第3話 祟り

「だからやめようって言ったんですよ!!!」


 沈黙を破る声が響く。


「ほ、祠なんて壊したら……絶対バチが当たるって……!!!」

「おい、なんでそんな弱気になってんだよ。今時神の天罰とか起こるわけないだろ」

「で……でも、昨日だって地震が起きたわけだし……」

「たまたまだろそんなもん。疑心暗鬼になってるだけだって」


 錯乱しだした村の男を、周りの村民たちが宥めていた。


「う……うるさい!!! 俺は祟りなんて嫌だ!!!! 息子も産まれたばっかりでまだ死にたくないんだよ!!!!!!」


 男が境内を駆け出し、石階段を駆け下りて行った。

 遠くから車のヘッドライトが近づいてくる。石階段に面した道路を走行しているようだった。


 直後、ぐしゃっ、とフレームが壊れる音と人が倒れる音がした。


「すみません! 大丈夫ですか!?」

 運転手がドアを開けて撥ねた男に近付いた。


「ヒッ……し、死んでる……」

 運転手の悲鳴は、境内まで届いていた。


 境内の誰もが言葉を失う。そして、静寂の中で一人が呟く。


「た……祟りだ……本当に祟りが起きたんだ……!!!!」


 境内はパニックに襲われる。呆然と立ち尽くす者、急いで逃げ出そうとする者、その場で泣き崩れる者。


 鏡は、そんな光景に呆れながらタバコをふかしていた。


「い、いや……むしろ好都合だろ!!!」


 村民の一人が金属バットを引きずりながら、捕らわれているホテル建設の責任者の前に躍り出た。


「今ここでコイツを殺しても、全部祟りのせいになるもんなぁ!!?」


「そうだ……! 殺すなら今だ!!!」


 村民の言葉に周囲も「そうだそうだ!!」と囃し立てた。


「こ、殺すぅ!!?!?? なんでそうなるんだ!! だっ、誰かぁ!! そこのアンタでもいいから助けてくれぇ!!!」


 責任者は遠くに立つ鏡に助けを乞うた。


「なんか、とんでもないことになったなぁ……」


 ポツリと呟くと、村民の視線が鏡に向いた。


「なぁ先生、このことは警察にも皆にも黙っててくれるよな……?」

 村民の男が鏡に歩み寄って肩を掴んだ。


「いや、無理。僕は善良な一般市民の役目を全うする義務があるから」


 ともかく、警察に通報しよう。たかが大学の准教授一人にできることには限りがある。

 タバコを捨てて火を消そうとしたが、そう言えばここは神域であった。敬意は払わなくては、と、ポケットから携帯灰皿を取り出してタバコを消す。


 警察に通報しようとスマホを取り出した。が、鏡の手に激痛が走った。

 何者かが石を投げ、鏡のスマホを落としたのだ。この状況じゃなければナイスコントロール、と褒め称えたいところだ。


「そんなことさせるわけにはいかないですよ先生」

 武器を構えた村民たちが鏡ににじり寄る。


「神様の目の前でやっていいことと悪いことがあるんじゃないかな。いや、人殺しは神様の前じゃなくてもダメか」


 呑気に言いながら、鏡は両手を挙げて後ずさりする。


 ぽたっ、と、水滴が鏡の頬を打った。直後に、ざぁぁと雨音を立てて雨が降って来た。


「雨だ」

「わぁ、大変ね」


 ワンピースの少女二人が、手を繋いで境内を離れ、石階段を降りて行った。

「えっ、危ないよ? 本殿で雨宿りしていた方が――――」



 がっしゃーーーーーん!!!!!!!



 と、大きな音と共に周囲が光に包まれた。突然のことに閉じた目をゆっくりと開けると、村民たちが悲鳴を上げた。


「ほ、本殿が……!!!」

 焦げ臭いにおい。本殿に雷が落ちていた。


「やっぱり祟りだ!!」

「このままだとまずいんじゃないか……? こいつらを殺した後にも祟りが続いたりしたらどうするんだよ」

「それは心配ない。生贄として捧げる娘はもう用意してある」


「……生贄?」


 村民たちの不穏な会話に、鏡は眉を顰める。


「そうだ、先生。すまないとは思っているが、あなたのところの生徒さんを『ひでり』様への贄にさせていただく」

「……」


 肩を雨が打つ。

 鏡の目の前がぐらりと揺れる。


「それはまずい。彼女は今どこにいるんだ?」

 目の前の村民の肩を掴んで問い詰めた。


「そっ、村長の家だ。睡眠薬で眠らせて、いつでも生贄にできるように支度をしているはずだ」

「それはまずい。彼女を絶対に『ひでり』様に捧げるな」


 切羽詰まったように言う鏡に、村民たちがたじろぐ。

 確かに――長井は鏡にとって大事な生徒だ。だが、鏡の言葉の端々からはそれ以外の重大な何かが感じ取られた。


「先生、アンタが生徒さんを大事に思うのはわかる。でも俺たちだってやらなきゃいけないことがあってな――――」


 雨が強くなる。

 どこかに雷が落ちる音がした。


 ぞわり、と背筋に緊張感が走った。


「まずい、全員伏せろ!!!!」


 肩を掴んでいた村民を地面に引き倒し、鏡は地面に伏せた。

 まるでバケツをひっくり返したかのような雨。滝にでも打たれているのかと錯覚するほどのそれが収まると、それまでの降雨が嘘のように晴れた。

 雨音はせず、近くの木の葉から水がぽたぽたと垂れる音が、どこからか聞こえる。


「ひっ、ひぃぃぃ!!!!!」


 顔を上げた村民が悲鳴を上げた。あぁ、どうやらようだ。


「なんだありゃあ!!!」


「ば、バケモノ……!!!」


 村人たちは口々に叫びながら石階段の方へと逃げる。が、轟音と共に砂埃が上がり、村民たちの行く手を阻む。

 泥だらけの鏡は身を起こし、自分のそばに現れたに声をかけた。


「殺しちゃダメだよ、


 しゅるり、と巨大なとぐろを巻いた胴。体の表面は人間のそれではなく、この世の物とは思えぬ光を放つ鱗だった。

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