第3話
私は恐る恐る聞いた。
「あの、あなたは」
「新小岩」
「シンコイワさん?」
なかなかいない苗字なので不思議に思った。
「あ、最寄駅な」
ハハっと彼は鼻で笑った。
何だこの人はと思いつつも
私は普段通りに戻る。
「まあ何だっていい新小岩でも呼んでくれ」
本題を聞くのを忘れていた。
「あの、すいません要件は」
彼はサングラスを外し、
「え、何も聞いてない?」と言った。
はい、と答えると彼は、
「来るぞ、そろそろ」と言った。
彼は自分の腕にある腕時計を見た。
5、4、3とカウントを始める。
「何が起こるんですか」
帽子を深く被った三人の男が急に
こちらへ向かってくる。
「ドーナツ屋さんだ」
襲われると思い物陰に隠れようとする。
が、特に何の危険もなく彼らは
同時に帽子を上げ、
顔があらわになった。
「これ、うちらの新しいドーナツです」
と後ろに忍ばせていたのだろうか、
左端にいた男がドーナツ箱を取り出し、
こちらへ差し出す。
「お、ありがとなありがとう」
と華奢に新小岩はそれを受け取る。
「健康な人間の肝臓を混ぜ込みました」
驚く束の間、新小岩は箱を開け
ドーナツを食べる。
「んおお、美味い美味い、相変わらずだな」
ありがとうございますと真ん中の男が言う。
なあ兄ちゃん、と新小岩に呼ばれる。
「ストロベリーポップ、3人分」
あ、はい、と慌てて準備をする。
「目玉アイスいちご味ですか」
一人の男が問うと、そうそうと新小岩は頷く。
一個一個とストロベリーポップを
容器に入れる。
「前の小腸の味のアイスも良かったすからね」
と、常人では考えられない会話をしている。
「あれな、すげえ美味いよね」
大体小腸の味とは。
なんて思いながらアイスを差し出す。
「美味いすよこれ」
だろ、と新小岩は言う。
他の面々も美味い美味いと反応している。
私は拳を握りしめた。
徐々に力が強くなる。限界値はすぐそばだ。
「あの、さっきから何の話してるんですか」
沈黙が私を襲う、助けて、助けてくれ。
しばらくした後にもれなく彼らは全員笑った。
それも腹を抱えるほどの大笑いを。
「俺らは、劣悪な犯罪者たちを売ってんのさ」
困惑だ。何を言ってるのかさっぱりだ。
「毎週卸すのさ、
今週は目玉取られちまいましたね」
と彼らのうち一人が言う。
何言ってるんですか、と私が問うと。
「何をって、ビジネスだよ」
もう何が何だか、
耐えきれなくなって私はエプロンを脱いで、
その場から逃走を図った。
もうだいぶ距離が離れたか、
私はまるで夢の中にいる様な感覚に陥った。
街道沿いから外れて、住宅街に入った。
しばらく歩いてると、おーいと声が聞こえる。
それも自分の垂直線上に。
声の方向を見る。
とある大きなマンションの入り口の階段に、
あの男がいた。面接の際にいた島田だ。
彼は呑気に缶コーヒーを呑んでいる。
「逃げちゃったか」
と彼は笑いながら言った。
「もう耐えきれなくなって」
そうかそうか、と彼は俯きながら言う。
「しょうがない、そんな気持ちもわかる」
分かるって、何がと。
私は怒りまで覚えてきた。
「俺らはクライムイーパーって言って、
犯罪者を食べてるんだ。社会貢献だね」
「社会貢献って、
何が社会のためなんですか?」
「そんな敏感にならなくても、君たちはコンビニやレストランでご飯を食べるだろ?
俺たちは言ってるだけで、
至る所に彼らは調理されてるのさ」
嘘だ、と思いながら私は頭を抱える。
「どんな料理にも、だ。
加工食品っていうだろ」
そうなのか、本当にそうなのか。
本当にそうであれば、
本当にそうだとしたら何だ。
何がどうしてどうであれ
何を何としてもそうなのか。
そうであるのか。
「君さ、目玉食ったことある?」
私は少し口角を上げて言った。
「あります」
"遠くにいると恐怖を感じるが、
近くに迫ると、それほどでもない"
~ ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ 『寓話』より~
アイスクリーム屋さんのアルバイト 雛形 絢尊 @kensonhina
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