第7話 往古来今

 海のある隣町に、烏丸からすま君のお爺さんは住んでいたそうだ。

 そのお爺さんが、うちのお婆ちゃんと文通していたことがあるらしい。家の片付けの時にたまたまその手紙の束を見つけて読んだのだと。


「別に、恋仲という感じではなかったんだけど、海が見てみたいって書いてたのが印象的で……毎度見ている身からしてみれば、こんなもの、だったし」


 そして、お爺さんもどうやらこの研究所のような機関の一員だったらしい。まだまだ前身で過去に跳んでいたかもわからないけれど、ちょっとしたファンタジーのように少年に語っていたようだ。


「守秘義務どこいったよ」

「まあまあ。子供だと、ついっていうのはわかる気もするよ」

「それで? 媒体情報まで子供に?」

「それは、手紙の中に紛れてメモが残ってて。彼女の出身校とそこにまつわるチョークと、それの収集場所の候補が。小夜子さんは結構若いうちに亡くなっているけど、うちの爺ちゃんはちょっと前まで生きてたんで、気になって」


 チョークを持ち出して、お婆ちゃんのクラスだった教室に行ってみたところで、過去に跳んだらしい。


「そうしたら、自分が爺ちゃんだったみたいな気分になって。海を見に行かなきゃって……ちょっと強引だったかも……」


 そう言って、彼は私にぺこりと頭を下げた。


「なるほどなるほど。関係が深いほど、自然発動の確立が上がるというわけだな。いや、いいサンプルが取れた!」


 佐伯さんが上機嫌に言ったので、風見さんがその後頭部を平手で打った。


「思っても言うな」


 ついでのようにハサミを持ち出すと、烏丸君の拘束を解く。


「大事に至らなかったからよかったものの、軽率な行動は控えるように」

「はい。すみません……」

「君たちにはしばらく監視がつくと思うけど、どうせだからうちでバイトしない?」

「おい! 佐伯!」


 にこにこと親切そうに言うので、烏丸君はちょっと乗り気な顔をした。


「心配するより、こういうのは引きこんじゃったほうが早いし、ほら、人手不足だしさぁ。いい人材は早めに唾つけておかないと」

「俺はやってみたいかも」


 君は? という顔で佐伯さんがこちらを見る。

 うーん……

 ちらりと風見さんを見たら、ひとり渋い顔をしていた。


「バイト代、どのくらい出ますか? あと、危険手当とかは」

「女子高生!!」

「月果です」

「しっかりしてるなぁ。時間給で千五百円くらい。危険なことするときは手当てもつけるし、保険もつけよう」

「危険なことはさせんな!!」

「乗った!」

「乗んな! 誰が面倒見ると思ってんだよ!」


 風見さんだろうなと思ったから、乗ったんだけどな。


「もしもまた、どこかで突然あんな風に過去に行ったら、どう対処すればいいのか知っておいた方がいい気がするんですけど。風見さん、経験者ですよね?」


 ちょっと真面目な顔で言ってみたら、言葉に詰まっちゃった。

 佐伯さんは笑ってるし、烏丸君はなんか感心して頷いてる。

 本当はあの地下にあった他のケースに何が入っているのか、気になっただけだったりするんだけど。


「そういえば、あんな廃墟みたいなところに大事なもの放置してていいんですか?」


 思い出して、当然の疑問をぶつけてみる。


「よくないんだけどねぇ。もっとちゃんとした建物が残ってると思ってたんだよ。荷物も運びこまれちゃってたし、幸い、人の出入りは無いようだったからしばらくは大丈夫かと……当初の予定では、博物館みたいになるはずだったんだよ。今回のことで上が急いで整備してくれるといいんだけど」


 佐伯さんはやっぱりにこにこと言って、ぽん、と膝を打った。


「まあ、そんな感じで今日は解散。落ち着いたら、連絡するから」


 いつの間にか、日の沈む時刻だったらしい。その日はそれで解散となったのだった。


 *


 週末を挟んで次の月曜。

 友人たちに転校生と顔を合わせた話をどう繕おうかと悩みながら学校へ行った。烏丸、彼は白々しく初対面を演じるような人間じゃない。顔を合わせたら絶対挨拶してくる。

 うんうん唸って玄関に入れば、女子がみんなそっと隠れるように廊下の向こうを覗いていた。何事かと、知った顔を見つけて袖を引く。


「あ、月ちゃんおはよう。なんか、ダークスーツ着た男の人が教頭に案内されててさぁ。新しい先生かってみんなで噂しててぇ」

「なになに? またイケメン?」

「すっごくってわけじゃないけど、まあまあ? ガタイいいから、運動系かなぁ。でも、体育の先生シューゾーさっき元気にうさぎ跳びしてたしな」


 へえ、と私も覗いてみる。小柄な教頭を見下ろすようにしている黒っぽいスーツの人が確かにいた。髪は全部後ろに手櫛で流した感じの、小ざっぱりとしたスポーツマンタイプだろうか。横顔くらいしか見えない。


深山みやまさん、おはよう。何見てんの?」

「おはよう。なんか、新しい先生かも……って」


 後ろからかけられた声に、うっかり普通に反応してしまって、周囲の視線がこちらに集まったのを感じる。一瞬静けさに満たされた玄関は、次の瞬間黄色い声で沸き上がった。

 色めき立った女子たちに押し出されるようにして、廊下の真ん中で膝をついてしまう。

 うぅ。不覚。


「お前たち、朝から何を騒いでるんだ」


 教頭に歩み寄られて、蜘蛛の子を散らすように女子たちが階段へと向かっていく。私の目の前には黒っぽいスーツの袖口から伸びる手のひらが差し出された。


「ありがとうございます」


 その手を掴んで顔を上げる。ああ、確かにまあまあだ。もう少し若かったらモテたかもなぁ。なんて考えた次の瞬間。

 んん? おや? どこかで見たような?

 でも、記憶の中にイメージに合う名前が浮かんでこない。

 へらっと笑って誤魔化して、私も階段へと向かった。途中で一度振り返れば、烏丸君が彼らと話していて妙な違和感を持ったのだけど、彼も転校生だしなと自分を納得させた。


 放課後、廊下で脚立を立てて用務員さんが蛍光灯を交換していた。

 ベージュの作業着を着ていて、やっぱりうちの用務員さんはベージュの作業着で間違いないのかと、ちょっと安心する。最近どうも記憶があやふやで、自分が信用ならないんだよなぁ。

 通り過ぎようとすれば、上から声がかかった。


「お。いいところに。女子高生、そこの蛍光管取ってくれ」

「月果ですって!」


 耳になじんでしまった呼びかけに、うっかり反応して、慌てて見上げる。

 髪を上げて、無精ヒゲのない風見さんが手を差し出していた。

 あああ! スーツじゃなかったらわかる!


「何してるんですか!? っていうか、ここでは女子はみんな女子高生ですけど!?」

「用務員だよ。色々あって……上からのお達しってやつだ。察しろ」


 ずい、ともう一度手を出されて、立てかけてあった蛍光管を渡す。

 監視とか言ってたやつの一環だろうか。そうなら少し気の毒な気がする。

 どんな顔をしていたのか、私の顔を見て風見さんはふっと笑った。


「これ終わったら、俺も帰れるんだが、月ちゃんの婆さんの話、もうちょっと聞いて来いって言われてるんだ。満月堂の月見パフェでどうだ?」

「の……乗った!」


 外された蛍光管を受け取って、これは過去じゃないよなとLEDの文字を眺める。


 お婆ちゃんは卒業式に出られなかった。当時流行った新種の病のせいで、登校はジャージがほとんど。卒業式くらいはと楽しみにしていたのに、最後の最後にその病をもらったのだ。命に別状があったわけではないけれど、最後まで恨めしそうに語っていたという。

 私が過去に行って体験したことが、現実にどう影響あるのか少し心配なのだけど、お婆ちゃんは卒業式に出たかったのだろうなと思うと、神様に許してほしくもある。

 だから、私は烏丸君のことをあまり責められない。

 風見さんは何て言うかなぁ。

 脚立を担いだベージュの作業着の背中を、私は少し後ろめたい思いで追いかけた。




 タイムマシン博物館・おわり

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