血塗られた玉座


 秋になった。涼しげな草原を歩く。前方にほろ馬車。行商人が護衛を引き連れ、物々しい雰囲気だった。


「お前さん、帝国側に行くなら気をつけろよ」


 本当にうんざりだという風に、男は顔をしかめた。


「なにが起きたのか、話していただける?」

「知らないのか? ちまたじゃ例の件で大騒ぎだぞ」


 男は目を丸くする。


「皇帝が殺され、都が落ちたっていうんだからよぉ」


 相手はきょとんとしているが、こちらのほうこそ驚きだ。衝撃的な展開についていけない。


「情報収集は怠るんじゃないぞ。巻き込まれて俺の責任にされても、困るからな」


 ほろ馬車とすれ違う。むせ返る匂いが遠ざかるのを尻目に、声も出ずに立ち尽くした。


 いったいなにが起きているの……?


「彼なら都にいましたよ。どうします?」


 もちろん、確かめに行く。

 カリンがうなずくと彼女の意思を受け入れ、手をかざす。半透明な指先から闇のパワーがあふれ出し、二人を包んだ。


 気が付くと見知らぬ土地にワープしていた。表には燃え尽き灰となった都と、崩れかかった宮殿だけ。

 警備兵はおらず、堂々と入場できる。もぬけの殻だ。奥の高台には空っぽの玉座があり、色褪せた床に淡い色のオーブが転がる。


 真珠のような光沢と透明感。じっと覗き込むと別世界に吸い込まれそうだ。

 両手で包み込むようにして触れると、映像がふんわりと脳内に流れ込む。少女は夢を見るように、少し前の時間軸へ意識を遡らせた。


 赤銅色の月が照らす夜。宮殿は喧騒で満ちていた。

 レッドカーペットの周りに衛兵が転がる。

 奥の間では玉座に座した皇帝が無言のまま威圧感を放ち、彼の喉元に刃を突きつける青年もまた、禍々しいオーラをまとっていた。


「かつて故郷を滅ぼされた者として、その首、獲りにきた」


 眉を険しくつり上げ、目は鬼灯ほおずき色に燃える。


「ごまかすでない。真の目的は分かっておる」


 皇帝は鼻でわらった。


「全てはあの娘のためであろう?」


 言い当てた瞬間、少年は静止した。誰かの鼓動が、警報のように聞こえる。


「我々は巫女を必ず奪取する。貴様には退いてもらおう」

「そいつはできない相談だ」


 刃のごとき視線がかち合い、火花を散らした。

 皇帝は腰を上げ、どっしりと床に降りる。槍を片手に振り回し、硬い穂先が敵をとらえた。

 青年も血の臭いが染み付いた魔剣を振りかざす。赤い軌跡が稲妻のように閃いた。


 両者の武器がぶつかり合う。

 余波で窓ガラスが割れ残骸が飛び散り、毒々しい緋色が闇夜を染めた。


 玉座へと至る段差の手前で、皇帝が仁王立ちする。重厚な鎧は砕け散り、血でぐっしょりと濡れていた。


「殺すがいい。それをなせば最後、戻れなくなろうがな」


 試すような目付き。

 ギシリと奥歯を噛みしめる青年。


「上等だ」


 口の端をつり上げ、刃を振り上げる。

 一閃。銀色の斬撃が水平に空間を裂き、椿のように首が落ちた。


 ***


 くすぶった、煙たい、戦争の、血の臭い。様々な感覚が多色となって襲いかかり、目が回る。


 いったい、なにが起きたんだ……?


 視界が白く溶け落ち、音すら遠ざかる中、一つの情景だけがセピア色の写真(魔道具で封じた情景を紙に焼き写したもの)のように浮かび上がる。


 血塗られた玉座に、転がり落ちた冠。


 戦いの跡地に生々しい気配が残る。耳を済ませば斬撃の音が聞こえるようだった。

 目を閉じようとした矢先、手前から薄紅の輝き。つるりと丸まった珠の底には、メッセージが刻まれていた。


『俺はもう元の場所には戻らない。全てを忘れて、消えてくれ』


 オーブが沈黙した。魔道具の明かりが落ちるかのように、薄暗い色に染まる。

 言葉も出なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年10月25日 17:11
2024年10月26日 17:11
2024年10月27日 17:11

魔王になった彼に追いすがり、決着をつけに行く 白雪花房 @snowhite

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ