あの子メトロノーム

音愛トオル

あの子メトロノーム

 沙季さきを見送る時、私はいつも姿が見えなくなるまでゆらゆら揺れる沙季のポニーテールを追っている気がする。電車の待ち時間、なんとはなしに毛先を撫でていた時にふと思ったのだ。

 冬の乾燥した指先が触れる、ほんの小さな枝毛が手を振っているみたいに見えた。沙季と出会ってからは、中学生の時から伸ばしっぱなしの髪を背伸びしておしゃれなお団子にするようになったのはなぜだろう――


「ひょっとして、私」


 消えては浮かぶ、泡沫うたかたの後ろ姿。

 あまり積極的な方ではない私と対照的に、いつも明るくて眩しい沙季はクラスでも人気者で、正直どうして仲良くしてくれているのか分からなかった。前に一度そう尋ねると、


「そんなの、あたしがあかりと居たいからに決まってるじゃん!」


――と言われてますます分からなくなった。


 ガラガラの車内、座る席なんていくらでもあったけれど、なぜか一人では座る気にもなれず、中途半端な位置でぼうっと車窓の奥を流れる景色を見つめた。雪も降っていない良く晴れた午後、冬の空気は町を覆い、どこか重い印象を抱かせる灰色。

 いつの間にか窓を滑り落ちていく町並みが私の思い出と重なっていく。

 沙季は高校生になって初めて出来た友達で、沢山の初めてを教えてくれた大切な――友達で。

 沙季を思うときに調子が外れる私の胸のメトロノームは、だからきっと嬉しいからだと思っていた。交わす度に増えていく思い出が、温かな初めてが。

 けれど、それはきっと正確には間違い。


「私、沙季が好きなんだ」


 口の中で転がしてみると、案外すんなりと溶けて、柔らかな味が広がった。

 私を手招く沙季の踊るポニーテールにつられてこの鼓動も早くなる。私のメトロノームは、あの子のポニーテールだったのだ。


「――好きも、初めてだ」


 脳裏に浮かぶ沙季の笑顔が、私の名前を――「燈」とそう呼ぶ伸びやかなアルトを、想像するだけで息が苦しくなる。この電車が、私を沙季の元に連れていってくれればいいのに。


――早く明日が来て欲しい、のに。


「明日、どんな顔で沙季に会えばいいの……っ」


 ほんの少しだけ混ざった不安を、精一杯のおしゃれで掻き消そう。

 少しでも、隣に居て釣り合う自分になりたいから。


 だってもう私は、後ろ姿を見つめるよりも、隣に居たいんだって気が付いたから。

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