◯渡会颯太の話 ランドセル
シューズショップから逃げ出して、モールの端まで走りきった颯太は、壁に背を預けて荒く息をついた。
血相を変えて全力疾走したにも関わらず、見咎める他人は誰もいない。明るい照明の下、ショッピングモールは不気味な静謐さで彼の周りを取り囲んでいた。
ここは異界だ。間違いなく。
息が整ってきて、ようやく辺りを見回す余裕ができてきた。ここは、いつものショッピングモールと店の配置や内装なんかは同じようだ。店頭の様子も、細かく覚えているわけではないがおそらくは。
しかし、先程のシューズショップのことを鑑みるに、他の店にも何らかの異常があるだろうことは、想像に硬くなかった。
深く息をつき。手に持った竹刀を袋から取り出した。人っ子一人いないこの場所では、誰に見咎められることもないだろう。それに、いつどんな怪異に見舞われるかもわからないのだ。
気を引き締めた――その時。背後から、場違いに明るい歌声が流れてきた。
情けない声を上げ、振り向きながら後ずさる。
背後にあるのは、ランドセルの専門店だった。色とりどりの鞄が、どこか誇らしげに陳列されている。歌声は店内から流れているようだ。
一年生になったらなにがしたい、ということを無邪気に歌った、メジャーな童謡だ。微笑ましいはずの歌詞なのに、ひび割れた音声と妙にゆっくりとしたテンポにアレンジされて、無性に不気味に聞こえる。
しかし、颯太の注意は、その店先に立つ、見知った姿に釘付けとなった。その後ろ姿は、ここへ来る前に一緒にいた少女のものだ。
「……森下……さん?」
声をかけられた少女は、ゆっくりと振り返る。こちらを振り向いた大人びた微笑みは、確かに森下さくらのそれだった。
「どうして、ここに……? 本田さんは、どうしたの?」
「……選べるんだって」
「え?」
噛み合わない返事に戸惑う颯太を置き去りにして、さくらはぽつぽつと語り出す。
「ランドセルをね……。買うのと一緒に。……数えで七歳。……そのときに、こどもも選べる……ううん、取り替えられるの」
そこまで言うと、さくらはふわふわと、踊るような足取りで店の中に入っていく。颯太は躊躇いつつも、その後を追った。
「子は親を選べない……って言うけど。……それは親だって同じだよね。どんな子が産まれるのか……自分に似てるのか……可愛い顔をしてるのか……気が合うのか……なぁんにも選べない。――でもね」
パステルカラーのランドセル、一つ一つを指先で軽く弾きながら話し続ける。
そして店の奥――レジの手前までたどり着くと、くるりとこちらを振り向いて、そこにあった立て看板を颯太に向ける。
そこには、たくさんの写真が貼ってある。すべて幼い子供の顔を写していて、こちらに向かって無邪気な笑顔を見せていた。
えいたくん:やんちゃでスポーツ万能
まもるくん:快活でリーダー気質
りんちゃん:控えめで聡明
あやさちゃん:天真爛漫な甘えん坊
――まるで、商品画像のように並んだそれを、優しい顔のさくらが指でなぞる。
「ランドセルを買うときに、交換できるの。……自分の好きな子を選んで、ランドセルの色と同じように、選んで。その子を――新しい子にするの。……それが、この店でランドセルを購入する、一番の特典なのです! あははは!」
突然けたたましい笑い声をあげた彼女は、明らかに異常だった。そのとき、颯太の胸元が突然眩く光り、熱くなる。
守りの鈴が、反応していた。
「……誰だ、お前。森下さんは」
「誰かなぁ? 誰だろう。うふふ、決まってるじゃない。お店にいて、サービスの説明をする人って言ったらさぁ」
さくらの顔をした何かは、楽しくてたまらないという様子で両手を広げ、くるりと一回転してみせる。
長い髪がふわりと舞って、ふわりと漂った香りは――腐臭であった。
颯太の前で踊るような動きを止めて、それは艷やかな黒髪をかきあげ、その根元を強く掴んだ。
「――はい、じつえんはんばーい」
そうしてその髪を、それが生えている頭皮ごと――ずるり、と剥ぎ取るようにして、放り投げる。
顕になった、肉の下。そこから現れた顔は――本田恵麻のものだった。
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このショッピングモールはどこにありますか ヨシモトミネ @yoshi2547
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