『迷惑千万殺し屋稼業』

「ひっ…ひいいっ!!」

 その男の姿は見当たらない。こつこつこつと靴の音しか聞こえない。だが、静かに近づいてきている。


「た…助けてくれ!!む、娘が…娘がいるんだ…」

「組織を裏切った者には…死を…」

「うわあああっ!!やめっ…」


 胸を貫く弾丸。逃げていた男が事切れる。追っ手の姿を見ることは終ぞ無かった。そこに見分役のギャングたちが現れる。


「馬鹿が…。ジーンさんから逃げられるわけないだろうに」

「相変わらず、凄まじい腕だ…寒気がするぜ」


 ヒットマン、ジーン。その姿を見た者は数えるほどしかいない。敵からも味方からも恐れられる暗殺者だ。


「ジーンさんがいれば、この街を牛耳るのもわけは無いな」

「…だが、あの女さえいなければな…」


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


「くそっ!!しくじった!!まさか、あの女がここにいるとは…」


 逃げ惑うギャングたち。その面々が次々と倒されていく。電光石火の早業で薙ぎ倒していくのは、プラチナブロンドの美しい女だった。ギャングに対立するマフィアの最強のカード。


「柔いわ。来世で幸せになる事ね」

「シャンテ姐さん、助かったぜ!!本当に頼りになるな」

「貴方たちは本当に頼りないわね」


 シャンテは女性とは思えない、冷酷な暗殺術の使い手。その非情さは身内からも恐れられている。…誰かに似ている境遇だ。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


 ここはギャングとマフィアが縄張りを争う、血で血を洗う恐ろしい街。犠牲者は絶えることなく、警官隊もお手上げな状態だ。


 しかし、彼らの間には『鉄の掟』がある。


『ジーンとシャンテを鉢合わせてはならない』


 この意味が分かるのは、お互いの幹部たちでも更に上の位の者だけだ。お互いのボスでさえ、それだけは畏怖している。


 そして、今日もお互いの組織が、紛争を繰り広げていた。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


 マフィアの腕利きの面々が、次々と銃弾に倒れていく。無論、ジーンの手によるものだ。相変わらず姿が見えない。


 だがギャングの被害も甚大だった。マフィアの腕利きの幹部が、ついにジーンの姿を捉えることに成功した。


 ピシッとスーツを着こなし、平然と拳銃を向けている。追手を向かわせるマフィアたち。この機を逃せばジーンは討てない。


 …その中にはいつの間にか、シャンテの姿があった。


 ついに鉄の掟を破り、ジーンとシャンテが対面する。凍り付く両陣営。一体何が起きるというのか?


「あー!!ダーリン、来てたの?シャンテ寂しかったんだから~」

「ごめんよ、ハニー。君に相応しい、バラの花束を用意していたんだ。ようやく会えたね」


 その状況に両陣営は呆気にとられた。…意味が分からん。


「やんっもう、今日もダーリン、ダンディなんだから~」

「君の笑顔の前にはこのバラも霞んでしまうよ。罪な娘だね」

「今日はどこに行くの?」

「美味しいフレンチレストランを手配しているよ」


 二人はチョコレートパフェよりくどい、甘々のでろでろの痛い恋人だった。そのやり取りを見た両陣営は寒気とおぞましさで次々と崩れ落ちる。二人は手を恋人繋ぎで、


「いやぁ、すまない。僕たちは用事が出来てしまったから、この辺で失礼するよ。勢力争いも良いけど程々にね」

「じゃあねー、みんな。さ、行きましょ。ダ~リンッ」


 …その言葉を最後まで聞き取れた者はいなかった。

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