂ったのだろう。


「先生。もしこの人が言っていることが本当なら、カニバリズムについて何か知っているのではないでしょうか?」


助手はどうやらこの男の雰囲気に圧倒されて、信じているらしい。


「なぜこの男を信じる?馬鹿馬鹿しい」


「だって、先生!この人さっきから、すごい正確に古語を話してますよ!格好だって、当時のものですし。それに面白そうじゃないですか!」


「全く君というやつは!」


それから助手は目を輝かせて、男にいくつか質問をしていた。


「人魚は居ますか?」


「あぁ、存在する。奴らは見てはならない。奴らを見たものは、海から帰ってこなかった。人魚の唄が聞こえたら、お前たちも海から離れるんだ」


「この島から出ないの?」


「海が怖くて近づけない。それに違法に男色商売をしてしまった俺に、帰る場所などない」


「ほかの人はここに居るの?」


「いない。もう俺一人だけだ。・・・付いてこい」


男に案内されて、山奥深いところまで歩く。


道と呼べるものではなく、木々をかいくぐって、進むとやがて広い空間に出た。


そこは男が生活していたであろう場所だった。


焚火や簡易的な住居。


そして__


「な、なんですか?!この血まみれの惨状は!!」


当たりに散らばった、何かの肉片。


つい最近まで生きていたであろう、鮮明な血肉が地面にまき散らされていた。


「これは仲間たちの肉だ」


「ど、どいういう意味だ!?」


「俺たち罪人は、全員人魚の肉を喰わされた不老不死だ。この肉はもう何年も前に、殺し合いで死んでいった残骸だ。だが、生きている。欠片になった今でも、生き生きと」


「・・・はははは!!!」


思わず笑ってしまった。


この男はただの狂人だ。


この肉塊が生きているだって?


動物を殺して、生きながらえていて、その食事の残骸だろう。そうに決まっている。


私の笑い声が、山で木霊する。


それと同時に、木に止まっていた鳥たちが鳴きながら一斉に飛んで行った。


わぁぁ!!わあぁぁ!!と大勢の鳥。


蠢く黒い影は、鈍色の空の彼方へ飛んでいく。


なぜか不気味に感じさせられ、私と助手、その男は鳥が去るまでしばらく沈黙していた。


「ならば見してやろう」


男は地面にへばりついた肉片をむしり取り、掌に載せて私に見せてきた。


「丈太郎。お前はまだ返事できるか?」


それに返答するように、その肉片はゆっくりと蠢いた。


背筋が凍った。


ありえない。ありえない。ありえない・・・!!


「そんなバカな!たまたま揺れ動いただけだろう!!」


「信じるも信じないも結構だが、俺は事実を言っている」


「せ、先生!!」


助手が私の前に立ちはだかった。


どうやら私は無意識的に、この男に掴みかかろうとしていたらしい。


私としたことが、大人げない真似をしてしまった。


「とりあえず先生。助けを呼びましょう。遭難者がいたと、警察に通報しましょう」


「あ、あぁ分かった」


私がポケットから携帯を取り出した直後、海の方から鈍い音が響いた。


「あぁ・・・あぁ・・・!!奴が、人魚だ!!」


そう言うと男は颯爽と小屋の中に逃げて行ってしまった。


「先生。これが人魚の唄なんでしょうか?!」


「それが本当なら是非お目にかかりたい!」


先生!と後ろから私を呼び止めようとする助手の声を無視して、私は音のなる方へ一目散と走った。


音は近づくにつれて、ただの低い音から徐々に、うめき声に替わっていく。


それは一人、二人ではなく、何百人が合唱しているかのような声だった。


そして遂に浜辺についた。


大量の大きなうめき声は海から聞こえるが、その姿は見えない。


だが近づいてきているのが分かった。


声量と共に波は強くなっていたからだ。


ソレは、海中から陸へ上がろうとしていた。


やがて巨大な水柱が水面に作られ、声の主であろう魚影が水をベールにして這い上がった。


水柱が重力によって落下し、ベールが剥がれ、ソレが正体を現した。


「あ・・・あ・・・」


美しい人魚___


今までに聞いたことがない麗しい唄声が島に響き渡った。


なんてことだ。


本当に人魚がいたなんて。


人魚はおおよそ全長30メートルで、上半身は白い肌で乳房は何も隠されていない。


艶やかな長く黒い髪が風でなびいている。


顔は堀が深く、端正な顔立ちな女性だ。


下半身は大理石を彷彿させるような、真っ白な魚の体だった。


鱗一つ一つが、宝石のようにきれいに見えた。


そして鱗に映る私の姿で漸く我に返った。


気が付けば、私は近くで見ようと海に潜って人魚に近づいていたのだ。


「もっと、もっと近くで見たい」


「せ、先生。無事なんでしょうか・・・」


先生の元へ行こうと、山を下ろうとしたら後ろから誰かに手を捕まれた。


「行ってはならない!」


先ほどまで会話していた男だった。


「でもこのままじゃ先生が!」


「それでもダメだ!それに、もう手遅れだ。人魚の唄に惹かれて海に入ったものは、全員消えていった」


「人魚って結局何なんですか?あなたは人魚を見たことがあるのですか?」


「あぁ。世にも恐ろしい提燈アンコウのようだった。家を建てに6個並べたぐらいの大きさだ。体には、人魚に飲み込まれた男たちの顔や体が溶け込んでいて、ヒレから悲鳴が聞こえるんだ」


「どうして、あなたは無事なんですか?人魚を見たものは、帰ってこないんでしょう?」


「それは、正確なことは分からないが、俺は女より男が好きな性分だ。それがこの島にいた連中とは唯一異なる点だった。もしかしたら、あの人魚は男たちを誘惑する匂いを出して、誘き出していたのかもしれない」

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人魚の唄 即興 @Sokkyo_Writer

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