第37話 サンフラワー

「お店……閉めちゃうんですか?」

「ああ……そうだよ」

 努めて明るく振る舞う俺の問いに、男性は素っ気なく返答する。

「かれこれ五十年、ここで花屋の商売をしてきたが……後継者がいないし、年齢的にも一人でやるのに限界が来てね……残念だけど、店じまいすることにしたんだ」

 そう言って俺から視線を逸らし、シャッターを閉めた店舗を見上げた男性の顔はやはり、淋しげだった。


 本当は店じまいなんてしたくない。けれど、歳には勝てないし体力的にも続けていけない……そんな現実とのジレンマと無念さが、店主の言葉の端々はしばしから垣間見えている。

 今後の、俺自身のためにも……この店を失わせるわけには、いかないな。

 この時、俺は決意した。

「なるよ。この俺が……あなたの後継者に。趣味で、フラワーアレンジメントの教室に通うくらい花が好きだし、車の免許を持っているから配達もできる。こんな俺で良ければ、あなたの店を継がせてください」


「……君、名前は?」

「シロヤマです」

「失礼だが、花屋で働いた経験は?」

「ないです」

「はぁ……」

 俺と一問一答をやり終えた後、男性はがっかりしたように大きくめ息を吐いた。


「……シロヤマくん。今の私にとって、君の申し出はありがたいことだ。しかし……花屋は決して『好き』だけでできる仕事じゃない。時には好きだった筈の花が嫌いになるほど辛くなることもある。

 趣味で花に触れる機会がある君なら分かると思うが……花は、一輪だけだと手にした時に軽く感じるが、それが束になればなるほど重くなる。

 しかも、花屋で扱うのは切り花だけではない。小さなものから大きなものまで幅広い鉢物もあるし、草木なんかも扱う。

 来店するお客様のリクエストに応えて花束を作り、ブーケを作り、フラワーアレンジメントをする。それは趣味でできる範囲ではない。プロとして常に頭を使い、体力を要す仕事だ。経験者ならまだしも未経験者ができる仕事では……」


「確かに俺は、花屋で働いた経験はありません。プロでもありません。けれど、結構ハードな仕事をしてきているので、体力には自信があります。花屋の仕事は趣味範囲でできる仕事じゃない。そんなの、百も承知ですよ。俺は本気で、花に携わる仕事がしたいんです。一日でも早く、即戦力になれるように頑張りますのでどうか、あなたのお店で働かせてください!」

 五十年に渡り、地元で長く愛されてきた花屋『サンフラワー』を失いたくない一心で、俺は頭を下げると熱望した。その姿に、困惑の表情をした男性は、

「……分かった。君がそこまで熱望するのなら、私の後継者として、この店を君に託そう」

 俺の熱意に押され、降参したのだった。



 俺は今でも、『サンフラワー』の店主だった花柳はなやなぎさんには感謝をしている。あの時、単なる常連客だった俺の熱意を受け入れ、店員として雇い入れてくれなかったなら、俺は今頃、創業五十年のこの店で働くことはなかったのだから。

 店まわりの清掃やゴミ出しなどの雑用から始まり、レジ、品出し、接客、そして配達と順を追って店の手伝いをする。

 もともと飲み込みが良く、要領もいい方なのだが、初めての経験で戸惑うことも多々あり、慣れない職場で働くことの厳しさと難しさを痛感した。


 そうして、一ヶ月が経った頃、『サンフラワー』の店員としての、俺の腕を見込んだ花柳さんから店にある切り花で以て、花束の作り方を教わった。その後はミニブーケやフラワーアレンジメントなど、花屋で働くのに必要な作業を、順を追って教わり、俺は教えられる通りに手と頭を動かした。

 商業用のバンに乗り、道を間違えただけでなく、名前が良く似たお宅へ品物を誤配送してしまったり、慣れない接客とレジ操作でもたもたしてお客さんを待たせて困らせたり……いろいろな失敗を繰り返しながらも、時には昔からの常連客や店主の花柳さんに怒られながらもめきめきと上達、気付くと店長にまで上り詰めていた。


『サンフラワー』の店員として働き始めてから半年。その頃になると花柳さんは店を離れ、徒歩五分圏内の自宅で過ごす事の方が多くなった。それでも時々、店が忙しくなるとヘルプしてくれる。

 以前よりも来客数が増えたことで売り上げが格段に伸び、花屋としての利益が上がっていることから事前に相談、許可を得たうえで花柳さんを代表取締役にし、会社を設立。


 昭和のレトロ感がある、オシャレな内装と、店名はそのままに、DIYを加えて看板を含む外装を、いまどきにアレンジして、作業用の黒いエプロンが良く似合う、かっこよくも爽やかな印象を与える制服を作成した結果、店の前に張り出した求人内容と、俺が着用している制服のかっこよさにかれ、面接を受けに来た男女九人を、社員五人、学生バイト四人の割合で雇用することに成功した。


 もっか、『サンフラワー』の社員として働く俺は、一人暮らしをする花柳さん宅でお世話になっている。もろもろの問題が解決するまで、花柳さん宅の一室を間借りし、美花町を生活の拠点としているのだ。

 噂話の真偽を見極めるために過去から十年後の未来へと時を越え、海山町で姿を消した堕天使の行方を追うため、そして蘇生術で蘇ったまりんちゃんをあらゆる者たちから護るために俺は今日も、現世の人間花屋の店員としてお客様からうけたまわった配達の品々を商用のバンに詰め込み、車を走らせる。


 美舘山町みたてやまちょうの住宅街まで来ると路肩に車を停め、元の姿に戻った俺は車の外に出た。

 そして、十字路のどまん中で、ブラックスーツのパンツのポケットに手をつっこんでかっこつけながらも俺は一人、そこに佇んだのである。

 あれから半年……堕天使や、赤園まりんちゃんに関する情報収集をしながら『サンフラワー』で副業をしている俺は、そろそろ何かが起こりそうな予感がしていた。

 この半年の間、堕天使は姿をくらましたままで、まりんちゃんは堕天の力を使用していないものの、海山町で見せていた彼女の格好……真っ赤なロングコートにフードを被ったその姿が今や『赤ずきんの』として、結社はもちろん、冥界で従事する者の間で知れ渡るほどの通り名が付いてしまっている。

 彼らはまだ、現世に堕天使が復活したことや、まりんちゃんが堕天の力の使い手であることまでは把握していないようだが、ことがことなだけに、慎重に行動をしなければならない。

 まして、俺自身が現世で暮らす人間ではなく過去の人間なのでなおさらだ。

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