エージェント契約

「貴方のご両親は、多額の借金を残されて蒸発されました」

「……」

「ですのでその借金の肩代わりとして、貴方には怪人と戦ってもらいます。その命を代償として」

「……はぁ」

「この契約書にサインを」

 そう言って、ペンを持たされた。

「この契約書は、なんですか?」

「貴方が己の生死を問わず怪人と戦うということを示す契約書です」

「サインをしないと、どうなるんですか?」

「死にます」

「……え?」

 死というあまり耳慣れない単語に俺は、背中にひんやりとした冷たいものを感じた。

「貴方はこれから、この契約書に書かれた通りの戦いをしてもらいます。そして、もしも負けた場合も死ぬのです」

「……あの」

「なんですか?」

「その戦いって、どんな戦いですか?」

「戦えば分かります」

 そんなめちゃくちゃな、と思ったけれど言葉にはしなかった。めちゃくちゃではあるけれど、あの両親ならここまでしなければならないほどの借金を背負っていてもおかしくはない。それが俺に降りかかるのは不本意でしかなかったが、断ってもどうせ死ぬのだろう。それならばまだ、戦う道を選んだほうがマシだと思った。戦いの心得なんて、一切持っていないけれど。

「サイン、しました」

 拙い字が、いつもより一層拙く見えた。ため息も出ない。

「では、戦いに必要な装備に一瞬で変身するための処置を行うので……奥にどうぞ」

「変身するための装備?」

「アニマライズスーツ……平たく言えば、そうですね」

 よく分からないけれど、言われるがままに奥の部屋に入ってみる。するとそこには数名の白衣を着た人間がおり、すでに準備を終えて今すぐにでも処置を行おうとしているようだった。

「どうぞ、手術台へ」

 サインをしてしまってここに来た以上、断ることは出来ないのだろう。

 一瞬怯んだが、あえて堂々と、手術台に寝そべった。

「すぐに終わりますからね」

 そこで俺の意識は、一旦フェードアウトしてしまった。


 ○


「終わりましたよ」

 そんな言葉で、目を覚ました。

 急いで起き上がって、体を触る。違和感はない。

 唯一の違和感は、口の中にあった。

「奥歯に変身装置をつけています。強く噛みちぎるようにすると、アニマライズスーツに変身出来ますよ。ただ」

 変身しようとした俺の背中に、何でもないことのように言葉が降ってくる。

「変身するたびに、その時間が長ければ長いほど、貴方の命は削れていきます。それは仕方のないことです」

「……怖いこと言うんですね」 

「事実ですから」

 変身してみるもしてみないもお任せしますという言葉を最後に、手術室は俺だけになってしまった。

 怖い。けれど、どうせこれから……アニマライズスーツを着て戦っていくんだという思いのほうが強かった。

 ガリッ!

 俺は違和感のあるほうの奥歯を強く噛んだ。

 すると、一瞬で姿が変わった。

 装備というにはピッタリとしていて、まるで最初からこの姿だったようだ。

 まるで皮膚のように馴染み、けれど硬く俺を守ってくれる気がした。

 同時にそれは、俺に死を連想させた。このアニマライズスーツが破れて死ぬのではないかと、そんな想像をしてしまう。けれど、その想像はきっと正しいのだろうと思った。俺はこの装備で戦うのだから、いつかは破れて死ぬのだろうと。

 だから俺はその恐怖を振り払うように、拳を強く握りしめた。

「やってやる」

 敵の詳細も知らないままの俺は、静かに決意を新たにするのであった。

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