海
「うおー! 海だー!」
電車とバスを乗り継いで一時間ほど。俺と彼は、海にやって来た。
夏は過ぎてもう秋だと言うのに、人の数が減っている様子はなかった。平日だというのに、すごいものだ。
「……人が多いな」
「まぁ、まだ夏みたいに暑いしな。残暑じゃなくてもはや夏だろ。夏」
そんな会話を交わしながら、砂浜を歩く。海は人が入っているせいで、綺麗とは言えなかった。
ただ、人がいなければ綺麗なんだろう。
……そういえば、まだ彼の名前も聞いていないなと思った。
「なぁ」
「ん?」
「名前、聞いてもいいか?」
「総司。和田総司っていうんだけど……まぁ、好きに呼んでよ」
彼は歩みを止めることなく答えた。どこか目的地があるんだろうか?
「総司か……」
「何?」
思っていたよりも硬派な名前に、俺は少し面食らってしまった。
「いや、思ったよりも男らしい名前だと思って」
「思ったよりもっていうのは余計だと思うけど……まぁ、俺も気に入ってるよ。この名前」
「そうか」
俺は、自分の名前を好きだと思ったことはない。ただ、嫌いとも思わない。だから、名前を気に入っている彼のことを少し羨ましく思った。
「……ところで、どこかに向かっているのか?」
「んー?」
「さっきから、ずっと歩いているから」
「ああ、ちょっと穴場があってな……でも、もうすぐ着くよ。多分あと十分かそこらで見えるはず」
「そうか」
「……なんか、楽しみじゃなかった?」
彼の言葉に、俺は首を振った。別にそういうことはないのだと。
けれど彼はそう思わなかったらしく、少し考えるように唸った後、違うことを言った。
「もしかしてつばきちゃんって……海とか初めてだったりするの?」
「え? ああ、そうだな。あまり縁がなかった」
「そっか。それなら穴場じゃなくても楽しめるか……? いやでも、人多いしなぁ……」
総司は俺が楽しめるために色々考えてくれているようだった。
ほとんど初対面にもかかわらずそこまで考えてくれているという意味では、案外総司という硬派な名前は似合っているのかもしれなかった。
「……とりあえずかき氷でも食って、頭を冷やすのはどうだ?」
暑さに弱い自覚はないのだが、これ以上何も飲まないままでいると目が回りそうだった。だからそんな提案をする。
「いいね。そうしよう」
「ああ」
そうして俺たちは海の家(はじめて見た。ちょっとボロくて心配)に行き、かき氷を頼んだ。俺はいちご。総司はメロンだった。
「かき氷食べるとさ、シロップの影響で舌の色が変わるよな」
途中まで食べ進めた時、総司はそう言った。そんなこと知らなかったので、興味深く総司の顔を見てしまう。
「あ、俺の舌が見たい? はいべろーん」
……本当に緑色に染まっていた。
その光景がなんだか面白くて、俺はつい吹き出してしまった。
「今時こんなネタで吹き出してまで笑うやついねーって! つばきちゃん、世の中知らずかよ?」
「……それはそうかもしれない」
「悪い人についていかないようにしないとな」
「それは大丈夫だ。悪い奴は、倒す術を持っているから」
「は? ……あぁ、あれってそういう?」
「そういうことだ」
海水浴場が騒がしくなってきた。この騒がれ方は……間違いない。
「悪い奴のお出ましだ」
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