第11話 もっと知りたい


「なにから話したらいいのかな……」

「クラウガっていうのはリンの家名だよね?」


 僕もリンの隣に座った。


「そう、私の名前はクラウガ・リン。普段はなるべく話さないようにしているけど」

「それはどうして?」

「クラウガ一族は呪術師の一門なんだ。でも、生き残っているのは私一人だけ。もし、ゴーダンの手の者に見つかれば必ず追手がかけられるから」

「クラウガ家を滅ぼしたのは、そのゴーダンっていう魔物なんだね」


 リンは青白い顔でうなずいた。


「ゴーダンっていうのは北方に住む強力な魔物なんだ。クラウガ一門は奴を滅ぼすべく全面戦争に突入したの。いちどはゴーダンを追い詰めたんだけど、けっきょく返り討ちにあってしまったわ」

「そんなに強い魔物なのか」

「一説によると神にも匹敵する力があるそうよ」


 神といっても僕のような土地神レベルではないだろう。

 ここでいう神とは、中級神や上級神のことをさしているに違いない。


「私たちは深夜に奇襲をかけられたの。子どもだった私はばあやに連れられてなんとか脱出できたけど、それ以外の家族はぜんいん死んでしまったわ」


 リンにはそんな過去があったのか。


「家名を名乗らないのはゴーダンに目をつけられないため?」

「ええ、やつはいまだにクラウガ一門を狙っているの」

「でもなんで? こう言ってはなんだけど、リンが生き延びたって、ゴーダンはたいして困らないだろう?」


 リンはゆっくりと首を横に振った。


「それは違うわ。やつはいまだにクラウガ家を恐れている。というよりも、クラウガ家に伝わる秘伝書を恐れているのよ」

「ひょっとして、そこにはゴーダンを倒す方法が書かれているの?」

「修行の浅い私には実践することは不可能だけど、さまざまな呪術の技がそこには記されているの。ライキを呼び寄せた術もその一つだよ」


 それでリンは僕を使役できたのか。

 いくら神格の低い土地神とはいえおかしいと思ったのだ。


「私ははるか南の地であるグロウ地方まで逃げてきたけど、ゴーダンはここにも目をつけていたんだわ。さっきのはゴーダンの尖兵。やつらはまず、ああいった魔物を送り込んで、土地のようすを探らせるの」


 そうやって支配地域を拡大しようとしているのか。

 本格的な侵攻はまだ先だろうけど、これは憂慮すべき事態だ。

 不意にリンは下を向いてしまった。


「ごめんね、ライキは戦えないってわかっていたけど、一人じゃどうしようもなかったんだ。私、未熟だから式神も一匹しか確保していなくて」

「そのことはもういいって言っただろう?」


 リンは辛そうに唇を噛んでいる。

 僕を戦闘に巻き込んでしまったことを本当に悔やんでいるようだ。


「わかった、僕も本気で修業するよ」

「修業って……」

「ずっと言っていた剣術の稽古さ」

「ライキ……」

「ゴーダンのことは君一人だけが背負うことじゃない。この地域の土地神である僕もできる限り協力するよ」

「でも、いいの? とても危険なことなんだよ」

「僕だってここの土地神だ。この地域を守ろうとするのは当然じゃないか」

「土地神の中にはゴーダンの軍門に下る者も少なくないの。そういった神々はいい待遇を受けて、魔物の悪行を見て見ぬふりをすることだってあるんだよ」


 悪徳警官みたいなやつらだな。

 映画で見たことがあるぞ。

 マフィアや麻薬カルテルなどから買収されて、やつらを見逃す輩だ。


「僕はそういうのは嫌だから、リンと一緒に戦うよ」


 そう言っても、なぜかリンは不安そうだ。


「本当にいいの? ゴーダンの配下になれば供物だっていっぱいもらえるんだよ。高級なお酒や料理とか」

「お酒は飲んだことがないし、料理は自分でするからいいよ。一人暮らしになってやりだしたけど楽しいんだ」

「お金だっていっぱい手に入るのよ」

「あんまり興味がないな。僕はまだこの世界の通貨単位さえ知らないんだ」

「女だってあてがってもらえるって噂だよ」


 アテンドされても扱いに困っちゃうよ。

 だいたい、なにを話していいかわからない。


「女性に興味がないわけじゃないけど、そういうのは嫌なんだ」


 リンは穴が開くほど僕の顔を見つめている。


「じゃあ、本当に私と一緒に戦ってくれるの?」

「そう言っているだろう?」

「あの予言はもしかして……」


 リンはじぃっと僕を見つめたままだ。


「予言?」

「な、なんでもないの!」


 慌てて目を逸らして、リンは黙り込んでしまった。


 ***


 クラウガ家の当主クラウガ・トーキンは、自分の孫であるリンが生まれた際にこう予言した。

「この子は、いずれ強大な神を降臨させるだろう」と。

 その神というのがライキのことであるかどうかはまだわからない。

 ただ、リンが使う降神術はクラウガ家に伝わる特殊な呪法である。

 リンは知らないが、クラウガ家の長い歴史の中においても、この術を使えたのは彼女を含めて三人しかいないのだ。

 秘伝書に曰く、術者と降ろす神の関係が親密であればあるほど、互いの力は増すものなり。

 つまり、私とライキの仲が近づくほど、私たちの力は強くなるのかしら?

 もしそれが本当なら……。

 リンはライキの顔をあらためて見た。

 ちょっと頼りないところもあるけど、ライキのことは嫌いじゃない。

 だけど、今の関係からさらに踏み込んで、より親密になれるかどうかは今後次第だろう。

 しばらく考え込んでからリンは再びライキの顔を見た。


「私も……、私もライキのことをもっとよく知りたい……かな……」


 それだけを伝えるのが今のリンには精いっぱいだった。

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神さま、ヘルプ! 急急如律令♡ ~呪術師の女の子がこき使うので、新米神さまの僕はのんびりできません 長野文三郎 @bunzaburou

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