第8話 迷子の自覚

 「おはよう!タロ、ジロ!素晴らしい目覚めだな!!お前達もそうだろ?」

「「ギャンッ?!」」



 今朝はタロ&ジロよりも早く目が覚めた。おっと、少し驚かせてしまったかな?

 だが、ここに来てからの数日の疲れもスッキリ取れた気がする。いや、間違いなく取れた。


 やはり使い慣れた寝具に勝るものはないな。


 ラジオの声は聞こえないが、すこぶる健やかだ。それ、1、2、3〜🎵

 

 朝飯を食ったら今日も川下へ向けて進もう。

 人里を目指すのを止めてからは、主にポイント稼ぎに励んでいたけど、タロとジロと言う家族も増えたことだし、やはりテント生活ではなくきちんと定住して生活をしなきゃな。


 そして、朝食後に2匹をブラッシングしながら、ふと川向うの暗い森を見た。


 ここが死後の世界なら、この川は天国と地獄の境界みたいだと思った。

 向こうの森は言わば地獄。あの餓鬼もどきといい、言い知れぬ息苦しさといい、絶対に長居はしたくない環境だった。そこに居続けるとすれば、きっと地獄と感じるだろう場所。それに餓鬼もどきは、友好的な存在にも見えなかったし、コミュニケーションが取れそうにもなそうだ。


 比べて、こちらは獣も出ないし危険な生物にも遭遇していない。………今の所は一応天国。


 まあ、正直ここが天国かと聞かれると『はい、そうです!』とは答えにくい。どちらかと言えば、カタログ冊子のおかけで普通の生活感に溢れた毎日だから。それに『ライル川』って名前が付いてるくらいだから違うよな〜?



 それとも俺の願望が反映されていたりするのかな?確かに釣りはしたかったし、美味い飯も食いたかった。自由に外を出歩きたかった。


 でももし、人に会えたら素直に聞きたい。



『ここは何処ですか?』って。



 迷子……そうだ迷子なんだ俺は。だから不安に感じる。大人になってから久しく感じた事の無い感情だった。GPSで現在地を調べることも出来なければ、案内標示がある訳でもない。しかもどうやら自分は若返っている。この人物は俺の知っているあの『岩井和夫』なのか?記憶があっても、そんな疑問が拭えず、己も定まらない不安定な気持ちだった。


 冗談みたいだが、本当に『ここは何処?私は誰?』なんだよ。


 そんな事を考えながら森を散策する。勿論、川から離れ過ぎない様に十分注意を払いながら。


 今日のスケジュールとしては、体感で午後2〜3時頃までは森で食材探しと採集、夕方前には川辺りに戻って釣り。小一時間でも十分な釣果が得られるだろう。



「あ!桃だ!」



 暫く歩いていると、初日に見付けたのと同じ桃が生っている木があった。タロとジロには下で待ってもらい、木に登って行く。大人しく『お座り』して木の上にいる俺を見ていた。俺もすっかり野生児に戻ったな。


 赤く色付き、甘い芳香を漂わせている桃は、日本のそれとは異なり中国の『蟠桃ばんとう』の見た目だ。


 最初に採集してから、デザート代わりにちょくちょく食べていたが、確か適量なら犬が食べても大丈夫だったはず。あとでタロとジロにも食わせてやろう。


 2匹も石がゴロゴロした河原より、森の方が動き易いようで、歩いている俺の後を追いかけたり、抜かしたり、草の匂いを嗅いだりと忙しい。


 それを目で追いながらせっせと採集し、有用な物は四次元リュックへと入れていった。


 それにしてもこのリュック……。いったいどれだけ入るんだ?入れた物の鮮度も落ちないし、手で触れて『仕舞いたい』と思えば中に入って、『出したい』と思えば出て来る。


 お陰様で、今ではワンタッチテントも広げたまま仕舞う様になっていた。



「……ん?あれは……」



 キラキラと輝くたくさんの黄色い実。それらが繁った葉に負けないほどたわわに生っている。当に鈴なりだ。

 その形は色は違えどサクランボ。


 1つ採ってpt交換してみると、『イエローチェリー(可食)100pt』と表示された。

 よし!それでは俺もひと粒試食させてもらおう。



「美味っ!大粒なのに味がしっかりしてる。しかも程よい酸味と甘みだ!」



 pt交換したら、桐箱に揃えて入れられ、一箱1万ptは取られそうな、とても立派な粒のサクランボ。タロとジロにもヘタと種を抜いて食わせてみると、美味かったらしくお代わり強請ってきた。



「よしよし…ほらこれを食べててくれ。美味いの採って来るから待ってろよ」

「「キャン!」」



 再び2匹を樹の下で待たせると、今度はサクランボ狩り尽くしの為に木に登って行った。既に食べ頃のサクランボを残しても勿体無いだけだ。そして、ついつい採集の傍らひと粒、またひと粒と口にも運び、『ながら採集』をしてしまった。


 ずっとこの気候だったらテント生活も悪くない……と採集をつつ考えを巡らせた。だが、東北育ちの和夫は、冬の厳しさに対して可能な限り準備をしなければ安心は出来なかった。


 流石にポイント交換で家は替えられない。サクランボや桃が成るこの森が、もし冬を迎えた場合、生活が成り立たなくなってしまうのは明白だ。


 季節が移ろう前に、何とか家もしくは人里に辿り着かねばと心を新たにした。


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最高寝具と共に いずいし @isuzu15

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