宇宙(そら)は祠でいっぱいに
太刀川るい
第1話
「オマエ ホコラ コワシタンカ!?」
ピーピーガガガと耳障りの悪い音を立てて、不格好なロボットが言った。まるで樽が歩いているようなデザインだ。作ったやつの顔が見たいが、少なく見積もっても数万年前に前に死んでいるに違いない。
「壊そうと思って壊したわけじゃない。ただ、ちょっとした事故があっただけだ」
俺はむっとしながら、そのロボを睨みつけた。ロボットの透明な卵型の頭部からは、中の回路が見えていて、ロッカーに放り込まれたコードみたいにぐちゃぐちゃに絡まっているのが見て取れた。その複雑な機械は困惑なのか恐れなのか、目まぐるしくチカチカと点滅している。
「モウダメザンス シヌシカナイネ オレシラネ」
「なんだこいつ、口の悪い機械だなぁ」
「翻訳機の問題かもしれません。いい加減有償版買いましょうよ」
副長が口を尖らせた。
「広告のたびに止まるの嫌なんですよね。この間なんて、ログに入った広告の文面消すの大変だったんですから」
「わかった。だが、それは後にしてくれ。今重要なのは、ピートムの問題だろ」
俺は、医務室に横たわるピートムの顔を思い浮かべた。
話は少し遡る。
――星暦123045年、俺達、雇われの調査隊はとある惑星に到着した。随分と前に人類が入植した星で、酸素があることから微弱な生命は存在するらしい。だが、実際に惑星に来ても人影はなく、通信にも応答がない。表面には僅かな水とあとは不毛な大地が広がっている。現地に降りた俺達が見たのは……
「なんだこりゃ?」
「祠みたいに見えますけどね」
俺達の眼の前にあるのは、地を埋め尽くさんばかりの圧倒的な数の構造物だった。丁度小さな家を模しているような形で、確かに副長の言う通り、原始的な宗教が作る祠によく似ている。
「この惑星の大地に広がっているようです。しかし、資源もないのに、どうやって……」
「材質は木なのか?」
そう言って、隊員のピートムが手袋の先で触れた途端。
パキン、と音を立てて、祠の梁が折れたかと思うと、祠はガラスのコップが砕け散るように、ありとあらゆる方向に向かって崩れ落ちた。
「相当劣化が進んでいたようだな。一体何年経過しているんだ?」
この劣化具合を見ると、1000年程度の時間ではない。数万年は間違いなく経過しているだろう。
まるで最初からそうだったかのように、細かな破片の山となった祠を見てそう考えていると……
「……っぐ!!」
突然、ピートムが喉を抑えて倒れ込んだ。
慌てて駆け寄ると、ヘルメットの内ガラスに、黒いタールのようなものがべとりとつくのが見えた。ピートムが黒い何かを血のように吐き出している。
俺達は慌ててピートムを船に戻した。完全に隔離して様子を見る。宇宙服を脱がせたピートムの容態は非常に悪い。体中に腫れ物ができ、そこから謎の黒い液体が膿のように流れ出ている。意識は朦朧とし、意味不明な単語の羅列を口にしていた。
マニュピレーターのメスで腫れ物の一つを切開すると、人間の乳歯がころりと出てきた。
「これは……呪いですね」
副長は小声でそう告げた。呪い。俺は思わず背筋を伸ばす。宇宙に人間が進出して数万年経っても、やはり怪奇現象というものは存在する。超能力や心霊現象が現実に存在するように、呪いもまたその命脈を保っているのだ。
「確か呪いがかかった時のガイドラインがあったな。調べられるか?」
「ええ、すぐに」
副長は、コンソールに向かうと、忙しくキーを叩いた。
「並行して惑星の調査も行おう。この祠のようなものが作られた理由がわかれば、なにか解るかもしれない」
気休めにも似たそんな言葉を口にすると、俺はもう一度ディスプレイに表示される惑星の表面に目をやった。どこまでも続く祠の海は、まるで墓標のようだ。丁度、惑星のその位置が夕方の時間帯に入ったようで、祠は茜色に染まり、不毛の大地に長い影を投げかけている。
ふと、その時、俺はなにか動くものをディスプレイの中に見つけたのだった。
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「いくつか聞かせてもらってよいか? この祠はなんなんだ?」
「オメエ ホコラ シラネンカ?」
「ああ、残念ながらな。これは何を祀っているんだ?」
「ナンデモ ダ キセキノ ダイショウダ」
ロボットはそういうと、またチカチカと回路を点滅させた。
俺が見つけた影、ロボットは、俺達に向かって真っすぐ歩いてきた。なにか意図があるのは明白だ。翻訳機を使うと、ロボットはたどたどしく会話に応答した。そして「オマエ ホコラ コワシタンカ?」と言い出したのだ。
「ちょっといいですか?」
副長が真剣な顔で俺に話しかけた。
「このロボットなんですが……」
差し出されたタブレットを見た俺は思わず困惑した。
「おい、これはどういうことだ?」
「見たままです。このロボットの中身は空っぽです。意味のあるものは何も入っていません」
ディスプレイに表示されているのは、ロボットの透視図だが、まるで抜け殻のように空っぽだ。
「じゃあ、あの回路はなんなんだ?」
「全く意味のない、ただの金属の塊です。それっぽく作ってあるだけです。体も全部そうですよ。可動部品は一切ありません」
「じゃあ、なんで動くんだ?」
「オレ キセキ デ ウゴク」
「まて、なんか言っているぞ?」
「オレヲ ツクッタヤツ オレガ ウゴクトシンジテタ ダカラ オレウゴク」
副長と俺は顔を見合わせた。
「その……君は奇跡で動いていると、そう言っているのか?」
「ソウダ シンジルカラ ウゴク カワリ二 ホコラデキル」
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「なるほど、つまり祠というのは対価なんですね」
ロボットに対するヒアリングを終えた副長は、船に戻ると落ち着きなさげにブリッジを歩き回っていた。
「どうも、この星の住民は祈り、信じることで奇跡を起こすことに成功したようです。それで、この不毛な星に文明を築き上げたと。しかし、奇跡には対価が必要だ。奇跡を起こしたらそれは災厄となる。それを閉じ込めるのが祠なんだと」
「また随分と陰鬱な星もあったもんだ。この星の住民は結局どうして滅んだんだ?」
「おそらくですが、祠を作りすぎて限界がきたんでしょうね。奇跡だって無限じゃない。祠を作れなくなればそれでおしまいだ。彼らは、この星の資源を全て祠に変えてしまったのでしょう」
「それでこの光景か……」
俺は眼前に広がる大量の祠を見下ろした。墓標みたいに見えたのは間違いではなった。これは名実ともに、文明の墓標なのだ。
「それで、ピートムの件だが、本当に可能なのか?」
「ええ、やり方は聞いてきましたからね。いずれにせよこのままでは埒があきません。試してみましょう」
副長はそういうと、用意してきた器具をブリッジの床に並べた。
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「いやぁ、なんというか、生きていられることに感謝ですよ」
ピートムはぐったりとした顔でそう答えた。全身にはひどい傷跡が残っているが、しかるべき星でしばらく入院すれば、跡形もなく治るだろう。
「しかし、本当に効果があったとは……」
俺はブリッジの後ろをちらりと見た。そこには手製の道具で作った祠が鎮座している。
「呪いを取るにはまた奇跡を起こせば良い。単純な話ですよ」
俺達は、祠を作り、ピートムを治してください。と儀式を行った。それは成功し、ピートムは回復し、そして祠が生まれた。
しかし、ブリッジの後ろに祠があるのは落ち着かない。なにか妙な威圧感を背後から感じる。うっかりこれが壊れればまた同じことの繰り返しだ。どこかの星でブリッジごと切り離して埋めておこう。
「よし、じゃあコースを変更しよう。今回の調査はもう打ち切りだ。早くピートムを入院させないと。……おい、何を探しているんだ?」
「船長、もう少しだけ待ってください。可能性としてはおそらくここらあたりに……ああ、見つけた。――間違いない。彼らです」
副長はそう言ってディスプレイから顔を挙げた。
副長が指をさす先には、針の先のような小さな点が見える。それが拡大された時、俺は思わず息を呑んだ。
恒星と恒星の間の空虚な空間に浮かぶ、それは不格好な宇宙船だった。玩具のブロックを適当に握りしめて固めたように、メチャクチャな形になっている。そして、その表面には牡蠣のように、びっしりと祠がついているのが見て取れた。
「これは……まさか、あの祠の星の住民か?」
「もし、自分があの星の住民だったら……と考えたんです。きっと違う星を目指して飛び立てるような願いをするんじゃないかって。その予想はあたったようです」
「彼らはまだ、生きているのか?」
「……さあ、可能性は低いと思います。おそらく超光速航法などは使っていないんでしょう。だから数万年経ってもまだこのあたりを飛んでいるようです。コースも外れているみたいですね。これが呪いによるものかどうかわかりませんが」
「この大量の祠は?」
「最後のあがきで宇宙船の材料まで祠にしたのでしょう。コンタクトを試みますか?」
「いや、やめておこう」
俺は副長を静止した。
「彼らがどこかの星についたら、また奇跡を当てにして文明を築き。そして、星の表面を全て祠で覆ってしまうのだろう。そんなことになったらいずれこの宇宙は祠に覆い尽くされてしまう。このままどこの星にもつかず宇宙を漂っているのが一番良い。報告書を書くことにするよ」
俺は、大きく息を吸うと、椅子にもたれかかった。
「タイトルは……そうだな。触らぬ神に祟りなしだ」
漆黒の宇宙を、静かに祠が飛んでいく。
俺はその様子から目を離すと、その星系を後にした。
宇宙(そら)は祠でいっぱいに 太刀川るい @R_tachigawa
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