最終話 新たなる戦いへ

「もうひとつ、質問に答えて」

 まりんちゃんはそこで一旦、言葉を区切り、一呼吸間を置いてから意を決したように口を開くと問い質す。

「私の現状を知っているあなたなら、これも知っている筈よね。私の、本当の身体をどこに隠したの?」

 顔色ひとつ変えず、声の調子を保ちながら堕天使は返答。

「さぁ……どこに隠したかな。歳のせいか、記憶が曖昧でね……いまいち思い出せない」


 わざとだ。あいつ、絶対わざと思い出せないふりをしている。

 物陰に身を潜めながらも、そこから顔を少しだけ出して事の成り行きを見守るシロヤマは、堕天使に対して嫌悪感を抱く。

 もっか、対面中のまりんちゃんもシロヤマと同じ事を思ったらしい。薄ら笑いを浮かべて意地悪な返答をした堕天使に対し、まりんちゃんがいらついているのが目に入った。


 堕天使は不死身ゆえ、見た目は若い青年だが中身はそれ相応に歳を取っている。記憶力が低下していてもおかしくはないが、この狡猾こうかつそうに見える堕天使に限って、そんなことは絶対にあり得ない。

「どうしても、白状する気になれないようね」

「現段階ではな。この場で私が白状しないのはまだ、君が本当の身体を取り戻すタイミングではないからだ。いずれ、その時になったら分かるだろう。この場で私が白状をしなかった、本当の理由がな」

 堕天使はそう言うと、意味ありげに含み笑いを浮かべた。そして堕天使は、再びまりんちゃんに背を向けると、いずこかへと姿を消したのだった。


 あんな言い方をされれば、ゴースト化しているまりんちゃんの、本当の身体をどこかに隠した堕天使が、さもそれを保管をしているように思うだろう。が、シロヤマは、はたして本当にそうなのかと疑問視する。

 もしも、シロヤマが蘇生術を施したのが原因で、まりんちゃんがゴーストになってしまったのだとしたら……そして魂が抜けた状態の、まりんちゃんの身体を堕天使以外の人間が持ち去ったと仮定すると、思い当たる節があるシロヤマの脳裏に、白色の狩衣姿の美少年が急浮上する。


 まさかと思うけど……あの美少年が、まりんちゃんの、本当の身体を持ち去ったのか? 気を失う前……やっぱり俺は、狩衣の美少年に出逢っていたのか。

 すっかり、夢の中の出来事だと思い込んでいたそれが、現実に起きていた。あくまで仮定の話だが、狩衣の美少年が、なんらかの鍵を握っているのは確かであろう。まりんちゃんの本体を見つけるにはまず、その手掛かりとなる、狩衣の美少年を捜し出さなければならないようだ。


 けど分んないなぁ……堕天使のヤツ、なんで素直に白状せずもったいぶったんだろう。それほどまでに、ヤツにとっては、まりんちゃんの本体が魅力的なのだろうか……

 腕組みしながらも、眉間みけんしわを寄せてそれを考えれば考えるほど、不可解に思うばかりである。


 白色のカスミソウとピンク色のネリネをアクセントに、鮮やかな黄色のヒマワリが主役のミニブーケ。

 この三種類の花にはそれぞれ花言葉がある。花言葉には、日本の花言葉と、西洋の花言葉とがあり、用途に応じて、草花ひとつひとつに複数の花言葉が存在するのだ。

 堕天使から贈られたミニブーケにネリネがあることから、日本の花言葉と推測してそれぞれの花言葉を当てはめてみると……


「私は、君だけを見詰めている。君との出会いに感謝……また会う日を楽しみにしているよ……ってところかな」

 堕天使から贈られたミニブーケの、花言葉を先読みした死神の青年が、気取った口調でそう告げると姿を見せた。

「シロヤマ!」

「それ、堕天使からの贈り物だろ? 花言葉なんてまどろっこしいことしないで直接口で言えよな。花自体には何も罪なんてないのに……あいつ、悪趣味だな」

 心から堕天使を軽蔑けいべつしながらもぼやいたシロヤマに同意したまりんちゃんは、

「ほんとそれ。ヒマワリは、私が好きな花のひとつだし、ストーカーみたいな変人よりももっとマシな人からもらいたかった。このミニブーケ、シロヤマにあげるわ」

 そう愚痴ぐちって、堕天使からの贈り物をシロヤマに手渡した。

「ありがとう。大事に飾らせてもらうよ」

 まりんちゃんからミニブーケを受け取り、紳士的に礼を述べたシロヤマは、

「目的地まで、送って行くよ。堕天使がまた、襲って来ないとは限らないから」

 そう言って、謙虚けんきょに礼を述べたまりんちゃんと一緒にその場を後にしたのだった。


***


 いま思い返しても、あの時の悔しさが込み上げてくる。まりんちゃんを護るどころか、まんまと連れ去られてしまうとは……

 もっか、アルバイト先となる花屋までまりんちゃんを送り届けたシロヤマは、その足で町外れにある廃墟ビルの屋上へと向かう。

 不意に嫌な予感がして、シロヤマは踵を返す。慌てて送り届けた花屋へと戻り、まりんちゃんを捜した。


 死神ゆえ、神力を使って現世の人間に変身をしない限り、普通の人間にはシロヤマの姿は見えない。小型の店舗の中を駆けまわったが、まりんちゃんの姿はそこになかった。店舗の外側も捜してみたが、そこにもまりんちゃんはいなかった。一体、どこに行ってしまったのだろう……

 その時だった。まりんちゃんが忽然と姿を消したことを訝るシロヤマが、店舗の外でとある人物を目撃したのは。


 灰色のロングコートを着た、黒髪のショートカットの男。一人で佇むその右手には、まりんちゃんの通学鞄が握られている。その姿を目撃したシロヤマは、まりんちゃんが何者かに拉致されたと判断。男の後を追って、町外れにある廃墟ビルの屋上へとやって来た。奇しくもそこは、シロヤマを呼び出した細谷くんとの待ち合わせ場所だった。


 ほんの少しでもまりんちゃんから目を離してしまったことに、シロヤマは深く後悔した。それは突然のことに驚き、シロヤマから簡潔に事情を聞いて、悔しさのあまり歯噛みした細谷くんも同じ気持ちだろう。

廃墟ビルこの場所は、俺達死神の縄張り……あいつには、手出しさせない」

 沈着冷静なシロヤマの言葉で、ふと我に返った細谷くんも冷静に応じる。

廃墟ビルこの場所は俺達、死狩人ハンターの縄張りでもある。いざと言う時は、俺に任せろ」

 張り詰めた緊張感を漂わせ、シロヤマと細谷くんの二人は、依然として背を向ける悪魔に向かって一歩踏み出した。

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魔力使いだった死神が現世の花屋で副業する理由 碧居満月 @BlueMoon1016

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