3
「触るって、え? なに、触るって?」
びっくりして思わず掴もうとしていたカップをがちゃりと揺らしてしまった。幸い、中身は零れずに済んだ。
それに対して加瀬は酷く落ち着いた様子で続ける。
「こ、この石は呪いみたいなものを持ってるんですけど、石にちょ、直接触っただけでそれが移るみたいで。あ、き、昨日帰ってくる間にちょっと視たら周りにガムみたいなのがひつ、引っ付いてて、指にくっつくんです。それが呪いなんですけど。あ、秋成さんもちょっと危なかったし、こ、これに触ったことあるんじゃないかとお、思って」
加瀬はそこまで一息に言うと、さっき石を掴んだ手を自分の服の裾で拭いた。まるで指にくっついたガムを引き剝がしているような仕草に不安になる。
呪いってなんだ。呪いはそんなガムみたいにべたべたくっつくものなのか。よく分からないが、それがいつの間にか自分についていると想像すると気分は良くない。
加瀬に言われてここ数日の記憶を掘り返してみたが、石を触った記憶は出てこなかった。仙名が俺の部屋に乗り込んできたときに、俺も石を齧っていたらしいがその時にはもう何かに影響を受けていたはずだ。そうでなければ石なんか――いや待てよ。
ふと思い立って加瀬を見る。
「それ、白崎の部屋にあったって言ったよな」
「え、は、はい。床にころ、転がっていたのを拾ってきましたけど」
床にと聞いて、もしかするとと思い至る。部長に言われて白崎の家を見に行ったとき、床に落ちていた石に躓いて転びそうになったことがあった。その時は白崎が見つからないことに苛々して、確か、石を蹴らなかったか。
半分独り言のようにそう言うと、加瀬はちょっと苦いものを口に含んだような顔をした。
「た、たぶん、それじゃないですかね……。その時からあ、秋成さんも狙われていたのかも」
「まじか……。いや、でももう大丈夫なんだよな?」
「あ、それは、はい。だ、大丈夫です。たぶん原因だった女はお、近江さんが消しちゃったし」
そう言って、加瀬は隣に座る近江をちらりと見る。だが、彼はまた話を聞いているのかいないのかよく分からない顔で窓の外を眺めていた。基本、この男は話に加わりたがらない。
加瀬の言葉に、俺ははーっと息を吐いた。脱力した体を、革張りのソファがぎしりと受け止める。
「と、とりあえず、これで全部おわ、終わったと思います。白崎さんのことは、ざ、残念ですけど……」
それについては思うことはあるが、もうどうしようもない。あいつはもういない。
俺は一度事務所の天井を見て、それから脱力していた体に力を入れて背筋を伸ばした。一口分残っていたコーヒーを飲み干し、改めて加瀬と近江を見る。
「ありがとうございました。助かった」
俺の言葉に加瀬がちょっと驚いた顔をして、それから照れたように笑って頷いた。
それから事務所を後にした俺を一階のコーヒーショップで作業していた来栖が「なんかあったらまた
外はもう、すっかり明るくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます