第8話 事故と霊魂②(完)

 妻には言えなくても、会社のホラー小説好きの友人には言えるものだ。

 翌日、僕はその友人A氏に昨晩の出来事を全て話した。

 A氏は頷きながら話を聞いた後、

「昨晩は見事な満月だったなあ」と感慨深く言って、

「月には引力があるだろ。その引力で海には満潮や引き潮があるのは知っているよな?」と続けた。

 A氏は僕の顔を見ながら、

「けれど、月は水を引き上げた際に、他の余計な物を引き上げてしまうらしいんだ」と言った。

 その先の言葉は分かるような気がしたが、敢えて「何を引き上げるんだ?」と訊ねた。

「霊魂さ・・人の魂だよ。もちろん亡くなった人の魂で生霊じゃない」

 A氏は強く言った後、

「霊魂は人が考えるほど、軽くはないんだよ。その質量はけっこう重いんだ。けれど、月の引力の助けで、浮き上がったりすることができるらしい」と説明した。

 A氏の話の信憑性は定かではないが、彼は続けて、

「地上に降り立った霊魂は、生きていた時の姿、或いは自分がそうなりたかった年齢の姿で現れるらしいよ」と言った。

 それで、亡くなった時よりも年齢が上だったのか。

 A氏は、「けれど、所詮は引力の成せる技だ。霊魂は不安定なんだ。だから、すぐに人間の形を保てなくなる」と言った。

 彼女たちは月の魔法が溶けるように、その形が崩れた。


 友人との会話はそれで終わった。

 最後に訊ねたことがあるが、それについては分からないと言っていた。

 その疑問・・それは、あの女の子たちが俺の子供の頃の知り合いと似ていたことだ。

 どういう訳なのだろう。説明がつかない。

 不良娘のサキ、真面目なヒトミ・・

 だが、亡くなった二人の子供が、本当に僕が出会った不良娘と真面目な子だったとは限らない。あの二人は、僕の思い込みが生み出した幻影かもしれないのだ。


 僕は思い出していた。幼き日の祖父の言葉だ。

 祖父はあの後、確かこう言っていた。

「満月の夜、池の傍に近寄ってはいかんぞ」

「何でなん?」

 僕が訊ねると、祖父は怖い顔でこう言った。

「池に近寄ると、その中から出てきた者に、『死』の世界に引き摺り込まれるからだ」

「出てくる人って誰?」

 背筋がぞぞっとしながらも訊ねると、祖父はこう言った。

「・・お前を恨んでいる者だ」

 


 

(了)

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満月の夜に浮かび上がりし者(短編) 小原ききょう @oharakikyo

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