第39話【謝罪】


 少し欠けた石畳の道を歩き、花壇に植えられた花に沈む死体一人一人の前でソフィアは膝をつく。

顔がある死体は顔を見て、無い死体も変わらず見つめる。

そして一人一人に誠意ある謝罪をする。

せめて安らかに眠れる様にと、心から祈る。


 四肢のどれかが欠損した死体、首が綺麗にとれた死体、腕が捻じれ曲がった死体に、焼け焦げた死体、細かく切られ原型を一切とどめていない死体。

四肢が綺麗に揃った死体でさえ、身体のどこかに大きな傷がある。


「ミカさん……ずみまぜん……っう……」


 ソフィアはいくつかの死体を見た後で、ついに抑えられなくなった心の内に湧いた不快感を飲み込み押さえつけようとミカにもたれかかる。

そして息を整え、また一人一人と向き合っていく。


「不甲斐ない王女でごめんなさい。わたくしがもっと、貴方たちの言葉に耳を傾けていれば、貴方たちと同じ世界を知れていれば、こうはならなかったのに………………ほんとうに、ごめんなさい」


 どれだけ誠意を尽くして謝ったとしても、彼、彼女らの死という結果は覆らない。

そしてその責任を負いきることはソフィアには不可能だ、けれどソフィアは謝り続ける。

膝をついて涙を流し、こぼれ出る言葉が震える。


 一人一人への謝罪が終ると、次はミカに対してソフィアは誠心誠意謝罪をする。

今晩、一番辛い仕事をしたのは、そして辛い思いをしたのは、絶対にミカだ。

辛い仕事を押し付けてしまったと、そして何もできなかった自分自身ソフィアを責める様に、ただひたすらにソフィアはミカに頭を下げ続ける。


「ソフィア様。頭を上げてください」

「ここでわたくしが貴方に頭を下げたことは、誰にも責めささないわ」

「…………そういうことではなく」

「わたくしのせいなの。だから、ごめんなさい。謝ってどうにかなる話じゃないかもしれない…………それでも、ごめんなさい」


 周りからのミカに対する視線は冷ややかなものだった。

ソフィアに頭を下げさせるメイド、魔女、印象は最悪で、もう取り返しはつかないだろう。

ただの人間としてミカを見てくれる人間は、もうこの世界には誰もいないかもしれないと、そんな事を考えながら、ミカは言葉を口にすることはなく、ただただソフィアの言葉を静かに拝聴する。


「わたくしは、貴方に辛い仕事を押し付けて…………一人部屋に隠れているだけでした。これはわたくしの責任なのに、なのに…………貴方に全てを押し付けて」


 謝罪の最中、ソフィアは涙を流す。

身体から力が抜けそうになり、ミカに縋りたくなってしまうのを必死に我慢して、自分の細い足で地面を踏んで立つ。


「また貴方が傷つくことになってしまう…………貴方が呼ばれていた『魔女』というその言葉も、きっと良いものではないのでしょう…………そして、この事でまた、貴方はそう呼ばれてしまう…………わたくしの、せいで」


 またそうやって自分を責める。

そうやって自分を責めるのはやめろ、なんてことを言うべきなのかもしれないが、ミカは自分はそんなことを言える立場じゃないと、言葉を飲み込みソフィアの言葉を聞き続ける。


 この寛大さや自責が未来の女王様に向いているのかどうかは、ミカには判断できない。

ただ、こんなにもこの国を愛して、こんなにも一人一人に愛を捧げる彼女の慈愛に満ちた心は、この国の真実を知るときっと破綻してしまう。

この国はソフィアが思うよりも残酷で歪んでいる。

しかしそれを許容し、今日までの平和が築かれていた。

ソフィアがこの国の歪さに直面してもなお、その優しさを保ち全ての人々に愛情を注げるのだろうか。

なによりソフィアは、この国を許せるのだろうか。

そんな国であることを変えようとしない、父親のことを許せるのだろうか。


 ミカはそっと優しくソフィアを抱きしめる。

普段なら絶対に自分からしないことを、ここに来てからはよくしてしまう。

これも、その一つだ。


「……なにも、ソフィア様のせいではありませんよ。貴方は十分に、自分のできる範囲の中で、自分のできることを頑張っています」

「そんなこと……」

「ありますよ。だから、まずはそれを認めてあげてください」


まるで自分が自分じゃないみたいにスラスラと言葉が出てくる。

普段の私じゃ、絶対に口にしない様な言葉がなんの恥ずかし気もなく口からこぼれ出る。


「ミカさんは…………優しいのね」


 その『優しい』という言葉がミカの中で引っかかり、ミカは正しいミカに戻る。

優しいなんてそんな言葉、一番自分似合わないものだと自覚していたからだ。

そんな言葉をかけられていいずがない、ましてやソフィアにそんな言葉を掛けられていいはずがない。


「いいえ。私は別に……」


 たぶん、もし、仮に、例えば、そうならば、きっと。

私の中から溢れ出る優しさはセレネのものだ。

零れだした甘い優しさも全部、全部、セレネのものだ。

セレネが私にくれたもの、私の中に残るセレネの面影に違いない。


「優しくなんてないですよ。絶対に」


 今になって、今更セレネの優しさを思い出す。

一番側にあった大切なもの、ミカが捨てた大切なもの。

大切だとずっと気付けなかった宝物を、今になって思い出して後悔しても、どうすることもできない。

彼女の言葉を聞いておけばよかったと、この一晩で何度思ったことか、ミカはまた後悔に後悔を重ね。

つくづく意味のない人生を与えられたものだと、顔を暗くする。


「じゃあ、ミカさんが優しい人だって…………わたくしは勘違いしておきます」


 ソフィアはそう言って笑う。

ミカはわたくしのことを守ってくれた、その姿が残酷にも格好よく見えたそれだけは間違え様のない真実で、そして自分の為にと行動をしてくれるミカに対し、自責には負ける程の小さな愛情にも劣情にも似た、初めての感情が芽生える。

それを、ソフィアはぎゅっと心の中に隠して、仕舞う。


「そうですか…………それじゃあ、勘違いしておいてください」


 ソフィアの為に生きるという、今だけの生きる意味をミカは思いだし、ほんの少しだけ表情が和らぐ。

その為だけにこれからも生きていこうか、それともまた別のことを考えなればいけないだろうか、そんなことをまたシャルロットと話をしなければいけない。

そう思いながらも、シャルロットが出てくる気配は全くなく、けれどミカは心の内でどこかソフィアの為に生きていくのも悪くないのかもしれないと思い始めていた。

それは、ソフィアの中に混ざって見えるセレネの面影のせいだ。

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