呪縛の鎧と好奇心の瞳

プロローグ

「なーに屋上で黄昏てんの」

　そんな声で、振り返る。屋上の扉には。見覚えのある顔が立っていた。

　名前は……なんだっただろうか。いつもクラスの中心にいるから見覚えがあるだけで、話したことはなかったはずだ。

「……俺の名前、分かる？」

　そんな俺の思考を読んだのか読んでいないのか、彼はそんな問いを投げかけてきた。

　俺は素直に首を横に振る。

「だよなー。話したことないもんな、俺らさ」

「ああ」

「でも俺は、アンタの名前を知ってるよ」

「そうか」

「そうかって……何でとか、思わないの」

「昔から体躯に似合わない名前だとからかわれてきた。だから、覚えやすいのは覚えやすいんだろうと思って」

「……なるほどね」

　彼はゆっくりとこちらに近づいてきて、フェンスに体を預けた。

「つばきちゃんだもんな。たしかに、似合うか似合わないかで言えば似合わないわ」

「む、本人の前でそう言うのは失礼だろう。名付け親のこともあるんだし」

「あ、そりゃごめんごめん」

　思っているより真面目なのか、手を合わせて謝ってくるのでそれ以上の追求はしなかった。

「で、なんでつばきちゃんは屋上で黄昏てんの」

「黄昏ていたわけじゃない。ただ、下を見ていた」

　本当のことなので、そう言うしかなかった。

「……なに？　病気かなんかあるわけ？」

「まぁ、似たようなものだ」

「マジ？　だったら逆に人生楽しまないと。海行こ、海。あ、山の方が好き？」

「……えっと」

　マシンガンのような言葉の数に、少し戸惑う。俺の経験上、こういうタイプの人間との話し方は慣れていない。

「どうせなら人生楽しもうぜって」

「楽しくないわけじゃないんだ。ただ……」

「ただ？」

　少し躊躇って、こう言う。

「いや、なんでもない。多分、もっと楽しんだ方がいいんだろうな」

「おう、それがいいぜ。早速行こうぜ」

「え？」

　彼は俺の手を引いて歩き出す。

　けれど、俺はあることを思いついて足をとめた。

「行くんなら、屋上から降りたほうが早い」

「は？　そりゃそうかもしれないけど危ないだ……ろ……」

　奥歯にある変身装置を噛み締める。即座にアニマライズスーツを身に纏った。

　虎の姿を連想させる、その姿。

　相手が驚いているのは当たり前の反応だと思いながら、とりあえず他に抱きかたを知らなかったので姫抱きをしてそのまま屋上から飛び降りた。

　衝撃で砂嵐が舞い、近くの教室にいる人間が反応しているのが分かる。

「……何も知らなかったら俺、化け物って叫んで逃げてたよ？」　

「知らないわけじゃないからいいだろう？」

「そういうことじゃなくってさ……っていうか、この抱きかたもどういうつもりなわけ！？」

「ああ、今下ろす……他に安全な抱きかたを知らなくて」

「いや、それもそういうことじゃないんだけど」

　ゆっくりと下ろすと、彼は安堵の息を吐いた。

「まぁいいや。アンタといると楽しそうだから、とりあえずマジで海行こ海」

「ああ」

　海なんて、行ったことがあっただろうか。記憶にはないので、多分なかった出来事なんだろう。そんな行くような家庭でもなかったしなと、俺は己のことを振り返る。