勇者、力尽きるまで

倉馬 あおい

勇者、力尽きるまで

「おお、そなた……ついにあの伝説の剣を抜いたのか!」

「いいえ、陛下。私は宮廷魔導士であって勇者ではございません。剣を抜いたのは私ではなく湖畔の村の青年ですし、何より『剣を抜いた』のではなく『剣で抜いた』のでございます」

「…………は?」

「魔王を倒す勇者だけが引き抜ける伝説の剣、通称『岩に刺さった剣』で、地元の青年が抜きまくっているそうでございます」

「わしももう歳かのう、お前が何を申しておるのか全く分からん。言っていることが現実なら、悪夢のような光景だが」

「では現地に参りましょう。転移魔法なら一瞬でございますので」


「見物人がすごいな。我が王国の国民は暇人ばかりか?」

「変態見物など滅多にできるものではござりませぬゆえ。皆、湖に浮かぶ島を眺めておりますぞ。あれに例の勇者がおりますが」

「なるほど、抜きまくっておるようだな……ここまでイキ声が聞こえおるわ。おい、衛士に命じて子供たちは帰らせろ。教育に悪い」

「大人はよろしいので?」

「自己責任で好きにさせよ。小舟を出せ、どんな変態か見に行く」


「なんだ、変態のくせに無駄にイケメンではないか」

「はい。地元民の話では、眉目秀麗品行方正、昨年亡くした親には孝養を尽くし、一人残された農地を勤勉に耕す好青年だそうで。今日十八歳を迎えたので仲間と共にこの島に渡り、地元恒例の剣を引き抜く成人の儀式をしたところ、急に様子がおかしくなったとのことでございます」

「様子がおかしいとはえらく控えめな表現だな。普段は真面目な好青年だそうだが、この痴態は剣の呪いか何かか?」

「さて、それは……これまで数百年、この剣を抜こうと試みた者は数知れずでございますが、剣で抜こうと試みた者はまず間違いなくおりますまい」

「というか今気づいたが、ちゃんと剣が抜けておるな」

「まことに。では彼が魔王を倒す勇者ということでございますな」

「ああ、見た目も設定も勇者のテンプレというべき存在だな。ただ一つ、金属の塊に欲情する変態という点を除けばだが」

「お、ちょうど一発抜き終わったようですな。ちと話しかけてみましょう。これこれ、お前さん」

「は、はいっ?」

「ここで何をしておるのじゃ?」

「何って……ナニをしております」

「ははは、素直な回答気に入ったぞ変態。その剣がそんなに魅力的か?」

「は、はい、それはもう……ああ、見ているだけでこう、ぞくぞくしてきます。もう何十回も抜いてるのに、全然治まらなくって……ああ、また!」

「やれやれ、またおっ始めおったぞ。やはり呪いだ、さっさと島ごと焼き払え」

「お言葉ではございますが、湖の女神の怒りを買いますぞ」

「もう怒ってるわよ!」

「おや、これは女神様。ご機嫌うるわ……しくないようで」

「当たり前よ! 何この変質者、神聖な湖を体液まみれにして! ああもう、無駄なイケボで喘ぎ声あげるのやめてっ!」

「どうぞご寛恕を。ほらアレです、秋になるとサケが一斉に卵に精液を放って川が白く染まるでしょう? あれと同じでございますよ。サケはこんなオホ声で絶頂迎えたりしませんが」

「王よ、そなた喧嘩を売っておるのか」

「いえ決してそのような。それより、この剣には何か呪いでも? 抜いた者が抜きたくて抜きたくて仕方なくなるようなしょーもない呪いとか」

「そんなアホな呪い、思いつくのはお前たち人間だけだ! もういい、お前らが何もしないなら、こちらにも考えがあるわ!」

「あら、消えてしまわれた。どうする? 女神が何かしてくるようだが」

「放っておけばそのうち抜き過ぎで死ぬでしょう。……おや、どうやら手遅れのようですな。魔界の門が全力で開いております」

「お、魔王降臨だな」

「人間どもよ、女神に乞われて来てみればひどい有様だな。俺は地獄から出て来たはずだが、なんか別な地獄に来ちまったみたいだ。」

「魔界の基準でもそう思います? 我々気が合いそうですな」

「気が合ったところで、こいつは殺していいか?」

「うーん、一応王国の国民ですからなあ」

「お前らの王国には、こんな変態しかいないのか?」

「無礼な! 陛下の治める王国の民十余万、こんな変質者はそんなにはおらん!」

「まあいいか。人間が俺を倒せる唯一の武器の使い手、できれば消しておきたいからなあ……悪いが死んでもらう。いや、死んでもらった方が人間にもいいのでは?」

「多分そうかもしれんが、一応魔王と勇者なら勇者に勝ってもらわんとな。ほれ勇者、剣を取って戦わんかい」

「け、剣を……そんな、だめ、だめでしゅううう! み、見てるだけでも、しゅごいのにひぃ、さわったりしたら……らめええええ!!」

「何か俺、人類が可愛そうになってきた」

「勇者よ、何か侮辱されとるぞ。何かやり返せ」

「や、ヤリ返しましゅうう! この、この剣でへぇえええええ!」

「おふっ」

「え、何あれ。魔王が消滅したが」

「どうやら剣は剣でも、勇者自身の剣を魔王に突き立てたようで」

「自身の剣とは?」

「湖の向こうで、婦女子どもが嬌声をあげております。お察しください」

「で、魔王とはこんなことで死ぬのか?」

「そのようで。どうやら伝説の剣とは、選ばれた勇者の剣のようですな」

「まったく理解できんが、選ばれた勇者というのはよく分かった。剣で抜ける奴など何かに選ばれなければ存在すらしないだろう」

「その勇者ですが、気を失っております」

「村の連中に介抱させよ。それとこのあたりは綺麗にして、湖の女神の機嫌を直しておけ……おい、いかがした?」

「いえ、その……体液にまみれて横たわる勇者殿のお顔に、いささか興奮を覚えてしまいまして。この老骨もついつい疼きまして……」

「まさかお前……あの勇者で抜いたのか!」

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