夢の中で祠を壊す

砂塔ろうか

夢の中で祠を壊す

 いつの間に眠っていたのだろう。

 気がつくと電車に揺られていた。

 外は夜。真っ暗で明かり一つ見えない。

 車両の中には私と同じように、席に座る乗客が10人。

 サラリーマンや大学生、女子高生など、年齢層は幅広く、雑多で、みんな寝惚けているのかぼうっとしていたり眼をこすっていたり。


 ふあ、とあくびすると鼻声のアナウンスが聞こえた。


『えー次は八両目~次は八両目~』


「八両目ぇ? 変な名前の駅だなぁ」


 サラリーマンが呟いた。


 ……ていうか、そんな駅、私が乗った路線にはなかったような。


 どういうことだろう、と思いつつ電車に揺られていると、



 ずしん。



 大きな震動に列車が揺れた。


 なんだなんだ、と思っていると「おい! 後ろ見ろ!」と誰かが叫んだ。


 振り返ってみると、後部車両へ続く扉が消えていた。何か大きな、円柱状の鉄塊が、ゆらりと持ち上がるのが見えた。


「…………は?」


 なんだか、床と鉄塊には赤いものも見えるし。そういえばこの車両の最後部の席には女子高生が座っていたような————現実感がなくて、だから逆に冷静に思考する。


 だが、私と違って混乱する人も当然いて、


「お、おいこれ……なんだよこれええええええ!!!」


 サラリーマンは絶叫して隣の大学生に食ってかかった。大学生は困った様子で首を横に振った。


『えー次は七両目~次は七両目~』


 再び鼻声のアナウンスが聞こえた瞬間。私は理解した。


 このままでは、自分たちは死ぬと。


 きっと全員が同じ理解に至ったのだ。私達は急いで六両目へと移動した。私が車両の中央部に到着したあたりで、再び、ずしん——と震動が起きて、七両目が六両目の後部とともにぺしゃんこに潰されていた。


 今度はアナウンスが来る前に走った。


『えー次は六両目~次は六両目~』


 五両目の先頭部へ移動して難を逃れ、


『えー次は五両目~次は五両目~』


 四両目を通り越して三両目へ移動して難を逃れ、


『えー次は四両目~次は四両目~』


 二両目へと移動したところで、私たちは脚を止めざるをえなかった。


「————っ!? 祠……?」


 一両目へ向かう扉を遮るように、小さな祠が置かれていたのだ。切妻屋根に観音開きであろう戸を有する、木製の祠。見たところ古びていて、壊そうと思えばきっと、すぐにでも壊れてしまうだろう。


 通路のドアには手を伸ばせば届くが、祠の何かがひっかかっているのか、扉は開かない。


 どうすれば——と考える間にも四両目が壊され、


『えー次は三両目~次は三両目~』


 三両目も、ほどなくして破壊されようとしていた。


 私達がいまいる二両目が破壊されるのも、時間の問題だ。


「君! ここに金属バットがあった! これで……!」


 大学生のお兄さんが、車両の壁面を指差す。本来は消化器が置かれているようなスペース。そこには彼の言うとおり、なぜか金属バットがあって——


 ——私は即座にバットを手に取り、祠に向けて振り被った。


 ずしん。


 三両目が叩き壊されるのと、私が祠に一発目を叩きつけたのは、ほぼ同時だった。


 一発、もう一発と叩きつけると、祠はほとんど崩れていた。


『えー次は二両目~次は二両目~』


 大学生のお兄さんが私の肩を掴むと、私の身体を車両の床に投げた。


「ありがとよ。ひなみ」


 一両目への扉を開けて、大学生のお兄さんは私の名を呼んだ。


 ——どうして、と彼の顔を見て、気付く。そうだ。彼は私のいとこの、桐也くんじゃないか。


 どうして……私は今まで忘れていた。気付かなかったのだ。


 考えて、考えて、はっとする。


 いや、気付かなくて当然だ。だって彼は——


「俺とおんなじ祠を、壊してくれて」


 ——山の中にあった祠を壊して、祟り殺されたのだから。


◇◇◇


 目が覚めると、そこは再び電車の中だった。けれど窓の外にはちゃんと町の風景が見えて、乗客もいつも通りたくさんいて、列車のアナウンスは、私の次の下車駅を告げてくれた。


 どうして、今になってあんな夢を見たのだろう。私は、見てただけなのに——


 そう、思った時だった。


「君、変なのに憑かれてるねえ。よくわかんない神様がこう、肩の上に乗っかてるよ。祠でも壊したのかい?」


 隣に座る男性が、突然そう言った。




 長髪を後ろで一つに束ねた無精髭の男は霊能力者らしい。鈴木と名乗っていたがたぶん偽名だろう。一瞬「田中」って言いかけてたし。

 彼は駅構内の喫茶店でフルーツパフェをゆっくりと味わいながら、私の話を聞いてくれた。

 普段なら、霊能力者なんていう怪しさマックスの人と一緒に喫茶店になんか入らなかったところだ。けれど彼の霊能力は本物だと思った。それに、あの夢を見てからこっち、妙な気配を覚えているのも確かだった。


『ひなみぃ……一緒にいこうぜ。ひなみぃ……』


 そんな桐也くんの声が、ずっと耳から離れてくれない。まるで、耳元で囁きかけられているかのように。


「ふむ。なるほど」


 カンと音を立ててスプーンを置くと、鈴木は腕を組んだ。


「去年の夏休み、祖父宅に親と一緒に帰省した君は、いとこの桐也くんと夜中に山の中を探検した。そこで、桐也くんは祠を蹴り壊してしまったと。……君が見たという、その悪夢の原因はそれだろう、というわけだね」


「……はい」


 鈴木は微笑を私に向け、


「嘘は良くないなァ」


「…………え?」


「夢に出てきた象徴的なアイテムは、祠だけじゃない。金属バットもそうだ。……というか、僕が思うにその、列車を潰していった鉄塊とやらも金属バットじゃなかったんじゃないかなあ」


「ゆ、夢に出てきたからって……」


「君の見た夢が、ただの夢ならそこに意味を求めるのはナンセンスだろうさ。だが、ただの夢なら現実の君に異常が出るはずもない。それも、夢を見た直後から。……ついでに言うと、僕という証人だっているんだぜ。君がうなされはじめた頃から、妙な気配が漂い始めたのをこの目でちゃあんと確認してる」


「………………」


「きっと君の夢は呪いが夢というかたちであらわれたものだ。そして、そういう夢に出てくる象徴的なアイテムには、何かしら重要な意味がある——だから、僕が思うにその桐也くんとやらも金属バットで祠を壊したはずだ」


「それは……」


「しかし、夜中に山の中を男女2人で、しかも金属バット片手にうろつくだなんて……いかにも尋常じゃあないね。一体、どういうつもりで君達は山に入ったのかな?」


 言うしか、ないのか。


「……耳を、近づけてもらえますか?」


 鈴木が顔を近付けてきたのを見て、私もテーブルに身を乗り出す。小声で、周囲の客に聞こえないように言った。


「——アオカン、です」


「————————」


「背徳感で、どこまで気持ちよくなれるか、実験しようって。それで……壊して、そのままそこで」


 鈴木は、目を見開いてしばらく、そのままの姿勢で固まっていた。


◇◇◇


「ゴメンゴメン。罰当たりのレベルが想像の100倍くらいヤバかったからフリーズしちゃった。今時の女子高生ってやつは怖いねぇ」


「あの、去年まで中学生でした」


 鈴木はなんのジェスチャーなのか、両手を上げた。


「でもまあ、なるほど。それなら祠を壊してない君も一緒に祟られるわけだ」


「で、でもどうして一年も経って今さら……!」


「——十月とつき十日とおか


「え……?」


「背徳感による快楽を追及したと言うのなら、避妊具だって当然、付けてなかったんだろう?」


「……まあ、はい。でも、妊娠なんて——」


「それは、君達がお楽しみ中のその時にすでに、桐也くんは祟られていたから、だとしたら? 祟りによってその『種』も変質していた。結果として、君は子を身籠るかわりに呪いを身籠ったんだ」


「呪い、を——?」


「ああ。ふむ。そう考えると君に憑いているソレも神様ではないね。君には桐也くんの声が聞こえている——そう言っていたね?」


 頷く。


「なら、ソレは祠に祀られていた神様と桐也くんの子供——といったところだろう。君という母体の中で二つの霊が混じり、一つになって一人前の呪いに成長し、先ほどの夢をもって、産声を上げたというわけだ」


「じゃあ、私がさっき、この呪いを出産したとでも?」


「出産! 言えて妙だ」


 ぱちん、と指を鳴らして鈴木はパフェの底に残ったひとすくいを口に入れた。

 そのままあまり噛まずにごくんと飲みこんで、


「電車の夢を見たことは場所のせいもあったのだろうが——ただ、それだけじゃあないな。列車は産道だったんだ。君の呪いは一両目への扉を開けることによって、この世に生まれ出た。あるいは、君が祠を壊さなければ——呪いは生まれることすらできずに死んでしまっていたのかもしれない。まあ、過ぎた話だがね」


「ど、どうすれば……私は、どうすればいいんですか?」


 私の耳元では、今も声がしている。


『ひなみぃ……一緒にいこうぜ。ひなみぃ……あの夜と、おんなじによぉ……』


「ううん……どう、と言われてもねえ」


 鈴木は自分のあごひげを指で撫でると、


「だって、誰がどう見ても君の自業自得じゃない」


 突き放すような冷たい目で、そう言った。


「最初は、その桐也くんの呪いかとも思っていたけれど——どうやらそういうわけでもないようだ。まあ、然るべきところで御祓いを受ければ除霊できるかもしれないが——」


「な、なんですか……」


「その場合、その呪いが君に何をしでかすかわからない。強引にやれば手痛いしっぺ返しを喰らうことになるだろうね」


「そんな……」


「————だから、まあ。ひとまずは『子供』の求めることをしてあげて、宥めるところから始めるべきじゃないかな。そうして、子育てが上手くいけばきっと、その子もいつかは独り立ちするさ」


「も、求めることって……」


 聞かなくても、わかっていた。だって、においがどんどん、強くなっていたから。


「自分でわかってることを、他人に訊くもんじゃあないぜ。ま、君には見えてないようだから一応言ってあげると——大層ご立派なものを、屹立させているよ」


 ——会計はしておくから。そう言って、鈴木は喫茶店を出た。


 残されたのは、私一人だけ。鼻をつくあの臭いを消したくて、注文したブラックコーヒーを口に運ぼうとして。



 ぽた



 コーヒーの上に一滴、白いものが落ちた。


 それはミルクのように溶けてはくれず、なんだか粘っこい様相で、コーヒーに沈んでいく。


 私は、自分の右肩を見る。


『ひなみぃ……』


 そこにいたモノを見て、悲鳴を上げた。


(了)

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