第四章 – 最後の戦い
1. 現在地
二度目の東亰FKを迎える前に、一度今年の東亰FKに目を向けてみよう。前年度はNリーガを制し、二連覇に向けて今シーズンをはじめた東亰FKだが、現在はリーガ四位と厳しい上位争いの中、苦戦しているようにも見られる。
そのため東亰FKの二連覇は極めて非現実的な話であるというのが世間から見た評価だ。特に、昨年度攻撃において早い試合展開を可能にしていた藤原智の欧州移籍もあり、依然強いチームではあるのだか、優勝できるほどでもないという。
真岡シュピーゲル戦を控えた直近五試合の試合結果は三勝二敗。二連敗を期しており、順調とはいえない様子だ。
この結果に対して、東亰FKについて特集を組んでいるスポーツ紙、であり、国民新聞社が発行している東亰スポーツ新聞はかつて戦いの天才と紙面で称えた、あのコルテス監督がチームの不振の元凶であるという。
元々コルテス監督はサッカー選手としての経験は無く、故郷アルゼンチンで何をしていたのかという経歴についても、不明な点が多い。ただ戦術家として卓越した才を見せ、選手たちの力を把握した上で最善の戦い方を作り出している。それだけが事実だ。
そんなコルテス監督には選手が試合の中でどれほど消耗するのかや、精神状態の変化が分かっておらず、そういった面を考慮せず目に見えている選手の実力だけで戦術を組み立て、選手に活躍を求める。
その「分かっていない」多くのことが選手を肉体的にも精神的にも疲労感を与え、勝利を遠ざけているのだと報じられた。
この話は本当なのだろうか?私はシーズンオフを利用して東亰FKの選手数人に話を聞くことが出来た。
皆コルテス監督について冷たい人に見えるが、実際優しく、選手のことをいつも気にかけている、と一見スポーツ紙の報道とは真逆のことを言っているように思えたが、東亰FKのフォワードの福田大介選手は興味深いことを言っていた。次のようなものである。
「プレーの様子や他の選手との会話とか、そういうところで俺とか他の選手がどんな調子かってのを見てるとは思うんですよね。けど、試合だと俺達のこと、試合をする機械としか見てないんじゃないかって思う時もあって」
福田選手は思い違いだと良いけれど、と冗談めかして笑っていたが、得点しても失点しても表情ひとつ変えずにピッチを見つめ続けるコルテス監督の姿は確かに、将棋やチェスのプレイヤーを思わせる。
この件についてコルテス監督に話を聞いてみた。話を切り出した私に対し、直接聞くんだなと返し、私が頷くのを見ると、彼自身が選手たちを、そしてチーム関係者をどう思っているのかを聞かせてくれた。
「チームは俺一人では成り立たない。チームを運営する人がいて、選手がいて、応援してくれる人がいて、初めて成立する。俺は彼らを尊敬しているよ。選手を試合のための道具として扱っているようにしか見えないのなら、勝手にそう見ていればいい」
冷たく、世間を突き放すかのようにそう言い切ったコルテス監督だが、でも、と話を続ける。
「選手からも俺が人を道具としてしか見ていないように見えたなら、それは改善しなければならない。どうにも戦術を優先しようとしてしまうところはあるからな」
そう言って私にお礼を伝えるコルテス監督の姿は、選手たちが言うように優しく、人をよく見ている人物なのかもしれない。
このような状況の東亰FKに対し、真岡シュピーゲルが好調であるかというと、そうとも言えない。直近五試合の成績は二勝三敗。勝ち点三は一度も獲得できていない。
十一月も終わりを迎え、日本最北の地、樺太県は、冬を思わせるような冷たい風が吹き、雪が積もるようになった。
選手たちも、夏の猛暑から解放されたと思いきや、次は厳しい冬の寒さに襲われることになるのだが、それを感じさせないほどより一層練習に打ち込んでいる。
練習場のピッチにスポーツドリンクと水を運ぶスタッフも、最近寒くなりましたねと述べていた通り、真岡市はこれから長い冬を迎えるのだろう。
監督が休憩を言い渡すと、選手たちはすぐに飲み物置き場に駆け寄り、水やスポーツドリンクへと手を伸ばす。水を体にかける選手も当然いるが、肌で真岡市の寒さを味わいながら見ていると、寒くないのだろうかなどと思ってしまう。
練習を終え、昼食の時間を迎える選手たちは、数日もすれば開幕戦で苦汁を飲む結果を突きつけてきた東亰FKを、今度は真岡市民球場で迎え撃つことになる。数人の選手に、何か思うことはあるか聞いてみたところ、試合への姿勢や意気込みを教えてもらうことが出来た。
まずは、キャプテンとしてここまでチームを率いてきた水田翔選手だ。ピッチ上では中盤で攻撃に転ずる選手たちのためにボールを前線へ運び、時にはシュートのアシストを行っている。そんな彼は、次の試合について、こう語っている。
「相手がだれであろうと俺たちは勝つだけ。他に言うことがあるとするなら、チームを支えてくださっている方、応援してくださる方全てに、勝利を捧げたい、かな」
次に、私の声掛けに話をしたそうに現れたのは、エルメンコフ選手だ。早岡選手と共にエースストライカーともいえる選手であり、様々な試合でゴールを決めてきた。
「開幕戦ではベンチで見ているだけでしたが、次の試合では出てゴールを決めたい。東京まで来てくれて悔しい思いで帰ることになって、誰もが悔しい思いをしたと思うので、喜びがほしいと思う」
昼食の場では、私は隅で持参したものを食べているだけだが、選手というプロフェッショナルの体調管理という面で多種多様な食べ物が用意されており、選手たちはコミュニケーションを取りながら、楽しそうに食事の場を過ごしている。
環境音と同じように聞こえてくる会話の内容は流行りのドラマやアニメ、ゲーム作品の話や、趣味で行っていることなど、選手たちと同年代の若者がするような話が殆どで、ピッチの外では彼らもまた二〇代から三〇代の若者にすぎないのだなと改めて思う。
早めに食事を済ませ、誰もいない練習場の寒さを味わいながら真岡市の長閑な自然風景を眺めていると、これほどゆっくり時間が流れていくような心地がする真岡の地で、あれほどの激戦を繰り広げられるチームが生まれたことは素晴らしいことだと改めて思う。
これほど雄大で緩やかな緑の中に、練習場が切り開かれ、真岡市民球場もサッカーのプロチーム誕生とともにより多くの人を収容できるスタジアムとして生まれ変わった。二〇世紀最後の年に生まれたクラブのため、市全体がサッカーを行える環境を作ってきたのだ。
この都市で今年最後、真岡シュピーゲルは何を見せてくれるのだろうか。
次の更新予定
真岡シュピーゲルの挑戦 燈栄二 @EIji_Tou
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