明日の約束

「……きくん、椿くん!」

「はっ!」

 授業中、ぼんやりとしていた俺は、先生の声で我に返った。どうやら黒板の問題を解くように指名されていたらしい。

「申し訳ありません」

 席を立とうとした時、後ろから小さな紙切れが投げられた。

 振り返ると、総司が「がんばれ!」と口パクで伝えてきた。

 思わず笑みがこぼれる。昨日まで、こんな風に誰かに応援されることなんてなかったのに。

 黒板に向かいながら、俺は考えた。

 これが「普通」なのかもしれない。誰かと繋がって、誰かに気にかけてもらって、そして誰かのことを気にかける。

 そう思うと、なんだか嬉しくなった。

 問題を解き終わって席に戻る時、総司が小さく親指を立てて見せてくれた。

 こんな些細なことでも、心が温かくなる。

 昨日、友達になれて本当に良かった──そう心から思えた瞬間だった。


 *


 放課後、教室で荷物の整理をしていると、総司が近づいてきた。

「つばきちゃん、部活とかないよな?」

「ああ、ない。組織の関係で……」

「じゃあ、今日も一緒に帰らない?」

 その誘いに、少し躊躇する。昨日のように遅くなるわけにはいかない。それに、いつ怪人が出現するか分からない。

「あ、でも今日は用事があるから……」

「用事って、その……戦いのこと?」

 総司は声を潜めて言った。周りを気にしている様子が伝わってきて、なんだか申し訳なく思う。

「いや、その……」

「なら、ちょっとだけでもいいから! コンビニ寄って帰るくらいなら大丈夫だろ?」

 断りきれない笑顔で言われ、つい頷いてしまう。

「……そこまでなら」

「よっしゃ!」

 総司は満面の笑みを浮かべた。

 教室を出て、二人で下駄箱まで向かう。昨日までは一人で歩いていた廊下が、今日は違って見える。

「あ、そうだ」

 靴を履き替えながら、総司が言った。

「つばきちゃんさぁ、明日の体育の時間、ペア組まない?」

「ペア?」

「うん。バスケのツーメンのやつ。あ、でも他に組む人いたら──」

「いない」

 即答してしまった。事実なので仕方ないのだが……少し焦って付け加える。

「あ、その……組んでくれるなら、嬉しい」

「よかった! 実は俺、あんまりバスケ得意じゃないんだよね。つばきちゃんなら上手そうだし!」

「いや、俺も……あまり……」

「え? でも体力はありそうなのに」

「戦う以外のことは、あまり……」

 言いづらそうに言うと、総司は驚いた顔をした。

「マジで? じゃあ二人で練習しないと! 今日コンビニ寄った後、ちょっと公園で」

 その時、俺のスマートフォンが震えた。画面を確認すると、付近の怪人に警戒せよとの通知だった。

「ごめん、今日は本当に……」

「あ……うん、分かった」

 少し寂しそうな顔をする総司。でも、すぐに笑顔に戻った。

「じゃあ、コンビニだけ! 早く行って早く帰ろう!」

「ありがとう」

 本当に、ありがとう。そう心の中で何度も繰り返した。

 コンビニに向かう道すがら、総司は体育の話を続けていた。どうやったらうまくなるか、どんな練習をすればいいか。

 その話を聞きながら、俺は考えていた。今まで、明日の体育の時間のことなんて、特に気にしたことはなかった。でも今は違う。少し楽しみで、少し不安で。

 そんな気持ちを抱くのも、友達がいるからなのかもしれない。

 コンビニで軽い雑談をしながら飲み物を買って、急いで別れる。

「またな!」

 総司の声が背中に届く。

 振り返って手を振りながら、ふと思った。

 戦いに向かう足取りが、いつもより少し軽い気がする。

 今日も、誰かを守るために戦う。そして明日は、友達と体育の授業を受ける。

 そんな日々が、少しずつ当たり前になっていく。それは、とても不思議で、でもとても嬉しいことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る