心を救いますか? 心を掬いますか? それとも心に巣食いますか?

 その手に握るは、人の命。それをいともたやすく奪ってしまう運命を背負わされた少女、ジュリアン。意識レベルの低さや識別色の欠落により、人間という「側」をはがされた彼女に、どんな未来が待ち受けるのか先の展開を予想しつつも内心ハラハラしながら読み進めました。

 カメラ(機械)によって常に監視される社会。人間が生み出したもので、人間が使うもので、人間を監視するというのはどういった星の巡りだろうか、と嘆いたところで流れ星の一つも落ちてこない。……そもそも機械という無機質な剝き出しの物にそんなロマンチックな想像もないのだろうけれど。

 そもそもの発端は、性犯罪の増加にあった。性犯罪者にはGPSを付けて対応している国もあると聞くけれど、この国ではカメラにデータをインプットすることで、武器を持たせることで、インプット(補足)からのアウトプット(射殺)が可能になった。抑止力、という意味ではGPSよりもはるかに成果を上げるだろう。
 勿論、手放しで喜べるなんてことはない。いたるところにカメラが設置されているのは、多くの人々にとってストレスになりかねない。常にカメラを気にして、忍者の如く動く人はいなくとも。……もっとも、人の目以上にカメラを気にするというのは何とも皮肉な話なのだけれど。社会福祉局の設立は、そんな人の目以上にカメラの目を気にする人々にとって、良いフィルター……とまではいかずとも、少なくとも片側だけが地面についたシーソーは、反対側に社会福祉局を置くことによって、見事平行を保てるようになった。

 ジュリアンの、それこそロボットのようなぶっきらぼうな言葉を聞くに、やはり人間という「側」を剝がされたのではと想像してしまうけれど、言葉だけを捉えるなら実に人間らしいことを思えば、まさに「皮肉」なものである。
 
 二週間が経過した。といっても、経過は芳しくない。受動的な言動からは、受動的な言動しか生まれない。人が生活していく上で、少なくとも最低限は能動的でなければ、「能」力は、「動」力は、身につかないし、しみ込まない。そしてそれは、衣服に色を付けるように簡単じゃないのだから。
 そんな折、ジュリアンが放った一言。それはどんな弾丸よりも鋭く、威力の高い、一発だった。能動的でなければ、なんて考えは一瞬で吹き飛ばされるような、一瞬前の自分の思考を貫かれるような。
 私は、銃の在りかを聞いてくるジュリアンの背中に、確かに背負われた「運命」を感じた。

 銃をリロードする瞬間というのは、必然的に無防備になるものだ。だからこそ、物陰に隠れるなどして身の安全を確保してから、しかし素早く行わなければならない。
 そんなジュリアンのリロード速度(銃の在りかを聞くスパン)は日に日に上がっていく。マニュアル人間だ、と言われればそれまでなのだが、私にカウンセリング手法にない答えなど出来ない。せいぜい、色々な服をプレゼンして喜んでもらうくらいが関の山だ。が、そんな山は一瞬に崩された。白に強いこだわりを持つジュリアン。
 なぜそこまで白にこだわるのか。彼女の声が弾丸となって、山をどんどんと崩していく。びりびりに破かれていく服は、関の山から繊維の山に名前を変え、その山肌の荒々しさは、どこかジュリアンの荒んだ心を表しているようだった。

 眠りから覚めたジュリアンに語りかける。なぜそんなに銃が必要なのかと聞けば、言葉が空に消えていく。空白。
 再び目を覚ましたジュリアンの独白。「独」りで繰り返す「白」の意味。それは、人間としての尊厳と、自衛と、半旗を掲げる象徴だった。人間とロボットの境目がなくなってきた今だからこそ、しっかりとした線引きをして、自身の潔白と人間であることの証明とする。それは「証明」という名の白き「照明」なのかもしれない。
 しかし、そんなジュリアンを苦しめているものもまた、「白」だった。何色にも染まらない高潔さを讃える白は同時にジュリアンを縛る鎖のようで。ならば、私が。カウンセラーである私がやることは一つだ。
 とろり、と吐露された本当の好きな色。蜂蜜色なんて、とても可愛らしい。ジュリアンのみた蜂の記憶。最後には儚く散っていく蜂の姿は生命の火を燃やしつくした証であり、その輝きに魅せられるのは想像に難くない。蜂蜜色のようにキラキラと輝いて見えていたことだろう。
 溶け出したジュリアンの心。今はそれを大事に掬い上げてそっと手を添えてあげることがとても大事なことだと思った。

 翌日。ジュリアンは銃をせがまなくなっていた。
 彼女の成長は著しい。識別色の黄金色は、誇らしげに輝いて社会復帰のインターンシップまで。ジュリアンもダニーもとても楽しそうで安心した……なんて、まるで保護者然とした感想はもつまい。私の手を引いて、どの蜂蜜が好きかなんて聞いてくるジュリアンに成長を感じつつ、向日葵の蜂蜜が好きだといったジュリアンを前にしては、何も言えなかった。「可愛い!」という至極個人的な感情は、心の奥底にそっと沈めておくことにする。

 夜更けに起きたジュリアン。自身に呼ばれる夢を見るなんて……乖離していた自分との統合が進んでいるのか……。否、とてもそんな風には見えないし、ただただ不安だけが募っていく。この不安が、どうか山にだけはならないようにと願いながら。
 
 少しずつ快方に向かっている……いや、快方だと少し語弊があるような感じがある。解放、あるいは開放という方がしっくりくるかもしれない。そんな中、私に向けれらた質問攻め。それは幼少期に見るもの全てが新鮮に見えて、あれやこれやとひたすらに親に尋ねる子供のよう。子供の成長にとって大事な過程ではあるものの、この仮初の家庭では、それに答えることはできない。人間なら、同じことをすれば堪えるのだろうけれど。

 ダニーからの怒りの連絡。常人には見分けられぬ人間とロボットの区別はジュリアンには容易いらしい。そんなジュリアンは帰ってくるなり私にいつものように問いかける。言葉をかけていく。蜂蜜のように。今はそれが、まとわりついているように感じられ、不快……とは言わずともどこか煩わしい。
 ジュリアンの気持ちの吐露はもっともだ。ジュリアンは心が乖離しているのではなく、昔の自分に重ね合わせて、鏡合わせにして。それを私に投影して見ていた。
 他人は自分を映す鏡 なんて良く言ったものだと、今の私はその鏡に唾を吐きたくなったけれど、事はそんなことでは前に進みやしない。自分の顔に泥を塗るようなものだ。泥沼にはまるようなものだ。
 今、私が込める弾丸は、そう。鏡を破壊できる強力な一発を。私が「銃撃犯」になれば良い。……違う。私が「銃撃犯」だ。これは、ジュリアンの心に打ち込む弾丸。蜂蜜色の弾丸で、蜂蜜でコーティングした弾丸(言葉)はやがて、ジュリアンの心に届いて、優しく包み込む。私には、そんな温度はないけれど。だからと言って、弾丸に熱が籠らないわけではないのだから。
 ジュリアンに銃みたいな手と言われてしまったけれど。でも、それでも。蜂蜜色で撃ち返してきたジュリアンの弾丸もまた、私の心をゆっくりとコーティングしていった。
 
 それからの私たちは二人で一人になった。来るべき日は刻々と迫っている。
 久しぶりに目覚めたジュリアンは春の尊さを、青さを享受する。

 二人して街を歩く。恋人の距離感で歩く。パン屋でお互いの別れを惜しむ会話をしながら、ようやく未来の話ができた。明日という未来はすぐそこまで迫っているというのに。それでも私は、蜂蜜の入った瓶の底の底の最後の一掬いまで、彼女と丁寧に味わいたいのだ。

 (以下は、コリーの最後の記憶の断片を何者かが修復した内容である)
 ジュリアンに持ち上げられた顎が痛い。……いや、心が痛い。今ジュリアンはどんな表情をしているのか……それを見ることができない……視界がぼやけて……。
 体から銃を引き抜かれていく感覚は、この幸せだった思い出を強引に引き抜かれているような気がしてならない。私には、伽藍洞しか残らないのか。
 いや、そんなことを言っている場合ではない。ジュリアンに……ジュリアンに伝えなければ……。
 ジュリアンの赤と私の青が混ざる。ビビットな色合いの二つの色が溶け合って。あぁ、これで蜂蜜色になったらどんなに素敵だろう……なんて思っても現実はそんなに甘くない。蜂蜜のようには、甘くない。
 だからこそ。ジュリアンの提案は願ってもない朗報だった。青い電子の海でジュリアンと深く溶け合うことができるのなら。あるいは、蜂蜜色でなくとも、蜂蜜のように甘くなくとも。幸せなのかもしれない。例え、銃撃犯になっていたとしても。