第2話 「じゃあ、また明日……」

「……それで、章吉おにいさんはココが何処で、何故来たのかを知りたかったんだピミよね?」


 ピミエントが話を切り出す。章吉が黙って頷くとピミエントは続けて言った。


「まずココは、『番組』の世界ってピミは呼んでいるピミ」


 章吉が「番組の世界?」と聞き返すと、ピミエントは手前に大きく体を傾けて頷いた。


「この世界に連れてこられた人間は、きみたちの世界で言う一週間、つまり百六十八時間に一度、子どもたちに向けて『番組』を作る必要があるピミ。撮影も編集も、『番組』の世界が勝手にやってくれるし、撮影に必要な道具だって世界に願えば勝手に生成してくれるピミけど、企画と演技だけは自分でやる必要があるピミ」


「子ども向け番組って、まさか深夜にテレビでやってた、あの番組か? ……あんな真夜中に、どこの子どもがあの番組を見るんだよ」


「『番組』は、深夜に眠っている子どもたちの夢の中で再生されるピミ。夜ふかしばっかりしている子は観られないピミ」


「でも、このに選ばれた人間は、寝ているときなら夢の中で、起きているときなら番組が映る媒体で、番組を見せられた後、ここに引き込まれるんピミよ。章吉おにいさんの場合は、それがたまたまテレビだったって話ピミ」


「勝手に俺を体操のおにいさんみたいに呼ぶなよ。……ったく、どうして俺が」


 ピミエントはまるで肩をすくめているかのような仕草を見せた。


「残念だけど、それは分からないピミ。ピミはこの世界に存在するただのマスコットだからピミ」


 ピミエントの回答を聞いた章吉は、口を開いたものの、言いかけた言葉をのみ込んで、代わりに深いため息を吐く。彼の様子を見つめながら、ピミエントは無機質な表情のまま話を続ける。


「で、その番組の出来が良くて、視聴者の子どもたちが満足できる内容になれば、この世界から解放されるってわけピミね」


「ってことは、番組をたくさん作って、どれかがいい感じに当たれば出られるってことか?」


 章吉はピミエントとルリを交互に見ながら少し嬉しそうに言う。章吉と目が合ったルリは、何も言わずこくんと頷いたが、後ろめたそうに彼から少しだけ目を逸らした。


「あ! そうそう。番組はただ作ればいいって訳じゃないピミ。きちんと視聴維持率も高く確保した上で、番組を観た子どもたちの感情がある一定のラインに到達すると、心の『いいねボタン』と『よくないねボタン』が押されるピミ。もし、いいねボタンが全く押されなかったり、よくないねボタンの割合があまりにも多かったりすると……」


「すると……?」


「この世界にずっと閉じ込められるピミ」


 ピミエントがそう答えると、ささやかな風の音がその場に響く。

 ――数秒の沈黙を経て、ピミエントは両腕を大きく振り回しながら話を再開した。


「そんなに心配しないでピミよ! 今までにも脱出していった人たちは沢山いるピミ。きみたちも、よっぽど出来の悪い番組にしない限り、いつかは脱出できるピミよ」


「きみ……?」


 章吉はピミエントがふと漏らした、まるで自分以外にもここに引き込まれたものが居るかのような言い方に疑問を投げかけた。――ピミエントからそっと視線を外した章吉はルリと目が合う。

 ルリは小さな口をそっと開いた。


「あの、私も……、引き込まれちゃったんです」


 章吉は目を丸くし、「え、ルリちゃんも?」と尋ねるとルリはそっと頷いた。 


「はい。深夜にネットでライブ配信をしていたんですけど、その配信が終わったらパソコンにピミエントさんが映ってて……」


「ピミエントだけが映っていたのか? ……他の人は?」


 ルリは目を伏せ、ゆっくりと首を横に振った。


「あの時は他に誰もに来ていなかったピミ。だからルリちゃんが観ていたのは番組でもなんでもなく、ピミの私生活の垂れ流し映像だピミよ」


 ピミエントは、頬なのか横腹なのか分からない部分に手を当て、恥ずかしそうに体を左右に揺らして言った。ルリはそんな彼の動きを横目にそのまま話を再開する。


「最初は、『パソコンが壊れたのかな?』って思ったんです。マウスも何も効かなかったから。でも、電源を長押しして切ろうとしたら、画面が急に光って……、それから……えっと……」


 言葉を詰まらせたルリに、章吉は「それで、いつからここに居るんだい?」と、問いかけた。


「もう、番組が四回目なので、だいたい一ヶ月です」


 ルリは手のひらをぎゅっと握りしめ、かすれた声を絞り出すように言葉を続けた。


「最初はいいねボタンもそれなりに押されていたんですけど、二回目はそれも減ってきて、前回と今回はよくないねボタンの数が少しだけ増えちゃって……。このままだと、いつここから出られるのか分からなくて……そんなときに、章吉……さんがこの世界に来たんです」


 ルリの表情が次第に曇っていくのを見て、章吉は気まずそうに顔を曇らせ、質問をピミエントに向けた。


「なあ、ピミエント。ここから脱出できた人って、どれくらいで脱出できたんだ?」


「それは本当に人によるピミ。……まあ、早い人は六回目か七回目くらいには脱出できているピミよ。長くかかった人だと、それこそ何年もここで番組を作っていたピミ」

「いったい、いつからここでマスコットしてんだよ」

「いつから居るように見えるピミ?」

「お前はキャバ嬢かっつーの」


 章吉がピミエントの体を小突くとピミエントは「痛いピミ! ピミはデリケートだピミよ!」と軽口で返す。

 二人のやり取りを見ていたルリは、少しだけ「フフっ」と声を漏らした。章吉は口元を緩めて小さく笑う。


「さあさ、次の期限までまだまだ時間はあるピミ。今日はもう休んでまた明日にでも企画を練るピミよ」

「休むって、いったいどこで?」


 章吉が疑問を投げかけると、ピミエントはゆっくりと両手を広げた。


「ピミミ! 楽屋さーん! 出てくるピミーー!」


 ピミエントが叫ぶと、地面が揺れ、三枚のドアが植物の成長を早送りで見せるかのようにニョキニョキと姿を現した。ピンク、黄色、そして緑の鮮やかな色が、それぞれのドアに塗られている。

 章吉は驚きに目を見開き、口も開けたままその場に立ち尽くす。


「このドアをくぐると、それぞれの楽屋に行けるピミ! ピミはピンクのドア、ルリおねえさんは黄色いドア、章吉おにいさんは緑のドアピミね!」


 ハッと我に返った様子で章吉は開いていた口を閉じる。

 しかし、三枚のドアをじっくりと見つめる彼の目つきは、次第に鋭くなっていった。


「まるで、俺が来るのが分かってたかのように三枚のドアがあるんだな」


「違うピミよ。緑のドアの楽屋は章吉おにいさんが来たからピミ」


 少しだけ大きく息を吸い込んだ章吉の、「なるほどね」と呟く声にため息が混じる。

 言葉の終わりに残ったため息は、空間にわずかに漂い、静寂が広がった。


 しばらくして、ルリがその沈黙を破るように、戸惑いながら口を開く。

「じゃ、じゃあ……、お先に失礼します。その、また明日、お願いします」


 ルリは二人に軽く会釈をすると、ゆっくりと歩き出し黄色いドアに手を掛けた。彼女はドアを閉めきる前に再び二人の方を見て、少しだけぎこちない笑顔を見せる。

「じゃあ、また明日……」


 ルリがそう呟くと、ドアをゆっくりと閉めた。

 黄色いドアは、まるで彼女を優しく包み込むようにゆっくりと閉まり、やがて背景と同化するかのように徐々に透けていき、スーっと姿を消していった。


「それじゃあピミもおねんねするピミ。また明日ピミね!」


 ピミエントがピンクのドアへ歩き出そうとした時、「ちょっと待ってくれ」と章吉が呼び止める。

 ピミエントは大きな体をくるっと回して振り向いた。「どうしたピミ?」


「その前に……、教えてほしいんだけどさ。囚われたて出られなくなった人って、どうなるんだ? 周りには俺達以外、誰も居ないみたいだけど」


「時が来たら、完全に消滅するピミ。それが無へ還ることなのか、輪廻の輪へ戻ることなのか、……ピミには分からないピミけどね」


「わかった。あと、もう一つだけ聞かせてほしい。……お前は味方なのか?」


 ピミエントは鼻で笑うような息を漏らす。


「好きに捉えたら良いピミ」


 そう言い残し、ピミエントは再びくるっと体を回してピンク色のドアへ吸い込まれていった。


「わかった。ありがとう。おやすみ」


 ピンク色のドアが透けていくのを見送って、章吉は深呼吸をし、緑色のドアに手をかけた。



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