3. VS フィオレット鈴鹿 - 2

 目の前の現実をどう解釈しようと、次節は平等に訪れる。迎えた第二八節、対戦相手はフィオレット鈴鹿だ。第一章で語ったことを覚えているだろうか。


真岡シュピーゲルがN1で初めて勝利した相手だ。樺太県真岡市。真岡市民球場には本土から多くの人が来場していた。当時最下位だったチームに負かされ、フィオレット鈴鹿のサポーターも悔しい思いをしたのだろう。


私は、鈴鹿のサポーターに話を聞いてみることにした。はるばる愛知県挙母市からこの北方の地にやって来たと語る鈴鹿サポーターはなんと第五節の試合の場にいたらしい。


「まあ……ぶっちゃけ言うと悔しかったね。こっちも負けるとは思ってなかったし、所詮は外地。こっち(旧内地)ほどスポーツ文化が普及してるイメージもなかったし。ド田舎だと思い込んでたけど、流石はN1に上がってくるチームは甘くないよね。今回こそは負けませんよ」


じゃあ、取材頑張ってね、と私をねぎらい鈴鹿サポーターの男性は手を振りながら去っていった。


 樺太県真岡市という地への日本列島内の多く人が持つイメージが、彼の話から鮮明に見て取れたような気がした。


二〇三八シーズンが始まって以降、真岡シュピーゲルの勝利を一向に評価する気の無い人々も多く存在する。また、スポーツ系のメディアも真岡シュピーゲルの勝利を快く思っていない。


勿論私のインタビューを受けて下さった鈴鹿のサポーターのような考え方の人が全てではないが、明治時代以降に日本の領土として組み込まれた、歴史的に新しい日本を、未だに我々は受け入れきれていないのだろう。


 真岡市民球場には多くのサポーターが集まり、試合前の高揚感と緊張感が混ざり合った、独特の雰囲気が作られていた。


ロッカールームで選手入場前に着替えを済ませた選手たち。その目は今日も勝利を渇望していた。しかし、どこか今日は自信を持っているようにも感じられる。


一度勝利した相手だからだろうか? その答えは先日悔しさと怒りの入り混じった感情を露にした水田選手が教えてくれた。


「全員、前のフィオレット鈴鹿戦は覚えてると思うけど、あの時俺らは最高のプレーで勝ち点を奪い取った。俺らはあの瞬間からとっくに成長してる。N1で長年戦ってきたチームをいくつも負かせてきた。絶対勝ち点三をとる! 行くぞ」


 水田選手の鷹を思わせるような鋭い視線がチームの仲間たちを見つめる。皆、見えているのは勝ち点三だけ。勝利以外の未来を持っていないかのような空間に、私は正直圧倒されていた。


 試合開始のホイッスルが鳴り響く。三-四-二-一の鏡合わせ。真岡シュピーゲルが向き合っているのは三重県鈴鹿市のフィオレット鈴鹿か、世間から時代遅れの地と思われ、根強い区別のような思想に晒され続ける自身らのチームか。


一つの試合にどのような思いを持ち、どのような気持ちで挑むかは、選手とサポーターの数だけ答えがあるのだろう。


 前半はフィオレット鈴鹿が積極的に攻め込み、真岡シュピーゲルは防戦一方となった。


特にフィオレット鈴鹿のセンターフォワードとそのサポートをするかのように立ちまわるミッドフィルダーにより真岡シュピーゲルのディフェンス選手はボールを持つたびに寄せられ、ボールを奪われて失点しかねない展開が続いた。


加えて、中盤でも鈴鹿のボランチとウィングバックが躍動し、ボールが前進するのを全力で阻止していた。フィオレット鈴鹿はシーズン中盤から三-四-一-二を主な戦術として利用しており、今回の采配は真岡シュピーゲルの攻撃力を封じる狙いがあってのものと思われる。


 前半戦は結局、真岡シュピーゲルは殆ど攻撃に転ずることは出来ず、ゴール前で守り続ける展開が続く。


前半四三分に迎えたフィオレット鈴鹿のセットプレー。ここで失点してしまえば後半守りを固めてくるだろうフィオレット鈴鹿から得点を奪うことは難しくなってしまう。


フィオレット鈴鹿のミッドフィルダー、能上伸弥から放たれたボールは一直線にフォワードの山田由亜に向かう。


このボールをとった山田は真岡シュピーゲルのディフェンスの森と荒井を振り切ると、キーパー正面を狙ってシュートを放つが、これはキーパー片岡の左足に弾かれた。


 こうして前半は終了し、フィオレット鈴鹿は決定機を何度も逃し、真岡シュピーゲルは何とか失点を防いだ前半となった。


ハーフタイム、スタジアム内では企業の宣伝やアーティストのパフォーマンスが行われているが、その裏では選手たちが体力を取り戻しながら後半戦、フィオレット鈴鹿にどう対応していくのか、監督を中心に話し合いが行われていた。


ロッカールームは冷房が効いているにも関わらず、選手の熱意からか汗をかいてしまいそうなほどの暑さだった。


 後半、前半に積極的にプレスをかけ続けたフィオレット鈴鹿は運動量を落とす可能性があると考えられ、動きが遅くなったところで真岡シュピーゲルは運動量を落とさず、確実にゴールへと進むという決断がなされた。


一瞬の気の緩みすら許されない。そういった空気感が選手たちの中を跋扈していた。


 十五分という時間が終わると、選手たちが再びピッチに戻っていく。食事や休憩をしていたサポーターも席に戻り、試合開始前と同じく、独特の空気感がスタジアムを覆いつくす。


真岡シュピーゲルの選手たちが円陣を組み、各ポジションへと散っていくと同時に真岡シュピーゲルのサポーターによる応援が始まった。そこから遅れること数刻、後半開始のホイッスルが鳴り響いた。


 真岡シュピーゲルはこのハーフタイムに選手交代を行った。中盤のセンターハーフを担っていた神田章がドリブルを得意とする成瀬元気と代わることになった。


 この交代が吉と出たのか、真岡シュピーゲルは後半になるとボールを保持した後、攻撃に転ずることが出来るようになった。


ディフェンスのボールが中盤に到達すると、成瀬がドリブルで相手選手を交わし、前方で走るフォワードへとパスを出す。フォワードの放ったシュートはキーパーに弾かれる。しかしまだ前線には多くの選手が残っている。


セカンドボールを真岡シュピーゲルはとりに行き、複数回にわたって攻撃を仕掛けていた。


 後半もあと少しになり、サポーターが延長戦の覚悟をし始めたアディショナルタイム、ディフェンスを躱したフォワードの佐藤がそのままゴールへと疾走する。その様子は一瞬にして吹き抜けていく風のようであった。


風の勢いは衰えることを知らず、とうとうフィオレット鈴鹿のゴールネットの中へとボールを押し込んだ。試合終了直前、真岡シュピーゲルは再び、フィオレット鈴鹿から勝ち点三を手に入れて見せたのだ。


 この勝利は真岡シュピーゲルの快進撃が偶然の産物ではないことを証明したのではないだろうか。


特に、真岡シュピーゲルに対し対策をしてきたフィオレット鈴鹿を撃破したという事実は日本列島の人々を驚愕させた。スポーツ発展途上の地という旧外地のイメージは、少しずつ真岡シュピーゲルのスマルト色に塗り替えられていった。


 この試合における勝利について、一点を獲得した佐藤悟選手は次のように語る。


「ディフェンスからボールを奪った時点でもう行くしかないと思った。誰かにパスを回したらその瞬間鈴鹿は守備陣形を作ってくると思ったから。もう外す外さないじゃなくて、俺がシュートする、それ以外脳みその中になかったです」


 佐藤選手と言えば、エルメンコフ選手と共にゴールを奪ってきた印象が強いが、決めるべき時を見極め、場合によっては自身がゴールへと進んでいく、ある意味賭けともいえる判断を下せる選手なのだ。改めてその判断力に脱帽せざるを得なかった。


フィオレット鈴鹿戦を終えた真岡シュピーゲルの戦いは続く。リーガ後半に差し掛かってもなかなか勝ち点を伸ばすことが出来ず、勝利したのは神戸ヒメル、ルシーニュ三条、名古屋シュヴェーアトヴァル戦のみ。


降格圏内ではないものの、他チームの勝敗結果ではすぐに残留争いに巻き込まれかねないという順位の中、とうとう二度目の東亰FK戦が近づいてきた。

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