順番の問題

木山喬鳥

順番の問題


 クリスマス・イヴに街中で響いた変な音ですか?

 その原因を知りたい?

 ええ。私は原因を知っていますし、お聞かせするのは構いませんが……長い話になりますよ?


 おっと危ない。あなた、足がもつれていますよ。ずいぶん酔ってらっしゃいますね。

 どういたしまして。それより急に手を引いて、痛くなかったですか?

 優しいなんて、とんでもない。

 私、こう見えて悪魔なのです。


 比喩ひゆとかではありませんよ。

 魂と引き替えに人間の願いを一つだけかなえる存在もの

 物語にも描かれる〝契約する悪魔〟なんです。


 やっぱり外見そとみが気になりますか?

 着古したスーツですものねえ。普通のサラリーマンに見えますよね。

 これはですね、姿を変える魔法を自分にかけて人間に見せかけているからです。

 角としっぽ? 翼? もちろん隠していますけど?


 まあ、普通は信じませんよね。

 だから、あなたに疑うなとは言いませんよ。

 証明もできませんしね。

〝悪魔の証明〟とか、いうんでしたっけ?

 信じなきゃ信じないで構いませんよ。

 私は誰かに話を聞いて欲しい気分なんです。



 先ほど言いましたけど。

 私は人間の願いを一つ叶える代わりに。その方が死んだら魂をいただく。

 そういう仕事をしています。

 成果? 嫌なこときますねえ。

 ありませんよ。

 契約は、いままで一つも成立させていません。ゼロです。


 私は人間の姿で、もう二百年くらいはこの辺りをうろついていましてね。

 一度、人の世の中に契約を取りに出た悪魔は、魂の一つも持って帰らなければ地獄に入れてもらえないのです。

 厳しいものです。正直、疲れます。


 姿を変える魔法が使えるのなら、地上でも面白く暮らせるだろう?

 魔法で姿を変えて金品をり放題だろうって?

 なんてこと言うのですか。あなた悪い人ですね。嬉しくなっちゃいますよ。

 でもね。悪魔は人の作った品物にも、地上で暮らすことにも興味はないのですよ。


 他の魔法? 私、たいした魔法は使えませんね。

 人の考えがボンヤリわかることと、施錠せじょうされた場所に入れること。

 後はそうだ、姿を消せますね。


 今日は、クリスマス? 

 ええ、もちろん知っていますよ。

〝仕事がやりづらくないか?〟ですか。

 関係ありません。まず宗教が違います。

 私は宇蘇教うそきょうという宗教の悪魔なんです。

 ええ。宗教ごとに悪魔の集団があるのですよ。実際、数が多くて嫌になっちゃいますね。

 競争が激しいのです。顧客こきゃくの奪い合いですよ。


 契約相手の宗教ですか? 別に何を信仰していても構わないですよ。

 ええ、業界の慣例です。

 だって同じ宗派の人間としか契約できないのなら、私みたいな信者の少ない宗教の悪魔が困るじゃないですか。


 それと悪魔との契約なんてお話は、活字でも映像でもよく作られていますよね。あれって割にあわない結末ばかりでしょう?

 困るんですよねえ、営業妨害ですよ。

 おかげで今の世の中じゃ、ほとんどの人が悪魔と取引なんてしなくなっているのです。

 こうして話を聞いてくれる方も久しぶりです。

 話? そうそう、あの音の話でしたね。



 事の始まりは、私の仕事ですよ。

 私もね、考えてみたのです。

 契約を取れそうで、めんどうな知恵のない人間とは、どんな人間だろうかとね。

 出した答えは、子供でした。


 子供なら、考えなしに契約するんじゃないかと思いましてね。

 後もうひとつ。願いがそれほど大きくもなさそうな状況の人間。

 それはどんな人間だろうかとね、考えまして。

 出した答えは、死にそうな人間でした。


 たいていは死にたくないと願いますからね。

 ひとときの延命なんて、悪魔にはたいした労力しごとでもないのです。

 じゃあ。死にそうな人間はどこにいるか? 

 また考えました。

 死にそうな大ケガをした人間のいる場所なんてわかりません。

 わかったとしても、そんな状況で契約の話はできないでしょうし。

 居場所がわかっていて、なおかつ話せるのはどんな人間だろうかとね。

 出した答えは、病気にかかって死にそうな人間でした。

 そう考えついて、私は終末期医療を行う病院の小児病棟へ行きました。


 ええ。入るのはカンタンです。

 魔法で消えていれば誰にも見とがめられません。鍵も開け放題です。

 病室を探して、無垢な魂を二個。いや、子ども二人を見つけました。

 片方は眠っています。

 これはパス。話ができなければ契約はできません。


 もうひとりは、男の子。

 この子は寝ている女の子の横で折り紙をしています。

 私は男の子へ話しかけました。


「そこの坊や。そう、坊やのことだよ。おやおや口は、閉じなさい。うん? それはツノだね……えッ! 見えるのかいッ?」


 ついうっかりして、無垢むくな魂の持ち主には私の真実の姿が見えるということを忘れていました。

 しかし、人間には醜悪に映るはずの悪魔の姿を見ても男の子は、騒がずニコニコしています。


「見ての通りさ。おじさんは悪魔なんだ。でもね、おじさんは良い話を持ってきたんだよ」


 やはりこの子は、私を怖がりません。

 どうやら、頭がにぶい子どものようですね。


「坊やのお願いを叶えてあげたいって話だよ。でもそれは坊やが死んだ後に、坊やの魂を私にくれるんならだよ。坊やだって願いがあるだろう? 病気を治して欲しいかい?」


 予想通りに、坊やはうなずきました。

 しかし彼の願いは、私の予想通りではありませんでした。


「え、ちがう? 願いは、この子との競争に勝つこと? 寝ているこの女の子に勝つって?」


 それは何の競争だとたずねた後、坊やの返事を聞いて、驚きました。

 なんと、女の子より先には死にたくないと、言うじゃありませんか。


「そんな願いで良いのかい? ホントに? いやこの子が負けても。死んじゃっていたら自分が負けたこともわからないんじゃないのかい?」


 するとこの坊や、内緒だと耳打ちします。

 その話によると、彼の本心は自分が先に死んで残った女の子を悲しませたくないってことだそうです。泣けますよねぇ。

〝ちょっとだけ、待っていてね〟と満面の笑顔で言い、電子カルテで二人の病状を確認しました。ええ。解錠は得意なんです。電子機器でもね。

 あの子たちは、二人とも確かに不治の病です。あと一年とは生きられない病状でした。

 私はほほが緩むのを、どうにもこらえられませんでしたよ。


 ――――順番なんか問題じゃない。

 早いも遅いもないのです。たった一年です。

 女の子が亡くなったら、契約した坊やも一年以内にこの世とお別れでしょう。

 私はただ少し待っていれば良いだけです。


 病を治すなり余命を延ばすなりしない知恵の足りない子どものおかげで、労力も待ち時間も短くて済むのです。

 思わず小躍こおどりしていましたね。


「坊や! 私にまかせてくれたらその願いは叶うよ。さっそく契約しようか。さあ、これが契約の文言もんごんなんだ。坊や、これを声に出して読みなさい。それで坊やの望んだ通りになるからね」


 契約の書かれた紙に目を向けて、男の子はわからないと言います。


「そうか、まだ字が読めないのかい。じゃあ私の後に続けて同じ言葉を言いなよ。カンタンだよ。それで、坊やの願いは叶うんだ! 良いかい? いくよッ」


〝この坊やが、目の前の女の子より前に死ぬことはない。坊やは女の子の死んだ後に死ぬ〟


「契約完了!」


 そう言い終わると、私は病室から飛び出しましたよ。

 なにせ二百年かかって初めて契約が取れたのですから。

 待望の成果を報告するために、職場のある地の底へと急ぎました。



 それでこれは、後日、上役から聴いた私の出て行った後の場面です。

 私がいなくなった後、契約した坊やは目を覚ました女の子に得意そうに、言っていたそうです。


「あのね、ボクね。さっきね。ちいさいアクマのおじさんとケイヤクしたんだッ。ボクはゼッタイにマドカちゃんよりもさきに、しんだりしないからねッ」


 そう聞いた。女の子は言い返します。


「わあ! タマキくんもケイヤクしたの? マドカもね、さっきね、アクマのおじさんとケイヤクしたんだよ。マドカのところにきたのは、ふとっちょのおじさんだったよ。マドカもね。ゼッタイに、タマキくんよりさきには、しなないからねッ」


 競争だよ、と声を揃えて、手の平を打ち合わせたそうですよ。



 まったく良い気なものです。その子らも私もね。

 ここまで話せば、後の話の流れもだいたいわかりますよね。

 まだわかってない?

 じゃあ、続けますよ。


 私は地獄の入り口で止められました。

 訳が分からず、すぐに上司に連絡を入れたのです。


「入れないって、なぜですか? 魂を貰い受ける契約を結んできたんですよ!」


 ふしぎなことに、上司は怒っていました。

 私の契約には不備があるというのです。

 私は驚きましたし、怒りましたよ。


「どういうことですか? 契約の相手は子供だって、かまわないでしょう。そう聞いていますよ」


 違いました。年齢の問題ではないのです。


「問題は、魂が取れないこと? それはおかしいです。契約した子どもの余命は一年もないと、ちゃんと調べましたよ」


 寿命の長さなど問題ではない? 

 続けて話す上司の言葉に、私は自分の長い耳を疑いましたね。

 私の言った契約の文言では、男の子の死ぬ日が決められない、というのです。


「待ってくださいよ。決められますよ! 坊やの魂の回収日は、一年後のどこかの日でしょう? 目の前に寝ていた女の子が死んだ後、それから一年以内に坊やは死にますよ!」


 悪魔にとって一年やそこらの待ち時間は問題ありません。

 ところが、またです。


「女の子は一年以内には死なない、のですか?」


 耳にした上司の言葉に、私の息は止まりました。


「それはおかしい。いえ私は調べたのですよ。女の子の余命も一年以内だとカルテには書かれていました」


 上司にむかって一気にまくし立てました。

 あのときの私は、なぜあんなに元気だったんだろう?


「え! 女の子も別の宗教の悪魔と契約していた?」


 ここから、身体が固まりましたあ。


「契約していたんですか、あの子どもッ! なんてことだ。いや待ってください。これは事故です。私のせいじゃない。そんな業務連絡は私に届いていませんでしたッ」


 対象者については、担当した私が調べるべきだと言われました。

 ピシャリと言われましたあ。


「だ、だとしてもです。女の子が別の悪魔になにを願っていたとしても、問題ありますか? 開き直りじゃありませんよ。どこの宗教の悪魔だって私ら飛び込み営業の叶えられる願いなんてたかが知れています。どこかの悪魔が女の子の病気を治していたとして、彼女が寿命を全うする場合でも百年もかからないでしょう? 悪魔にとって百年ぽっち待つことに問題がありますか?」


 上司は顔をひきつらせて、百年どころではないと言います。

 彼が告げた女の子の余命は────


「永遠ッ!」


 永遠と言うか、残りの命数が決められない?


「そんな馬鹿な! 下級の悪魔がそんな大それた願いを叶えられるはずがない! 永遠の寿命だって!」


 え? 長さではない。

 彼女が願ったのは順番?

 あああ、まッ待ってください! まさかまさか! 


「そ、その願いは、もしかして目の前にいた男の子の後に死なせろということでは? やはり、なんて願いをお!」


 どちらも、友だちが先に死んでからじゃないと死なないとはッ!


「願いが――――二人が同時に片方より後に死にたいと願ったなら、どちらも後には死ねない。先には願いの内容から死ねない。つまりは、二人は現状のままずっと生き続けるしかない。だから魂は私たちの手には入らない。永遠にッ!」


 驚いて思わず大声を上げて気を失いました。

 もう九分九厘、この手にしていた魂は私の手元から消えてしまった。

 だからすっかり魂消たまげてしまったんです。


 そのときの私の声ですよ。

 ちまたで噂のあれは、地獄から響いた私の悲鳴。

 あなたが尋ねていた怪音の真相なのですよ。


 おや? 反応がない。驚かせすぎましたか?

 いや、話が長すぎたようですね。

 いつの間にか、寝てしまっていたのですか。

 さてしかし、これは困った。

 悪魔のうろつくような治安の悪いこの街の、路上で寝てしまっては物騒だ。

 犯罪に巻きこまれて人の命が失われてしまっては、もったいない。

 さて、どうすれば────アレは、交番ですね。


「おまわりさん、ここに酔って寝てしまっている人がいます。保護していただけませんか? いいえ私はただの通りすがりで。ええ、まだ仕事が終わらなくてすぐに職務に戻らないといけませんから」



 そう私の仕事は、まだまだ終わらないのです。


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