惚れたところ

学生作家志望

惚れさせあいっこ

「ねえねぇ!お母さんって何でお父さんに惚れたの?」


「えっ!?」



ごく一般的な食事シーンにありがちなのは、夫婦に気まずい質問を突如投げかける息子だ。あるあるだけどなぜその質問をするのかは謎である。本当に、謎である。



「それは、まあ………。あ、ほら!今のニュース見た?玉突き事故だって!大変だわ、やだ〜」



「いっつもそうやって話を逸らすじゃん!たまには話してよ!」



わかった、きっと息子からするとただの純粋な疑問なんだ。え、いやそれはもしかしてもしかすると俺がかっこよくないってことか?


まあ確かに?うちの妻は誰が見ても美人だ。俺が惚れた理由、大元はそこにある。まあ一目惚れってやつ。


「かっ、こいいからよ。もういいでしょ光輝こうきわざわざ言わせないでちょうだい。」



「ええー?お父さんがぁー??」



「何だと光輝!!お父さんはかっこいいだろ!」


自分で言いつつもめっちゃ恥ずかしいし、自分が1番傷ついている。そう、俺はかっこよくないんだ。はっきり言うと。俺は別に特別な容姿があるわけでもないし、とびっきりの特技があるわけでもない。



そして、おまけに。


「だってお父さんデブじゃん!!!」



デブだ。もう誰がどう見てもデブだ。こないだ温泉旅行で体重を測った時に、何となく嫌な予感はしていたけど遂に90キロまで突破していたのだ。とんでもねえデブだ。



「お父さんはデブだ、でもお母さんにとってはかっこいい部類?なんだよきっと。だからお父さんはかっこいいんだ!」



「ふーん、まあどうでもいいけどね。」



「なんだと!!!!」



危うく昭和感満載のちゃぶ台返しを披露するところだったが妻に止められて、何とかその場は怒りを抑えることができた。


ご飯が終わった後は毎日恒例のお風呂ジャンケン。お風呂を1番に入れるかどうかで天と地の差があるんだ。だから例え相手が息子だろうと妻だろうと関係なく俺は全力でジャンケンする。



「いぇーい!!」



「負けた、だと………」



なぜだあんなに祈ったのになぜ負けた。俺は昔から町で有名なジャンケン最弱男。だから俺はあらかじめジャンケンを絶対に勝つ方法をネットで調べ修行をしていたのだ、なのに、また負けた。



「光輝が一位で、私が二位!ほんとに弱いわね笑」



「………くっそ、、」





「ねえ、あのさ。」



「ん?なんだどうした?」



「さっきの話なんだけどね。」



え、まさかさっきの話って………


ちゃぶ台返ししようとしたこと怒られるんじゃね!?!?


まずいまずい、ほんとに、ごめんごめん。そんなつもりはなくて、ただ無意識だったんだよ。つまり無罪だ、ノーカンノーカン。


「だっておかしいじゃん!あれは、光輝が話広げたのに急に蛙化するのが悪くて………!」



「へ?何言ってるの?」



そう言って首を傾げる妻にオウム返しで質問を質問で返す俺。



「へ?何言ってるの?」



「だからそのー、」



え、なに?他に思い当たることって、なんかあった?それに何でそんな顔を赤らめて………



優樹ゆうきの好きなところ、惚れたところ?そういえば付き合ってからあんま話したことなかったかなって笑」



「え、なんだよ急に笑」

「照れるよ笑」



その話、だったんだ。妻の、いや、麻衣まいのこんなに赤らめた顔久しぶりに見た気がする。未だに下の名前を呼ぶのに緊張する俺、学生の頃からずっとそうだった。


でも麻衣も今俺の下の名前を呼ぶ時、すごい緊張してた?よな。



「ごめんな俺、こんなデブになっちゃってさ。かっこ悪いよな。」



「かっこ悪くなんてないよ!」



「いいんだ別に、気使わなくてもダイエット頑張るし。」



「ほんとだよ、ほんとにかっこいいって思ってる。釣り合わないって今まで何回も言われてきたけど、そんなこともう、絶対に言わせない。今、言おうとしたでしょ?」



「だって、ま、いはめっちゃかわい、いし。俺なんかでほんとによかったのかなって」



「私ね、優樹の強くて優しいところに惚れたの。」



「強くて優しい?俺、そんなに、強くないし、優しくもないよ笑」



「私クラスのみんなにあの時変な噂流されてたでしょ?」



「あーあれか、」



恭平きょうへいくんのこと好きだって噂。」



恭平、俺の高校時代の同級生にして同じ野球部のエースだ。漫画によくありがちだけど、運動部のエースはだいたいイケメン。俺みたいなベンチを温めるやつは集合写真の端っこにちらっと写る系のモブキャラで終わる。もはや顔すら描かれない。


もちろん、恭平のことを狙う女子はとても多く、学年の半分以上の女子が恭平のことを好きだって言ってた。そんな中で、学年一の美女とも言われた麻衣も恭平のことを狙ってるんじゃないかって噂が流れた。


誰が発端で流れた噂かはわからないけど、当時この話題は学校中に瞬く間に広まり、入学式の日からずっと一目惚れをしていた俺はそこでその恋を諦めようと思っていた。



「俺はあん時、諦めようって思ってたよ笑」

「だって野球部のエースに、勝てるわけないじゃん。モテモテだし、俺はずっとベンチだ。」



「私、恭平くんにちょっとだけ用事があるからって話しかけて、それだけで好きなんじゃないかって噂にされて困ってた。」

「でも私、見ちゃったんだ。」



「何を?」



「恭平くん、いじめの常習犯だったんだよね?なんか同じポジションの人をいじめてたって。」


「え、知ってたのか………」



「帰ってたら、たまたまね。野球部の部員っぽい人が恭平くんから暴力されてた。」

「でも私情けなくて、怖いから遠くから見てることしか出来なくて………。何回も何回もその部員の子は殴られて蹴られて、でもそれを止めてくれた人がいたの。」



頭の中で鮮明にあの日の映像が再生された。

 ◆

「おい!恭平!なにやってんだ!!やめろ!!」



「あ?んだよお前、ベンチは黙ってろ。」



間に入った俺はそのたった一言と共にあっさりと蹴られて吹き飛ばされてしまった。



「やめろ………やめろ!!」



「は?お前なんだよこいつと俺の問題だ、お前は関係ねえって言ってんだろ!!」



さっきは膝を蹴られて、今度は顔面を殴られる。肌に血が滲み、痛みが全身にズキズキと響いていく。でもそれでも俺は意地でその場を動かなかった。



「何があったか知らないけど、こんなのクソだせえよ!!何がエースだよ、イケメンだよ、お前はそうやってライバルを無理やり引き摺り下ろしてエース気取りになってるだけだろ、ただのナルシストなんだよお前は!!」



「俺より打ててねえ奴が何言っても負け犬の遠吠えだ、失せろ。」



「俺がいつ誰に負けたんだよ!!」



次の瞬間、俺は恭平の右の頬を思いっきりぶん殴っていた。



「いってえ、、、、何すんだ………」



恭平はバランスを崩して腰から転び、今にも泣きそうな顔で頬を抑えていた。



「やっぱりお前はそうだ、いつも周りの優しさに漬け込んでるから殴られたことなんてないんだろ?ドラマにありがちな父親にもぶたれたことないのに、ってやつだろ?」

「ダサいんだよお前のすべて、俺は確かにベンチでお前より打てねえよ。でも、俺はその分実はチームのこと考えてんだ。自分なりにな。」



 ◆

「全部、見てたって感じすか、?」


「うん笑」

「その時から優樹のこと、すごいかっこいいなって思って大好きになっちゃった笑」



また顔を赤らめる麻衣が目の前にいる、あの時の痛みを思い出して何だか泣きそうな気分だ。俺らしくない。



「でもびっくりしたよ笑」

「だってあの日のすぐ数日後に告白されたんだもん笑」



「あ、あれはー、もしかしたらいけるんじゃね?っていじられてて、それだ、でも想いは本気で!!」



「わかってる、全部バレバレだよ?表情とかもそうだし、周りから友達見てたのもぜーんぶ気付いてた笑」



「俺、いっつも、負けるな、ジャンケンも弱いし、やっぱ俺強くねえよ。」



ため息混じりにそんな言葉をつぶやくと、麻衣が突然俺に近づいてきて、俺を優しく抱きしめた。



「ちょ、なんだよ笑」



「強くて優しくてかっこいい、誰に馬鹿にされても私の中でずっと憧れの旦那だから。」



お互いをお母さん、お父さんと呼び合って、息子には極力ラブラブ感を見せずにいた。だから今になって「旦那」なんて言われたら俺はもう、死んじゃいそうだ。



「俺も、大好きだ。麻衣のことこれからも大事にするからずーっとずーっと、俺の可愛い、お嫁さんでいてね。」



「はい、よく言えました!笑」



「え、な、、まさか………」



はめられた!!!やられた、俺が照れくさそうに言うところを後でいっぱいいじるつもりでやったのか………


また負けた、、



「優樹ってほんとに可愛い笑」



「くっそー!!」






「ねえお母さん、」



「え、、、あんた、いつから………」



「お風呂沸いてなかった。だからいつ終わるかなーって」



「うそ、、、、」



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