第40話【決意】

 

 死体の片づけや生き残った暴徒の拘束は他のメイド達に任せ、ミカとソフィアは庭園を離れ、衣装部屋へと入る。

そこでソフィアの着替えや清潔なタオルを用意し、ミカの着替えを探す。

しかし残念ながら替えのメイド服はなく、代わりの服を探すプチファッションショーがブルーな気分で開催される。


「ミカさんは、黒より白かしら?」

「いえ……私は黒でしょうね。白も嫌いではないですけど」


そして、選ばれたのは黒い無地のワンピースだった。


 水浴びをできる場所は大抵宮殿の側にある川や小さな滝壺をそのまま使う場合がほとんどらしく、中には宮殿内まで川が繋がっており、そこを水浴びの場所としていたりもするところや、今ソフィアとミカがいる宮殿の様に温かいお風呂に入ることができる宮殿もある。

その為、誰かが寝泊りする様な、一部の貴族や王族にとっては宿泊施設替わりになる宮殿は基本的に川や湖が側にある場所に建てられる。

一方、街中にある宮殿というのは一夜限りの舞踏会などで使うためのものであって、誰かがそこで寝泊りすぐことはあまり考えていない。


 今から薪をくべてお湯を沸かせというのも無理な話で、二人は宮殿の裏にある川へと向かう。


 ソフィアに案内されるまま川へつくと、ミカは近くの岩場に自分やソフィアの着替えを置く。

そしてソフィアが服を脱ぎ始めると、それを見ない様にしながら辺りを警戒する。

太陽はすっっかり昇り、月や星は隠れてしまった。


「ミカさん、なにをしているの?」

「いえ、一応警戒をと思いまして。あんなことがあった直後ですから」

「……いいじゃない、一緒に水浴びしましょ? ミカさんに背中を向けられていると、少し寂しいわ」

「大丈夫なんですか? 何かあった時に……まだ、敵……みたいな人がいるかもしれませんし」

「ねぇ、ミカさん」

「なんですか」

「…………少しくらい、忘れさせてほしいわ」

「……すみません」

「ううん、これはわたくしのわがままだから。ほら、早くいらっしゃい」


 怯えて怖がるのはもうお終いにして、なるべくソフィアは平然を保ち、いつも通りでいようとした。

そうでないと、他の人誰かを不安にさせてしまうかもしれない。

王女様は常に笑顔でないといけない、昔読んだ物語に登場するお姫様は、どんな時でも常に笑顔を保とうとしていた。

だからソフィアは、その真似をする。


 ミカは誘いにのって、服を血で汚れた服を脱ぐと、それ適当な場所に置いて川に浸かる。

身体にまで血がついている様なことはなく、汚れているのは基本的に服だった。


「太陽が気持ちいですわね」


さきほどまであった色々なことを忘れる為に、ソフィアは必死に言葉を探し、口にする。


「そういえば、あまり人の前で裸を晒すのはよくなんです」

「えっ。じゃあ……」

「ふふ」


慌てて、目を晒すミカにソフィアは思わず顔が緩み笑顔になる。

ミカの肩を優しくポンポンと、叩いて自分の方をソフィアは向かせる。


「ミカさんは、わたくしにどんな不敬をはたらいても、罪に問われませんよ」

「ちゃんと問うてください。不敬なことがあれば」

「だって、初めて見た大切な」

「黒い髪の人間?」

「それもありますけど……でも、わたくしのことを命を落としても守ってくれた貴方を罪に問う方が、不敬な気がしてしまいます」

「そうですかね。並べて考えられるものじゃない気もしますが」


 文字通り、ミカは命を落としてソフィアを助けた。

その事実が、ソフィアの心に重くのしかかる。

うっすらと、花と花の隙間から見ただけでも、ミカが死んでしまった瞬間を見た。

そして声を上げそうになって、次の瞬間にはもうミカは元通りで。

きっとこれが何度もあったのだろうと、ソフィアは思う。

何度もあんな風に殺されて、生き返って、そして守ってくれたのだろうと思うと、ほんとうに大罪の一つや二つ、見逃さないと釣りあわないと考えてしまう。


「それに、この世界にとって私は、生きていることそのものが罪ですから」


 魔女、それがいったいどういうものなのかソフィアにはまだよく分からない。

けれど、ミカにそんな冷たい顔をさせてしまうのがイヤだった。

けれど、ミカにそんな言葉を口にさせてしまうのがイヤだった。


「そんなこと……言わないでください」


きっとその黒い髪に、魔女と呼ばれる理由が隠されているのだろう。

きっとその何度も生き返る力に、魔女と呼ばれる理由が隠されているのだろう。

きっとどこから取り出した狐の仮面やナイフにも、魔女と呼ばれる理由が隠されているのだろう。

そう思えても、何も分からない

分からない以上に、ソフィアはまだミカのことを何も知らなかった。


「死んでいい人なんていないんです。生きることに誰かの許しが必要な人なんて、この世界にはいないんです……そのはずなんです、そうでなきゃいけないんです」


 また寂しそうな、苦しそうな、そんな顔をソフィアは見せる。

ミカはそんな顔をさせないために、ソフィアの頭を撫でる。

そういえば、セレネもよく頭を撫でてくれていたなと、そんなことを思い出しながら。


 二人が水浴びを終えてからしばらくして、騎士や兵士達が馬に乗り宮殿に到着する。

宮殿の玄関近くには大量の衛兵や貴族、そしてメイドの死体が転がっていた。

宮殿の中に入ると、玄関はまだ綺麗な様で死体は数えるほどしなかく、まだ微かに息のある少女もいた。


 廊下を少し進むと、完全に崩壊した場所が見えるようになってくる。

そしてまた、いくつか死体が転がる。


「ソフィア様!」


 ソフィアはまだ比較的綺麗な部屋の中で、椅子に座ってミカと共に兵士達の到着を待っていた。

そんなソフィアを見つけると、兵士達はまず初めにソフィアの身の安全を確保する。

ついで程度にミカを軽蔑する。


「ご無事ですか!」

「えぇ、彼女の……わたくしのメイド、ミカさんのおかげで」


ソフィアはしっかりとミカの功績を紹介しようとするが、聞き入れてはもらえない。

勿論誰もミカのことなんて気にしないし、まるでいない者みたいに扱う。

それに怒ったソフィアはミカにべったりくっついて、意地でもミカが視界に入る様にするが、それでも兵士達はミカを無視して話を進める。


 庭園には大量の死体が転がり、メイド達が生き残った暴徒を引き渡す。

こんなあまりにもひどい状況で、ソフィアの傷は軽微なことを考えると、不幸中の幸いといえる。


 ソフィアの傷は後日、城に帰ってから詳しい診断や治療がなされることとなった。

もう血も止まり、あまり重傷に見えないからということらしい。


 その後、ソフィアが乗る馬車がすぐに用意され宮殿の前につく。

ミカを乗せることはできないと、数人の兵士がそう言ったが、ソフィアの必死の訴えもあり、ミカはその馬車に同乗することが許された。


「わたくしもちゃんと戦うわ!」


 揺れうごく馬車の中、ソフィアはそう高らかに宣言する。


「ミカさんが呼ばれていた魔女という言葉。あれはきっとよくない言葉なんでしょう? それにみなさんミカさんを嫌っているようでした……でも、今日のミカさんはわたくしを守ってくれた大英雄です。しかしメイドとしておくと、やはりその立場はあまりよくないかもしれません」


考えに考え、という訳ではなく、これはソフィアちょっとした思い付きだ。


「なので、わたくしは決めました!」


揺れ動く馬車の中、ソフィアは立って両手を腰に当て、もう一度宣言する。


「貴方をわたくしの最初の騎士様に任命するわ!」


 勿論、ソフィアにそんなことを決める権限は一切ない。

ミカは確かにソフィアのメイドではあるが、ミカをメイドとすることを認めたのはソフィアの父親である国王であり、そしてミカをどうこうする権限は全て国王にある。

それに加え、騎士として認められるには最終的に国王からの承認が必要になる。

が、そんなことも知らないソフィアはミカを今日中でもミカを騎士にしようとせん勢いで自信満々にそう宣言した。



~第二章 ≪魔女と呼ばれる日々 ≫ 完結~

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かつて魔女と呼ばれた復讐者たち。【カクヨムコン10参加作品】 夜乃月(カクヨムコン10参加) @yorunotuk

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