第4話 顛末
「あーあ。これもうダメになっちゃったかぁ……」
先ほどの豪雨でポケットに入れていたタバコが浸水してしまった。
落としたスマホは水没してしまったか、と思ったがなんとか生きていた。現代科学に感謝したい。
依然、村民たちは目の前に現れた大蛇にわなわなと震えていた。
人の身長を優に超える、人里に非ざる大蛇は村民を威嚇するように舌をちろりと出す。
「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
村民たちが石階段に殺到し、駆け下りて行った。
「ちょっ……どこ行くんだよ!! これ外してくれよ!!!」
「あー、はいはい、今縄を解きますから」
泣き叫ぶホテル建設責任者を拘束していた縄を解いた。
「くぅ……なんてヤツらだ……こんなこと許されないぞ……」
「……まぁ、彼らなりに守りたいものがあったってことなんでしょ」
愚痴垂れる建設責任者を尻目に、鏡は大蛇――長井の方を見た。
「この村は、定期的に飢饉に見舞われていた。それを土地神『ひでり様』によるものだとした村民は、生贄を捧げて『ひでり様』を鎮め、さらに祠でその効力を強めた。――が、近年の開発により信仰は薄れた。その果てがこの惨状ってことか」
しゅるるる、と、大蛇が元の人の形に戻ると、鏡のもとに駆け寄った。
「っ、先生! 怪我は大丈夫ですか!?」
「あぁ、平気だよ。大した傷じゃないし」
石をぶつけられた右手には血が滲んでいたが、そこまで酷い傷でもない。
「あの人たち……」石階段の方へと降りて行った村民たちを睨みつけて長井は呟く。「人に石をぶつけるだなんて、本当に信じられません。もう少し痛い目を見させてやらないと――――」
「その必要はないよ、蛇のお姉ちゃん」
ふと、先ほども聴いた少女の声がした。
「もうすぐあの人たちは罰を受けるんだよ」
「そうだよ。怒った神様がこわーい天罰を下すんだから」
ふふっ、と、少女は相変わらず微笑みあっていた。
「ここは危ないから、お姉ちゃんも先生も、ホテルのおじちゃんも一緒に逃げよう」
逃げるって、と問うより前に、鏡と長井、そして建設責任者の男を挟むように二人の少女が対極に立った。
せーのっ、と、少女が二人声を合わせると、周囲が白い光に包まれた。やがて光が晴れると――そこは先ほどの神社の境内ではなく、この村に建てられた公民館の近くだった。
山の方から轟音が鳴り響いたのは、その直後のことだった。
◆
「――それで、結局まだ見つかってないんですよね」
「うん、そうみたいだね」
大学の研究棟。
乱雑に積まれた本は、まるでジャングルに鬱蒼と茂る木や蔦のようだった。
そんな本の森の主である鏡は、ネットの記事を見ながら長井の言葉に返事をする。
九州のとある山奥の村落にて、土砂崩れが発生した。
何人もの村民が巻き込まれ、十数名の死亡が確認された。
そして土砂崩れから一週間経った今でも複数名の行方不明者が見つかっていないのだとか。
「あ、そう言えばあの村、ホテル開発するんだってね」
「え、そうなんですか?」
「そうみたいだよ。ホテル建設反対派連中の中核は、その大半があの土砂崩れで死んじゃったからね」
「……っ」
その事実に、長井は苦虫を噛み潰す表情を見せた。
「まぁ、長井くん、君が思いつめることはないよ。前日の地震であの辺の地盤が緩んでいたんだ。自然災害と神様には、人間どうやっても勝てないもんだよ」
理不尽に襲い来る自然災害を神の怒りに見立て、それを鎮めることで平穏を保って来た。
だが――日夜技術は進歩していくもので。
現在、地震や洪水など、ある程度の災害であれば人間は対処できる。人間にはどうしようもない神の怒りであったソレは、それなりに対処可能なモノへと堕とされた。
「……あんな状況になってホテル建設だなんて、一体誰がそんなことを――――」
「『ひでり様』が祀られてる神社の神主さんが誘致したらしいよ」
「え?」
衝撃の事実に、長井は言葉に詰まった。
「神社で助けてくれた女の子がいたでしょ? あの子、あそこの神主の双子ちゃんらしくてね。詳しい話を後日聞いたんだ。最初にホテル建設を誘致したのは、あそこの神主とその奥さん――巫女さんだって」
「えっ……どうしてですか?」
「まぁ、シンプルに言えば村の税収を上げるためじゃない?」
両手を頭の後ろで組み、鏡はあくびを一つした。
「神社の方もだいぶ老朽化が進んでるみたいだし、直すのにも結構お金がかかるからさ。追い打ちみたいに雷に打たれちゃったし。あと、地元住民からのお布施やら寄付やらでは生活が立ち行かないって言うのもあるんじゃない? 最近値上げすごいし」
あれ? お布施ってお寺だっけ? とか、他愛もないことを考えながら鏡は姿勢を戻す。
「……」
「ん、どうしたの、長井くん」
「いいえ、その……」長井は口元を抑えながら呟いた。「嫌な想像をしてしまったといいますか……」
「嫌な想像って?」
「今回の件、神主さんたちが仕組んだことだとしたら、って」
祠の破壊は、最終的にホテル建設反対派の村民を土砂崩れに巻き込む悲劇を招いた。
これにより、神社側の悲願であるホテル建設が叶ったのだ。
「……どうだろね。彼らが祠の破壊なんて罰当たりなこと自分からするかね?」
「あの祠って、『ひでり様』の力を封じるためにある結界の要石ですよね。要は、あの祠自体に『ひでり様』の神性はない。神社を守りたいのとあの祠の守護は別という可能性はありませんか? ……まぁ、いくら自分の神社で祀っている神と直接関係ない祠だからって平然と壊すとは思えませんけど……」
全ては偶然か、必然か。
鏡たちが真相を知ることは、きっとないだろう。
誰が祠を壊したか。 佐倉ソラヲ @sakura_kombu
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