第39話 意外な趣味

「何よ、これ……」

 突然、シロヤマからあるものを手渡され、それを受け取った美女が腑に落ちない表情をした。

「君に迷惑を掛けたお詫びだよ。それと、この場所で猛毒にやられた細谷くんを警護してくれたお礼……あの時、この場所に君が来てくれて、本当に助かったよ」

 白色のカスミソウとピンク色のネリネをアクセントに、鮮やかな黄色のヒマワリが主役のミニブーケを美女に手渡したシロヤマはそう言って、礼を述べた。気取るような笑みを浮かべながら。

「過去の自分自身からミニブーケを貰うなんて、なんだか気味が悪いわね」

 そう言いながらも、美女は嬉しそうに微笑んでいる。照れ臭くもあるが、自分で自分を大切にするのは悪いことではない。人として生きて行くうえでもそれは、とても大事なことなのだから。



 知り合いの、シスター清華が管理をする、聖堂の中庭にある噴水で以て、十年後の未来へ赴けば当然、そこにも姿形が同じ、自分自身がいる。

 美女となったもう一人の自分自身が去って行き、屋上に居残るシロヤマは、日が傾き始めた青空を見上げると物思いにふけった。

 本当は、堕天使の噂話の真偽を見極めたらすぐに元の世界へ戻るつもりだった。

 祠の中で眠る、堕天使の像を確認したら、すぐにでも……

 だが、白色の像だった堕天使はそこから消えていた。まさか本当に噂話は実在していて、堕天使の封印を解く者が現れるとは、さすがのシロヤマも、そこまでは思いいたらなかった。

 過去の自分自身が何かをすれば未来が変わってしまう。堕天使の像を復元すれば、その時点で未来が変わり、自分自身が騒動に巻き込まれる。それを覚悟の上でやったことだ。いまさら、自ら課したこの使命から逃げ出す気はさらさらない。


「なぁ、シロヤマ」

 美舘山町の外れに位置する廃墟ビルの屋上で、シロヤマと対面した細谷くんが真顔を浮かべて不意に話を切り出した。

「あの時ここで、俺の矢に射貫いぬかれた筈のおまえが、なんで今もこうして立っていられるんだ?」

 おもむろに尋ねた細谷くんと対面するシロヤマは別段、驚きはしなかった。なぜなら、事が起きた時から、いつかは訊かれるだろうと予測していたからだ。


「突然、こんなところに呼び出すから何事かと思えば……そんなのいて、どうするんだい?」

「いいから答えろ! さもないと……」

 ブラックスーツのパンツのポケットに手をつっこみ、気取るような雰囲気を漂わせて佇むシロヤマを、細谷くんは脅しにかかった。

「この恥ずかしい画像を、今すぐネット上にバラしてもいいんだぜ?」

 あくどい笑みを浮かべて、穿いているジーンズのポケットから取り出した細谷くんのスマホを見た途端、ぎょっとしたシロヤマは青ざめた。

 かわいくて大きな(レースやフリルをふんだんに使用したかわいい服を着た)ウサギのぬいぐるみを抱きかかえて、幸せそうな顔をしてベッドで眠るシロヤマの寝顔が、細谷くんのスマホの画面いっぱいに映し出されている。シロヤマにとってそれは、寝耳に水の出来事だった。


「き、きききみ……その画像を一体ど、どどどこで……」

 声からして、シロヤマはかなり動揺している。今まで公にしなかったことが、このような形で露呈ろていしたことで、シロヤマ自身のイメージが覆ってしまうのだから動揺するのも当然だ。

「キザなシロヤマをゆするものが欲しんだけど……って言ったら、セバスチャンさんがくれた」

 そう、細谷くんはしれっと返事をする。シロヤマはさらに動揺。

 セバスチャンさんッ……?! いつの間に俺の部屋にっ……!

 い、いやマテ……俺は今、冥界には行かず、現世で花柳さん宅の一室を間借りして寝泊まりしているから……これは、俺が過去から時を越える前にられたのか? それとも……

 画像に映り込んでいるものや、自身が横たわるベッドからして、冥界に宮殿を構える結社内の自室とみて、間違いない。ただ、この画像がいつ撮られたものなのか現時点では不明なため、シロヤマにとってそれは恐怖そのものだった。

「しかもぬいぐるみのウサギが着ている服って、おまえの手作りなんだって?」

 それも、セバスチャンさんから聞いたんだけど。

 あくどい笑みからだんだん引き気味の顔になってきた細谷くんに尋ねられ、まさかの趣味がバレたシロヤマは、マジカァァァ!! と、恥ずかしさのあまり心の中で絶叫。


 こうして、細谷くんに脅されるまでシロヤマは、誰にも自身の趣味を打ち明けず、直隠ひたかくしにして来た。

 相手にどう訊かれようと、ありとあらゆるトラップを仕掛けられようと、拷問ごうもんされようと、シロヤマは絶対に口外しなかった。

 冥界の中では尊敬される強者の一人としてカウントされている。自分で言うのもなんだが、見た目は一匹狼のキザで知的な死神、それがシロヤマだ。

 そんなシロヤマの趣味がまさか、ロリータ系の甘くてキュートなデザインの服や小物を手作りすることなんて。そんな趣味、絶対に言えないしバレたくもなかった。なのに、嗚呼ああそれなのに……

「他にも何枚か(画像を)もらったんだけど……俺の口からじゃとても、読者に説明できないものばかりだな……おまえ、どんな趣味してんの?」

 スマホをスクロールして画像を確認しながら追い討ちをかける細谷くんのその言葉に、即座に反応したシロヤマは驚愕きょうがくとショックが入り交じる顔で、心の中で絶叫。

 セバスチャンさんはなぜ、俺の趣味を知っているっ……?! いつ、どこでその情報を入手したんだァァァ!!

「やめてっ……! そんな目で俺を見ないでェェェ!!」

 スマホから視線を外し、どん引きした顔と目でシロヤマを見詰める細谷くんに、居た堪れなくなったシロヤマは絶叫すると両手で顔を覆い隠すのだった。

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