第38話 主役と脇役

「おや……こんなところで君に会うとは、奇遇ですね」

「あなたは……!」

 意外な人と対面し、俺は驚きの表情をした。

 白く細長い十字架のロゴ入りの、瑠璃色のスカーフをネクタイ状に結わく白シャツと黒ベスト、そして灰色の燕尾服姿で微笑みかけるセバスチャンさんは、『死神総裁しにがみそうさいカシン様を補佐する補佐官』の肩書きを持つ、俺と同じ結社に属す容姿端麗な死神であり、上司でもある。


「なぜ……こんなところに?」

「結社から、指令が出まして……この町に住む『赤ずきんの』の魂を回収しに来たのですよ」

「だったら……その指令、俺にも手伝わせてください。一度でいいから、赤ずきんちゃんに会ってみたいと思っていたところなんです」

「……いいでしょう。その積極的な態度にめんじて、本来なら私が担うこの指令を、君に任せます。冥界では『一匹狼』の通り名を持つ強者にして、結社の中でも優秀な死神の君なら、きっと務まるでしょう」


 基本、面倒くさがりなので、俺は普段からこんなにも積極的な方ではなかった。なので、積極的なその態度を、面前にいるセバスチャンさんは不審に思ったかもしれない。なんにせよ、赤ずきんちゃんの魂を回収する指令を任せてもらえるのは好都合だ。それにより、俺の好き勝手にできるのだから。


「ありがとうございます」と、俺は礼を述べて丁寧に頭を下げた。

「ついでに、彼女が本当にそうなのかの確認もお願いします。私は何かと忙しい身なので、君がそれも引き受けてくれると助かるのですが……」

「分りました。ついでに、それもやっておきますよ」

「ありがとうございます。それと……最後にもう、ひとつだけ。私から君に、お尋ねしたいことがあるのですが」

「なんですか?」

「私の記憶違いでなければ……君は確か、私と同じく結社の指令を受けて、冥界から魔法界へと出発した筈です。にも関わらず、君が魔法界ではなく、現世にいるのはなぜでしょう?」


 紳士的なセバスチャンさんによるこの問いは、十年前の過去から時を越えて来た俺がぎくりとするほどの鋭さがあった。セバスチャンさんは、紳士的だけでなく、頭のきれる死神でもある。ゆえに、正確に応対しないと怪しまれて、非常にまずいことになるのだ。

「それが……思いのほか、早く終わってしまったので……まだ、時間もあることだし、冥界に戻る前に、現世で時間をつぶそうと思い立ったんです」

 現世の俺になりきって、曖昧に笑って言い訳がましく返答。過去の俺が現世の上司と会話をしている。この状況がちぐはぐな感じがして、なんとも気持ちが悪かった。

「なるほど」

 セバスチャンさんはそう、微笑みながらも紳士的口調で相槌あいづちを打つ。

 俺の適当な返答に納得したのか否かは、現段階では分らない。どうか、疑われていませんように……と切に祈るばかりである。


「このメモには、彼女に関する個人情報が記されています。使用する際は厳重に扱ってくださいね。では、私は冥界に戻りますのでこれで」

 何事もなく別れの挨拶を済まし、赤ずきんちゃんの個人情報が記されているメモを俺に手渡すと、セバスチャンさんは姿を消す。途端とたん、俺は心底安堵するのと同時に、腑に落ちない表情をした。


 もしも、彼女が本当にそうならば……その時は、全身全霊でまもるまでだ。

 さっさと仕事を終わらせて、本業に取り掛かろう。

 路肩に停めた商用のバンに乗り込み、ストレートショートの黒髪に目をした、黒色のエプロンが似合う、爽やかな制服姿の現世の人間花屋の店員に変身するとエンジンを掛けて車を走らせた。

 今日の分の配達を終わらせて店舗に戻り、接客をこなしてから仕事を切り上げると俺は、セバスチャンさんから受け取ったメモを頼りに、美舘山町の中心部から外れた場所に住む、赤ずきんちゃんの自宅へと向かったのだった。


***


「――なるほどな。それで合点がいったよ。おかしいと思ったんだ。まだ、一度も出逢っていなかった時から、俺はまりんちゃんのことを知っていたから。それは、過去の俺自身が、まりんちゃんと接触していたからなんだな。

 そして、自らの意志で、結社の死神や堕天使と言った、あらゆる者たちからまりんちゃんを護ると決めた。その意志は、今でも継続中だ」

「俺が、今から十年前の過去から十年後の未来へと時を越えたことで、堕天使が封じられていた祠に赴き、そこでしたことや、復活を遂げた堕天使と交戦したこと、赤園まりんちゃんと出逢ったことすべてが、記憶として未来の俺に引き継がれる。

 過去と未来、まったく異なる時の中で生きる俺達は、本来なら出逢ってはならない存在……けれど、こうして出逢ってしまった以上、事が解決するまで協力し合わないとならない」


「だったら、自分の命をもう少し大事に扱えよ。魂さえ生きていれば再び転生できる人間と違って死神は、消滅してしまったらそれで終わりなんだからさ」

「……そうだね。ごめん。あの時は本当、自分のことしか考えてなくて……俺が消滅したら、現世の俺自身も消滅しちゃうってことまで思いいたらなかったんだ」

 尊い生命について、現世の自分自身に説教されてしまったシロヤマは苦笑するとただただ平謝りをするのだった。


「こんなことなら、もう一発、蹴り飛ばしとくんだった」

 まだ少し、腹の虫が治まらず、毒づいた青年に対し、シロヤマは真顔で制した。

「それは止めて。ほんと止めて。あれ、厚底靴に鉄板が仕込んであるんじゃないかってくらい、めちゃくちゃ痛かったし、下手すりゃ屋上から落ちてたからね?」 

「そうならないように加減したよ。自分で命を粗末にするほど、俺もバカじゃないんでね」

 青年は冷ややかに返事をすると、

「このままだと見分けが付かなくてややこしいから、俺はもう一度、彼女に変身する」

 そう言って、再び夏物の白いコートを着込み、つやのある黒髪ショートヘアが良く似合う美女の姿になると女性の声で冷静沈着に釘を刺す。

「今の私はあなた自身であり、家族でもある。あくまでも私は脇役で、十年もの時を越えて来たあなたが主役。

 現世の人間に、自分自身が二人もいることが知られる前に……あなたの手で、この物語を完結させなさい。それが、自分自身に課した使命よ」

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