石のこと

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 あれから数日経った。

 日頃の残業続きもあったせいで、あの後ここぞとばかりに数日休暇を引き延ばした俺はまた何事もなく日常に戻っていった。俺のデスクの上に貯まりに貯まっていた山積みの仕事の代わりに、向かいにあった白崎のデスクから一切の物がなくなっていた。人員の補充は、今のところないらしい。

 隣の席に座る仙名からは、それなりに文句を浴びせられた。ほとんどがあの日自分も車に乗せていってくれなかったことへの不満なので本来なら近江への文句だが、それでも最後には俺の無事を喜んでくれた。あの日、彼女が何を思って俺の部屋に乗り込んできたのかいまだに聞いていないが、正直仙名が俺を連れ出してくれなければ俺のデスクも今頃一切の物がなくなっていたかもしれない。そのことには感謝している。


「で、俺はまた残業続きの職場に復帰ってわけ。転職考えるかなぁ」

 溜息と共にパッと目を開けると、寒々しい石が見える。表面には「白崎良介」の文字が彫られている。彼の墓石だ。合わせていた手をそのままポケットに突っ込む。今日は風が冷たい。

 白崎が最期に言っていたことが本当だとすれば、彼の死に少なからず俺が関係しているのかもしれない。後ろめたさがないわけではなかったが、それでも俺は白崎の家族に連絡を取って墓参りに来ていた。同期の訪問に彼の母親は泣いて喜んでいたが、当たり前だが本当のことは何も言えなかった。

「おや、偶然ですなぁ」

 なんとなしに墓石の文字を目でなぞっていると後ろから声を掛けられる。振り返ればくたびれたスーツに身を包んだ男がこちらに来て隣に並んだ。肩に掛けられた鞄がズレて重そうに掛け直す。何度か耳にしたその声と姿はまだ記憶に新しい。

「刑事さんは、担当した事件の人間の墓参りもするんですか」

「ははっ」

 男――畑瀬は愛想笑いをして逃げるように墓石に向かって手を合わせた。さすがに、こんな偶然があるわけない。どこかから俺の後をついてきていたんだ。

 何か言おうかと思ったが、やめた。こんなところで言うことでもない。代わりに別の話題を出す。

「白崎、自殺ってことで処理されたんですね」

「そうですな。他に何も出ませんでしたから」

「そうですか」

 事件か事故か捜査されていたこの話は、結局自殺という方向に傾いたらしい。これは白崎の母親に聞いたことだ。彼女は腑に落ちない顔で憔悴していたが、俺には何も言えなかった。あなたの息子は幽霊に呪われて死んだんですよなんて、息子を亡くしてすぐの母親に言うことではないし、きっとこれからも言えない。

 手を合わせていた畑瀬が、もう一度鞄を掛け直す。

「さて。挨拶も済んだし、これで失礼しましょうかね」

「……随分重そうな荷物ですね。刑事ってもっと身軽かと思ってましたけど」

 さっきから何度も肩からズレ落ちそうになっていて、その度に畑瀬は鞄を掛け直していた。中身が詰まっているのか、革張りの鞄が膨らんでいる。気になってつい訊ねてしまった俺に、畑瀬はカラカラと笑った。

「いやあ、どうにも手放せないものでして。捜査の邪魔になることは分かっているんですけどねぇ、どうにもねぇ」

「はぁ」

 そう言って彼はまた重そうに鞄を掛け直した。

 その時、鞄の中の物が動いたのか、何か重いもの同士が当たるような、ゴトリ、という音が聞こえた。

 咄嗟に俺は畑瀬の顔を見る。彼は、こちらを見てニコニコ笑っている。

「じゃあ、私はこれで」

 重いものを持って、彼は元来た道を引き返していく。

 俺はただ、男が立っていた地面を見つめていた。



 <了>

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石喰み えんがわなすび @engawanasubi

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