誤字禍

蟹場たらば

誤字にまつわる異常現象について

 この前、カクヨムで小説を読んでいた時に、いわくありげなアカウントを見つけてしまいました。


 常識的に考えれば、単に偶然が積み重なった結果、彼(あるいは彼女)の投稿がたまたま意味深に感じられるものになってしまっただけに違いありません。ちまたにはびこる多くの陰謀論と同じで、ただ私が偶然を必然だと思い込んでいるに過ぎないのでしょう。


 しかし、もしそうでないとしたら問題です。私の発見は小説を書く方に限らず、小説に対してコメントやレビューを書く方、いえ学校のレポートや会社の書類、メール、SNSなど、電子機器で文章を作成する機会のある全ての方に関係してくる事柄だからです。


 そのため私は、彼の身に起こったらしいことを、ここに記録として書き残しておくことにしました。


(自分の勘違いだった場合は特に)ご迷惑をおかけすることになりかねないので、彼の具体的な登録名やIDについては伏せておきます。ただ名前がないとさすがに不便ですから、この記録の中では便宜上〝Aさん〟と呼ばせていただくことにします。


 私がAさんのアカウントを見つけたのは、あるオカルト用語についてGoogleで調べていた時のことでした。検索結果の何ページ目かに、彼の投稿したホラー小説が表示されたのです。


 その小説は、ストーリーは結末に意外性があり、文章はこなれていて巧みで、非常に自分好みのものでした。そのため、読み終えたあと、私は彼の他の作品も見てみたいという気持ちになっていました。


 けれど、Aさんはカクヨムで長年精力的に活動されてきた方だったようです。ホラー小説を中心に、投稿した作品数が短編・長編合わせて三桁を超えていました。しかも、それらの作品を、コレクション機能で『おすすめ』とか『初めての方に』とかいう風に分類するようなことはされていませんでした。


 さすがに百作以上もあると、どこから手をつければいいのか迷ってしまいます。そこで私は、古い順に作品をチェックしていって、まずはタイトルやあらすじで興味を引かれたものから目を通していくことにしました。


 先程Aさんの文章は巧みだと説明しましたが、その具体的な特長は、描写が簡潔かつ文意が明瞭で、素直に読み下せるところにありました。なにしろ集中力のない私でも、彼の作品ならいくらでも読むことができたほどですから。美文や名文とまで言えるかは分かりませんが、少なくとも悪文ではないことは断言できます。


 もっとも、作品の数が示唆する通り、Aさんは物語が次々に思い浮かんでくるような、生粋のストーリーテラーだったのでしょう。そしてまた、それらの物語をすべて書き留めておきたいという、強迫観念めいた考えの持ち主だったのでしょう。そのせいで、彼はひたすら新作を執筆することばかりに意識を向けていて、初稿が完成したらほとんど推敲しないまま投稿されていたようなのです。


 そのことは、Aさんの小説をほんの二、三作読めば、誰でもすぐに察しがつくかと思います。それくらい、とにかく誤字が多かったのです。


「確率」が「確立」に誤変換されていたり、「意外」が「以外」に誤変換されていたり。「保障」と書くべきところが、「保証」だったり「補償」だったりしていたこともありました。


 もっとも、編集者や校正者がついているはずのプロの作品からも、誤字は見つかるくらいです。数が多過ぎるからといって、それだけでAさんが異常な事態に見舞われているとは言えないはずです。


 私自身、あらかじめ完璧に修正したつもりだったのに、投稿が済んだあとで今更誤字を発見する、というミスを何度もやらかしています。そのため、彼の誤字に関しても、「怖い雰囲気が薄れてもったいないな」と思った程度で、初めの内はさほど気に留めることなく小説を読み進めていました。


 そうして読破した作品が、二桁を突破した頃だったでしょうか。私はAさんの誤字に、初めてかすかな違和感を覚えました。


 新しい作品になるにつれて、ただでさえ多かった誤字がさらに増え始めていたのです。


 執筆に慣れる内に減っていくなら分かりますが、増えていくというのはいささか不自然でしょう。かといって、文章力や投稿間隔は変わっていなかったので、完成度より速度を優先し始めたことが原因だとも思えません。


 その上、増え始めた誤字というのは、以前とは明らかに性質の異なるものでした。


「四季」が「死期」になっていたり、「高い」が「他界」になっていたり、「明快」が「冥界」になっていたり……


 不吉な言葉への誤変換が起こるようになっていたのです。



例:

「読み」→「黄泉」

「市街」→「屍骸」

「退化」→「大禍」



 もちろん、私もこの変化をいきなり異常だと見なしたわけではありません。自分の考え過ぎだろう、と当初は考えていました。変に意識するせいで、不吉な誤字が増えたように感じるだけだ、と。


 けれど、たとえば「以降」なら、「移行」でも「意向」でもなく、「遺稿」になっていました。「奇跡」なら、「奇蹟」でも「軌跡」でも「輝石」でもなく、「鬼籍」になっていました。


 多数の変換候補がある単語でさえ、何故か必ず不吉な言葉に誤変換されていたのです。



例②:

「休止」「臼歯」→「急死」

「要請」「養成」「妖精」「陽性」→「夭逝」

「参加」「酸化」「傘下」「賛歌」→「惨禍」



 とはいえ、これだって決してありえない現象だというわけでもないでしょう。ホラー小説を書き始めたことで、Aさんが「死期」や「遺稿」のような語句を使う機会が増えた。そのせいで、パソコンやスマホが偏った学習をして、不吉な言葉が変換候補の一番目に表示されやすくなった。それに彼の悪癖である誤変換や無推敲が合わさって、不吉な誤字が発生してしまうようになった……というのは十分考えられることのはずです。


 私もホラーやミステリをよく書く影響で、「冷笑」を「霊障」、「考察」を「絞殺」と打ち間違えるなど、似たような経験をしたことがあります。「ですます口調で話す」が「デスマスク調で話す」になっていた際には、ヒロインが死んだ目で主人公と会話する様子を想像させられて、思わず噴き出してしまったくらいです。


 しかし、Aさんの作品をさらに読み進めていっても、そんな笑える誤字に出くわすことはありませんでした。


 それどころか、むしろ「ホラー小説を多作したことが不吉な誤字の原因である」という推測が、成り立たなくなる瞬間が来てしまったほどだったのです。


 それは、作中に「~を薨逝する」という文章が出てきた時のことでした。


 まったく知らない単語だったため、ネットで検索をかけてみたところ、「薨逝」は「こうせい」と読んで、「身分が高い人が死ぬこと」を指す言葉なのだと分かりました。それで前後の文脈と合わせて、ようやく「構成する」の誤変換だと気づくことができたのです。


 そのあとも、「斂葬」は「連想」、「苦患」は「苦言」といった具合に、小難しい言葉が出てきたので調べてみたら、一般的な単語の誤変換だと判明する、という事態に何度も遭遇することになりました。 ※「斂葬」……遺体を墓穴に納めること。「苦患」……地獄で受ける苦しみ。


 しかも、投稿日が最近の作品になるほど、そうした不吉かつ難解な誤字が現れる頻度が高くなっていったのです。



例③:

「感覚」→「棺槨」……二重になったひつぎ

「体操」→「大喪」……天皇の葬儀。

「謳歌」→「殃禍」……災い、災難。



 すでに説明した通り、Aさんの文体は非常に簡明で、語句もなるべく平易なものを採用するように心掛けている風でした。そんな彼が、「薨逝」のような難語を一度でも使ったことがあるとは到底思えません。「こうせい」の変換候補として、「構成」や「更生」を差し置いて、「薨逝」が一番目に来るはずがないのです。


 難語への誤変換を不可解に思った私は、Aさんの作品を読むのを途中で切り上げて、彼の近況ノートを覗いてみることにしました。小説を書く時は読者に配慮しているだけで、普段の彼は難しい言葉遣いをしているのではないかと考えたのです。


 投稿間隔から言って、Aさんは割合こまめに近況ノートを書かれる方だったようです。直近の記事では、最新作の長編ホラーが完結したことについて報告されていました。


 けれど、その内容は私が想像したようなものではありませんでした。


「以前に家族旅行で訪れた◯◯を舞台の参考にしています」とか、「執筆中は仕事が立て込んで大変でした」とか、「最後までお付き合いいただきありがとうございました」とかいう風に、作品の裏話や感謝の言葉が、やはり簡明な文体でつづられていただけだったのです。


 ところで、私がAさんの小説を発見したのは、あくまでもGoogleの検索ページであって、カクヨムの新着欄ではありません。あの小説は数年前に書かれたものだったからです。


 それどころか、先程挙げた最新の長編ホラーや近況ノートですら、投稿からすでに一年以上が経過していました。かつては百作以上の小説を書き上げるほど、創作に熱心だったにもかかわらず、Aさんはもうずっと表立った活動をされていなかったのです。


 その事実に気づいた瞬間、私は改めて彼の近況ノートを見返していました。すると案の定、自分が誤読してしまっていたことが分かりました。


 投稿が途絶える直前の文章で、Aさんは「までお付き合いいただきありがとうございました」と書いていたのです。


 彼は自身の死期が近いことを予感して、無意識の内に不吉な誤字を繰り返していたのでしょうか?


 それとも、あたかも言霊のように、不吉な誤字を繰り返す間に本物の死を引き寄せてしまったのでしょうか?


 この記録をお読みくださった皆さんも、もしご自身の文章から不吉な誤字が見つかった時には、どうかお気をつけください。






(了)

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