第40話 張り詰める緊張

「じゃあ、もったいぶってないで、本当のこと言えよ」

「細谷くんさぁ……時々ときどき、俺に対してものすっごいブラックになるよね」

 とは言え、この世で流行ってるSNSは冥界の人間も容易に見ることができるしな。今頃、脳裏のうりに流れ込んできたこの『記憶』で青ざめているだろうなぁ……すまん、現世の俺。


 今も脇役にてっし、美女の姿になっている現世の自分自身に詫びながらも熟考じゅっこうした末、ふぅ……と小さく溜め息を吐いたシロヤマは観念したように応じた。

「あの時、ここできみの矢に射貫かれた筈の俺が、なんで今もこうして立っていられるのか。それは……」

 シロヤマがすっと、着ているスーツのジャケットの懐に手をやる。目つきが鋭くなった細谷くんがそれに着目。シロヤマが、おもむろに懐から取り出したあるものを目にした途端、細谷くんは唖然とした。


「スマホ……?」

「まりんちゃんのスマホだよ。最初にった時、取り上げたまま、返すの忘れてたみたいで……結果、このスマホが俺の命を救ったんだよ」

 シロヤマが掲げるまりんちゃんのスマホには、細谷くんが撃ち込んだ矢が刺さったあとが生々しく残っている。

 半分は自分の意志で、もう半分はシロヤマの指示で細谷くんは、シロヤマ自身に向けて白羽の矢を撃った。その事実が、まりんちゃんのスマホに刻まれた傷跡と言う、動かぬ証拠として露呈ろていした。それが、数日が経った今でも、心苦しく感じる細谷くんに暗い影を落とす。


「……このまま、赤園に返すつもりか?」

「まさか。きちんと謝ってから、神力で復元した方のスマホを返却させてもらったよ。幸い、このスマホの中に入っていたデータは無事だったしな。ここから抜いて復元したスマホにデータを移しといたから、本人には何も気付かれてないだろうぜ」

 気取った含み笑いを浮かべるシロヤマ、そのさまはまるで、世界を股に掛ける大泥棒を彷彿させた。

「本当のこと、赤園には言わなかったんだな」

「言ってどーにかなることじゃないしね。こればかりは複雑すぎて……俺の口からじゃ、荷が重い」

「……だよな」

 そう、不意に真顔で本音を口にしたシロヤマに同情するように、細谷くんは静かに返事をした。


「んじゃ、一区切りついたところで、次にやるべきことをするかね」

「次にやるべきこと?」

 気持ちを切り替え、俄然やる気モードで背を向けたシロヤマに、細谷くんはきょとんとする。すたすたと歩き出したシロヤマを不審に思い、後を追いながら細谷くんは尋ねた。

「おまえ、今から何する気だ?」

「そんなの、決まってるだろう?」

 今まで自分達がいたところとは反対の方向を歩きながらも、意味ありげに含み笑いを浮かべたシロヤマが返答。

「直接、問い質しに行くんだよ。あそこにいる……灰色のコートを着たあいつにな」


 まるで、犯人を追いつめる探偵の如く、自信と覚悟の入り混じる笑みを浮かべるシロヤマが睨みつける視線の先、見晴らしいの良い屋上の端に佇む人物の後ろ姿があった。風に靡く灰色のロングコートのポケットに手をつっこんで佇む、黒髪のショートカットの男の姿だ。

「あいつは……」

「悪魔だよ。あいつが、まりんちゃんの通学鞄を持ち去るのを、この目で目撃した。俺の勘が正しければおそらく……誰かに連れ去られたまりんちゃんの行方を知っている人物だろうぜ」

「なにっ……?!」

 歩を止め、シロヤマと揃って屋上に佇んだ細谷くんはぎょっとした。

「赤園が……連れ去られただと?!」

「ああ……俺がほんのちょっと、目を離した隙にな」

 灰色のコートを着た悪魔の背中を、眼光鋭く見据えながら、シロヤマは細谷くんにそう返事をした。


***


 細谷くんに呼び出されて、町外れにある廃墟ビルの屋上へと向かう道中、シロヤマは、まりんちゃんの姿を見つけて、声をかけようとした。しかし……思わずぎょっとする光景を目にし、シロヤマは近くの物陰に身をひそめると、そこから成り行きを見守ったのである。

「やあ、いま帰りかい?」

 いきなりのことに、ぎょっとした顔で立ち止まったまりんちゃんに歩み寄った青年が、爽やかな笑みを浮かべて声をかけてきた。

 清楚せいそな服の上からねずみ色のロングコートを着た格好で、耳にかかるくらいの、銀鼠色のショートヘアに優しい目をしている容姿端麗の青年は、今からおよそ半年前にまりんちゃんと契約を結び、大事な命を奪った、残忍な堕天使である。

「こうして君と会うのは、あの日以来……かな。まさか君が、ゴーストになっているとは思わなかったが」


 爽やかな笑みを浮かべているのに、堕天使の彼からは威圧感が漂っている。なぜか、まりんちゃんがゴーストになっていることを知っている彼にうすら恐怖を抱きながらも、ポーカーフェースのまりんちゃんは無言で、堕天使を睨め付けていた。

「そう構えるな。君をあの時のようにする気はない。あるものを渡しに来ただけだ」

 堕天使はそう言うと、手に持っていたミニブーケをまりんちゃんに手渡す。

「そのブーケには、私が君に送るメッセージが込められている。学校や職場で花に携わることが多い君なら、理解できる筈だ」

 意味ありげに笑みを浮かべてそう告げると堕天使は、おもむろに身体の向きを変えた。


「待って」

 今にもどこかへ消えてしまいそうな堕天使の背中を睨め付けながらも、まりんちゃんは静かに待ったをかけると問い質す。

「質問に答えて。私の故郷、海山町と……この地球上の全人類に危害を加えない、誰一人として殺さないって……あなたと契約をしたあの日に約束した筈よ。なのに……どうして私の大事な命を奪ったの?」

 無言で背を向けたまま、ただじっと話に耳を傾けていた堕天使が、ゆっくりと振り向き、対面したまりんちゃんの問いに答える。

「君からのその約束は今も、私が自ら右手に刻んだ印により守られている。だが……私と契約を結んだ時点で君はもう、普通の人間ではない。君が私と交わした約束が、特殊能力を持たないごく普通の全人類のことを指しているのなら、君はそれに該当しない。私と約束を交わす前に君が、君自身を全人類の中に含まなかった。特殊能力を持った自分自身を含んだ言い方をしていればそれは約束となり、私に命を奪われずに済んだのだ」

 もっとも、君がゴーストになっている時点ではまだ、私は完全に命を奪ったことにはならないがね。

 薄ら笑いを浮かべた堕天使は、冷ややかにそう付け加えて言葉を締め括るのだった。

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