パンプキンヘッドの奇跡

SSS(隠れ里)

パンプキンヘッドの奇跡

 家の外を駆け回る子どもたちの声が、一人の部屋にこだまする。読みあさった魔術書を閉じ、大きなため息をついた。


 古くなった魔術書を閉じると、ホコリが、勢いよく飛び散ってリッツの鼻腔を刺激する。


 遠慮気味のくしゃみは、小部屋の中を虚しく反響した。また、静寂が訪れる。


 大きな鏡の前で、笑顔を作る。少しやつれた顔が、ニタっとこちらを見つめていた。


 赤毛が肩まで流れていて、小さな目は何度も瞬きを繰り返す。ベッドの上に置かれたパンプキンヘッドが、リッツを優しげな眼差しで見ていた。


 リッツとは、私の名前だ。死んだ母がつけてくれた大切な名前。父は生まれる前からいない。


 この小さな家には、リッツ以外の姿はない。


 窓から差し込む陽光が、母の写真を輝かせていた。そう、とても明るく太陽みたいな人だった。


「ねぇ、パンプキンヘッド。貴方には、ご両親はいるの?」


 答える声はない。パンプキンヘッドは、話をしない。なぜなら、かぼちゃをくり抜いて、人の顔に似せてあるだけのモノだ。


 リッツは、ベッドに座るとパンプキンヘッドの硬くてデコボコの頭を撫でながら歌う。子供の頃に母がしてくれたように。しかし、記憶が曖昧で、歌詞の一部しか知らない。


 それでも、繰り返し歌ってきた。忘れたくなかったからだ。


「なぁ? アンタ、魔法使いだろ?」


 どこからともなく声が聞こえる。この家には、リッツ一人しかいないはずだ。それなのに、声が聞こえる。


 リッツは、周囲を見回す。魔術に関する本。七色に光る水晶。ドクロの首飾り。リッツには大きすぎる姿鏡。母と二人で作ったテーブルと椅子。いつもと変わらない一人の部屋だ。


「俺は、大魔術師ゴザー様だ。なんでも願いを叶えられる古代魔術の研究をしていたが、弟子に殺されてしまった」


 リッツは、耳をすませた。声の出どころは、パンプキンヘッドだ。姿鏡に映ったパンプキンヘッドのくり抜かれた目の部分が光っていた。


「秘術を使って、無生物に魂を移したのだ。術式はこれこの通り。後は、欲のない魔法使いに協力をしてもらうだけだ」


 パンプキンヘッドのゴザーは、聞いてもないことをベラベラを喋ってくる。


 リッツは、驚かない。何故なら古の魔法使いは、かぼちゃに魂を宿らせることができたからだ。


 孤独だったリッツは、何度もパンプキンヘッドに願いながら魔術を試してきた。


「あら、お菓子をあげないと。いたずらされてしまうわ」


「は? 何言ってるんだ。驚かないのか? あ、いいや、それよりも、俺が完成させた術式を使って願い事を叶えよう。お嬢ちゃんにも願いがあるだろ?」


 リッツが想像していたパンプキンヘッドは、もっと可愛くお菓子好きのいたずらっ子だった。


 しかし、目の前にいるパンプキンヘッドは、可愛くない老人のような声を出している。リッツは、少しガッカリした。


「願いって、死んだ人も生き返るの? ずっとそばに居てくれる友達に出会える?」


 リッツは、母にまた会えるなら、そのような魔術があるのなら使ってみたいと思った。──そして、ずっと一緒にいてくれる友達も。


「もちろんだよ。ただ、俺が願いを叶えた後でならね」


 パンプキンヘッドのゴザーは、眼窩を光らせる。その光は、黒水晶を太陽に透かしたときのような輝きだった。


 リッツは、頷くと自称大魔術師のゴザーに言われたとおりに虚空に術式を描く。すぐに見たこともない紋様が現れた。


「お嬢ちゃん、凄いね。その年で古代魔術の術式を一発で成功させるなんて……」


 空中に描かれた術式は、強い光を帯びる。リッツは、怖くなった。まるで、真昼の陽光のように──はじめて見る魔術だった。


「トリックオアトリートって言えば術式の完成だ。さあ、早く、早く〜」


 パンプキンヘッドのゴザーは、声色を変えてリッツを急かす。夢を叶えたくて必死なのだろうが、かなり恐怖を感じる変貌ぶりだ。


 しかし、声は意外に可愛くなった。ずっとそのままでいて欲しいと願う。


 術式に触れると、少し痺れる感覚がある。冬の日にときどき起こるビリビリする感覚に似ている。


「トリックオアトリート……これでいいの?」


 パンプキンヘッドのゴザーは、満足げな口調で肯定した。ますます、眼窩はきらめき夜空の星よりも、蒼き月よりも高い光度で。


 どこからともなく砂糖菓子にも似た匂いが、リッツの鼻腔をくすぐる。とても、いい気分だ。


「我が名は、サウィン。汝らの願いを叶えよう。さあ、願いを言うが良い」


 その声は、リッツの頭の中で鳥の羽ばたきのように反響する。パンプキンヘッドのゴザーを見るが、自分ではないと言わんばかりに頭をふる。


「サウィンって名前なのか。とにかく、願い事をしないとな。お嬢ちゃん、約束通り俺から行くよ」


 リッツは、口には出さないが母との再会を心待ちにしていた。ずっとそばにいてくれる友達も。今度こそリッツだけの母に会えるのだ 、と。


「不老不死にしてくれ。俺は、この世全ての魔術を極め、神話に──星にも手が届く大魔術師になるのだ」


 パンプキンヘッドのゴザーの声は、リッツの部屋の中にぶつかってジワジワとひろがっていく。


 不老不死とは、全ての魔術の道を志すものの終着点だと魔術書に書かれていた。


 リッツは、そのことを思い出した。もしかしたら、二度と母を亡くさなくてもすむかもしれないのだ。


 このパンプキンヘッドのゴザーは、死を超越した存在になりたいのだろうか。


 魔術の深淵とやらを覗きたいのだろうか。


「ゴザーとやら。もう、その願いは叶っている」


 サウィンの声は、やはり耳に聞こえると言うよりも頭に響く感覚である。


 パンプキンヘッドのゴザーの顔が真っ青に変色していく。橙色だった表面が、見るも無惨な萎びた色になった。


 大きな口だけは、笑顔を象っているが、目玉の色は、窪んだ眼窩の中に吸い込まれていっ。


「どういうことだ……まさか!?」


 パンプキンヘッドのゴザーは、青白い顔を震わせている。どうしたのだろうか。先ほどから「まさか……まさか……」と呟いている。


 リッツは、次はお前の番だとサウィンに声をかけようとしたが「お前の願いも叶えてやったぞ」と吐き捨てるように言う。


 リッツの願いは、母の復活だ。サウィンは、叶えてやっと言ったが、母はどこにもいない。


 いるのは、まるで春の青空のように薄くなったパンプキンヘッドのゴザーだけである。


 サウィンの大きな笑い声とともに、術式は灰のように消えてあとに残された二人は互いの顔を見合わせた。


 【パンプキンヘッドの奇跡】完

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