本当にあった過去の話 うどんの悲劇
宮崎世絆
第1話
どんな会社でも、色んな部署の社員が一同に集う、唯一と言っても良い場所があるだろう?
そう、それは社員食堂だ。
お手軽な日替わりランチを食べるも良し、愛妻弁当を持参し独身男性にマウントを取るのも良し。
仲が良ければ、同僚とのコミュニケーションが取れる、束の間の癒しの時間だ。
そんな社員食堂で起こった、些細な出来事を書き残そうかと思う。
あれは、クリスマス前の、寒い冬の出来事だった。
いつものように昼ごはんを食べに社員食堂へと赴いた。この日は仲の良い同僚の二人と一緒だ。
ここの食堂は、好きなメニューを注文カウンターで注文し、その場で料理を受け取り、後で料金カウンターで支払う仕組みだ。
二人は美味しそうな日替わりランチを注文していた。
気温も寒ければ懐も寒かった私は、そんなにお腹も空いて無かった事もあり、一番安価な素うどんを注文した。
しかし、安さだけで素うどんを選んだ訳ではない。何とトッピングに無料の天かすが入れ放題なのだ。
貧乏性な私は山盛りに天かすを乗せて、最後に七味唐辛子を飾り付けの様に少量振りかけ、素うどんをオシャレな天かすうどんにグレードアップさせた。
意気揚々と会計を済ませ、三人で座れる席を探す。
かなり広い社員食堂なので、遥かに長い長テーブルが幾つも並んでおり、混む事はあまりない。
私の右隣と、その向かいに一人が座り、雑談を交えながら食べ始めた。
「蝉といえばさ、だいぶ前にこんな事があったんだけど」
そう。冬だと言うのに何故か蝉の話になって、私の席から一つ隣向かいの同僚が、蝉エピソードを語り出した。
「良い天気だったからベランダで布団を干してたんだけど」
ほうほう。ズルズル。
「布団を取り込もうと布団を見たら蝉がくっ付いてたんだよ」
ふむふむ。ズルズル。
「逃してあげようとそっと捕まえたんだけど」
ズルズル。
「よく見たら蝉じゃなくて、ゴキブリだったんだよねー。慌てて投げ捨てたよ」
「ゴブッッ!」
私は勢いよく咽せた。
いきなり何言い出すんじゃボケェ! うどん、めっちゃ変なとこに入った。痛い。気管にもうどん汁が入ったのか咳が止まらない。
「ゴホゴホ、ゴホゴホ……」
隣の同僚が大丈夫かと聞いてくれるが、頷くのが精一杯だ。
食事中に、ゴキブリを掴んじゃったエピソードを語った本人は、何事もなかった様に日替わりランチを食べている。
ようやく咳が落ち着いた私は、涙目で睨みつけた。
「食事中にそんな話すんな!」
「えー? そう? じゃあごめん」
じゃあごめんって何じゃぁ! こちとらメッチャむかついとんぞ!!
内心穏やかでなくなったが、今は食事中だ。落ち着こう。
ふと、空いている向かい席の左席を見ると、中年のおじさんが座っていた。
そのおじさんとバッチリ目が合ってしまう。こっちを見て憐れんだ微笑みを浮かべている。
多分、このおじさんも先程の会話を聞いてしまったのだろう。食事中なのに悪い事をしてしまった。
「お騒がせしてすみません」
「いえいえ」
ゴキブリ同僚の代わりに軽く会釈した私に、おじさんも会釈してくれた。良い人だ。
そのおじさんの昼ごはんを見ると、素うどんに山盛りの天かすが盛られていた。
仲間がいた。
私は少し親近感を抱いた。
それにしても。先程咽せた時に咳き込み過ぎて喉痛いし、まだ鼻も痛い。今一度愚痴っておこう。
「あーもう。鼻からうどんが出たかと思った」
「ゴブゥッッ!!」
今度はおじさんが派手に咽せた。
俯いてゴホゴホ言っている。
……そんなに鼻からうどんが面白かったのだろうか。
いや、たまたまタイミングよく咽せただけかもしれない。
けど、そういえば。
傍から見た自分の外見による第一印象は、真面目で大人しそうだとよく言われるんだった。
見た目のギャップでツボったのかも知れない。
……もしかしたらおじさん。今、正に鼻からうどんを出してしまったのだろうか。
私は罪悪感に苛まれた。
もし出ちゃったなら、今一度謝った方が良いのかも知れない。
「先行っとくよー」
しかし同僚達は、悩む私に気付くことも、咽せるおじさんも気にする事も無く、食べ終わった日替わりランチのお盆を持って、席を立ち去っていく。
……そうだ。昼休み中に読みたいWeb小説があったんだった。
私は未だ咽せ続けるおじさんからそっと視線を外し、空になったどんぶりを乗せたお盆を手に、何事もなかった様にその場を立ち去った。
その後、そのおじさんと社員食堂で再び相見える事は、なかった。
今現在の私は悔しく思う。
もし、あの時。おじさんの鼻から、太く白い筋が見えていたならば。
さぞかし面白いショートショートが書けたのに。
ノンフィクションではこれが限界だ。だから、私にとってこの過去は悲劇に過ぎないのだ。
本当にあった過去の話 うどんの悲劇 宮崎世絆 @hajimete_miyazaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます