第4話 『それは良かったピミ!』
「ふう……」
章吉は、起き上がって息を整える。
「こんなことをしている場合じゃ無いよな」
一旦、背伸びをしてから章吉はデスクへ向かい、ノートに書き出していたメモを見直した。
短時間で書き殴ったものだが、数十ページにも及ぶメモは、企画の断片やアイデアが乱雑に書き連ねられている。
「結構、適当に書いたけど、この中から使えそうな奴を選んでいかないとな」
ふと、章吉の目はパソコンの本体に移る。
「そういえば、パソコンも置いてあるな……。使えるのか?」
章吉がパソコンの電源ボタンを押すと、元の世界の時と同じように起動画面が表示されると、そのままロック画面に移る。
“パスワードを入力してください”
試しに、今まで使っていたものと同じパスワードを入力すると、すんなりとパソコンへのログインは成功した。以前はデスクトップ上に色々なアプリへのショートカット用のアイコンが散らかっていたのだが、それも『楽屋』の中と同様、スッキリと片付けられている。
「……データも全部消えてるな」
作業中のデータや仕事用の資料も、フォルダごと綺麗に無くなっていた。章吉はまるでそれが想定内であったかのように「やれやれ」、と肩をすくめた。
他に現実の自室にあるパソコンとの差異は、“Pimiento Messenger”という謎のアプリのアイコンがデスクトップにあるくらいだった。「連絡用のアプリ……か?」アイコンを右クリックすると、“開く”というメニューが表示された。
しかし、「今は、別にいいか……」と、章吉はアプリを開くのをやめて、自分のパソコンのチェックを続ける。
「ネットは……。ああ、駄目か」
インターネットブラウザは、“インターネットに接続していません”と表示されている。「調べ物とか、資料が欲しいときにググれないな」と、章吉は舌打ちしながら椅子に体を預けた。
――この世界に来る以前の章吉はフリーランサーとして、動画共有サイトに投稿される動画の企画、台本制作や進行管理の代行などをしていた。クライアントによって任される仕事は異なるものの、様々な動画チャンネルで、動画制作に関わる仕事をこなしてきた。
副業として始めたその仕事は、ある程度の収入が見込めるようになった段階で本業に変えた。
しかし、それが転落の始まりだった。
視聴者の流行やニーズの急速な変化に対応できず、やがて担当していたチャンネルはどんどん更新停止をしていき、報酬の良いクライアントからは契約更新を断られるようになっていった。
章吉は彼らのことを、短期的な結果でしか物事が判断できない、素人に毛が生えた経営者もどきとしか考えていない。実際、彼に仕事を依頼していた多くの運営者は、過去に偶然ヒットしたチャンネルで得た収入を元手に起業し、複数のチャンネルを外注に任せているだけの脱サラ起業家たちが殆どだった。
――あいつらに見る目がなかっただけだ――。
章吉はそう思うしか無かった。
そして、残された収入源は売れているチャンネルの企画を模倣した台本制作や、テンプレートに沿ってフリー素材をふわふわ動かすだけの動画編集などを低報酬で大量に依頼してくるクライアントと、章吉が自分で立ち上げた、収入の期待できないチャンネルの運営だけになった――。
――章吉は書き綴ったメモの中から、いくつかの使えそうなネタに印をつけて、ノートを閉じた。
「こんなもんかな」
一息つくと章吉は椅子から立ち上がりベッドへ移動し、仰向けに倒れ込んで天井を見上げる。
「三十分の動画の企画で、ターゲットは子ども……ね」
「今度こそ、うまくやってみせるさ」
フッと息を吐き出し、口角を緩ませた章吉はタオルケットを掛け静かに目を閉じた。しばらくすると、『楽屋』の中には章吉の小さく掠れた笛のような寝息が静かに響くだけになった。
――そして、章吉が眠りについてから、時計の長針が六周ほど回った。
『~♪』
軽快な音楽がどこからともなく聞こえる。「アラームでも掛けたっけ」と瞼をこすりながら章吉は起き上がった。
「スマホ、どこだっけ」
章吉はポケットの中を探る。「あ……」ポケットの中にスマートフォンがないことを確認すると、寝惚け眼をぱちぱちとさせ、自分の置かれた状況を思い出したかのように大きく深呼吸をした。
しばらく考え込んだあと、章吉は再び横になりタオルケットを掛け直す。「放っとけば止まるだろ」
そして彼は目を閉じた。
『~~~♪ ~~♪ ♫♫♪!!!!!』
音は激しさを増す。
『ドン! ドン! ドン!』
先程まで爽やかな朝を演出するかのように軽快だった音楽には、――力士かプロレスラーか――、筋骨隆々の男たちが力強く叩いているような激しい和太鼓の音が追加される。更にしばらくすると顔を真っ白に塗ったバンド集団が叫びながら掻き鳴らすような激しいエレキギターの演奏が乗り、音楽はどんどん無秩序になっていった。まるで部屋全体が振動しているかのような錯覚を与えるほどの音量だ。
「うるせええええええ!!!」
飛び跳ねるように起き上がった章吉は、キョロキョロと室内を見回し騒音の正体を探す。音の出処はすぐに突き止めることが出来た。「パソコンか!」章吉がデスクに移動すると、モニタには“着信中 ピミエント”と表示されていた。
「あの怪しげなアプリか」
章吉は乱暴に椅子へ腰掛け、。デスクに置かれたスタンドマイクを手早く口元へ引き寄せると、やや苛立った様子でマウスを握りしめた。
章吉が“通話に参加”ボタンへカーソルを合わせると、必要以上に力強いクリック音が室内に響く。
会議通話のウインドウが開かれると、ピミエントのアイコンとルリのアイコンが大きく表示された。章吉のアイコンは画面左下に小さく表示されている。
『章吉おにいさーん! 起きてるピミー?』
明るく跳ねるような声が室内に響くと同時に、ピミエントのアイコンはまるで話し手の興奮を示すかのように、力強く点滅した。
マウスから指を離した章吉は眉間に皺を寄せ、ため息混じりに返答する。
「ああ、おかげさまで頭がスッキリしたよ」
左下に小さく表示された章吉のアイコンが、彼の静かな怒りを表現するかのようにじんわりと光った。
『それは良かったピミ!』
二人の挨拶が終わると、今度はルリのアイコンが静かに光を放ち始めた。アイコンの周囲を淡い輝きが揺らめき、穏やかな声が控えめに続いた。
『お、おはようございます』
昨日章吉と楽屋の外で会った時の怯えたような声とは違う、落ち着いたルリの声が楽屋内に優しく響く。それに伴って、章吉の表情にもわずかな穏やかさが浮かんだ。
画面のなか(仮題) あああああ @agoa5aaaaa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。画面のなか(仮題)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます